第33話 アランは修繕スキルで馬車を直す
「ユーファ」
「なんですかー?」
アランへの抱きつきにより野営地では平和的な混乱が起こっていた。ルーイーはこのタイミングでエレサポ達への説明をするようにとユーファへ伝える。それは魔族やダンジョンなど物騒な話ではなく、アランに抱きついた理由であった。
「え? 私とアラン様の関係をですかー?」
「ああ。いきなり抱きつく
「なるほど!」
ルーイーは、ユーファだけに聞こえるよう魔術を使って伝えている。対象者のみへ音を伝える高度魔法であり、魔術に
そんなルーイーからヒソヒソ話を聞かされたユーファは嬉しそうにクネクネしながら答える。
「えー、そんなー。アラン様と私の馴れ初めを皆さんに教えるなんて。仕方ないですねー。皆さんが望まれるなら仕方ないですねー。では仕方ないのでアラン様の故郷である村で出会った話からしようじゃあーりませんかー」
ユーファは何度も「仕方がない」と満面の笑みを浮かべつつ、ルーイーに促されアランとのロマンスを語り始めようとする。そしてアランはなぜかここから離れるようルーイーに言われた。
「ずっとユーファ様に抱き付かれるよりはいいけどさー」
『……お主、これから大変じゃのぅ。賢者も結界まで使いおってアランには聞こえんようにしよって』
「ん? なに?」
『なんでもないわい』
背負子から渡されたリンゴを美味しそうに頬張るレーヴァが、楽しそうに話すユーファの姿に呆れた表情を浮かべていた。アランは魔族やダンジョンが危険でないとの説明をエレサポ達が怖がらないよう笑顔でいるのだろう。その程度の認識であったが。
「難しい話は領主様であるユーファ方がいいもんね。僕は出来る事をするよ」
『まあ、確かに
アランはレーヴァと話しつつエレサポの馬車へと近づき、背負子から鉄のインゴットを受け取りだす。そして壊れたと聞いた馬車の車軸を確認する。
軸は完全に
「これでよくミングウィンの街までたどり着けたね。多分だけど、荷物を乗せたままだから、明日の朝には重さで車軸が折れるているよ」
『そんなにひどのかえ?』
「うん。馬もかなり負担になっていたと思うよ。だから修繕しておいてあげよう」
車軸に手を当てアランは修繕スキルを発動させる。アランの光る手が車軸をなぞっていくと
「うん。これで大丈夫。軸も真っ直ぐになったね」
『相変わらずお主のスキルは凄いのう。一瞬で直したではないか』
「本来なら直さないんだけどねー。でもこれは酷すぎたから」
レーヴァの言葉にアランが答える。本来なら街に戻って馬車を取り扱う鍛冶屋で直した方がいい。鍛冶屋にも生活があり、それを奪うつもりはない。
アランが緊急で修繕スキルを使う際のルールとして<壊れる可能性が高く緊急時である><交換しないと支障が出る>場合と決めている。今回の場合は緊急ではないが、このままでは折れてしまうので対応することにした。
それ以外の摩耗や経年劣化では対応しない。
「アラン様? ひょっとして私どもの馬車を直してくださっているのですか?」
アランが満足げに馬車を眺め、他にも直すところがないかと確認していると、エレサポが近付いてきた。ユーファの説明が続いているが、内容が恋愛話になってきたので、番頭に任せてやってきたようであった。
「あ、エレサポさん。ユーファの話を聞かなくて良かったの?」
「ええ。あれ以上の
エレサポの言葉に「惚気話?」と首を傾げつつもアランは頷き説明する。
「車軸が明日の朝にも折れそうだったから、勝手だけど修繕しておいたよ。それ以外にも色々とガタはきているから、街に入ったら鍛冶屋さんへ持っていってね。そこまでは修繕しないから」
「なるほど。仕事の切り分けをしっかりされたと。ですが助かりました。車軸が折れては馬車は動きませんので。それでお支払いはどのようにさせて頂ければ?」
「え? これは僕が勝手にやった事だからいらないよ。それに魔族やダンジョンなんて物騒な話を聞かされて皆驚いているでしょ? それで車軸まで折れたらパニックになると思ってさ」
野営中に驚かせたお詫びだよ。当たり前のようにしているアランにエレサポは苦笑する。馬車の車軸を直すのは1番費用が掛かる場所である。付け替えが必要であり、新たに用意すると街に1か月は
交換しなければと思いつつも、時間を惜しんだツケがここに現れた。しかしエレサポは神に感謝していた。
「こう言ってはなんですが、お陰でアラン様と知り合えましたので良かったと思っていますよ」
『そうじゃのぅ。この縁は大事にするのじゃぞ。あと、アランは費用はいらんと偉そうに言っておるが、鉄のインゴット代くらいは用意せい』
「もちろんでございます」
レーヴァの言葉にエレサポは笑みを浮かべ頷く。そしてユーファとルーイーがいる場所に視線を向ける。どうやら説明は終わったようで、こちらに向かってくるユーファの姿が見えたので、
◇□◇□◇□
「アラン様ー」
ユーファが嬉しそうにアランに近付き抱き付いた。ユーファの行動は誰も驚いておらず、むしろ若者たちの仲睦まじい姿に微笑みを浮かべていた。
最近までユーファの色恋話を噂ですら聞いてない一同は、一刻も早く夜が明けるのを待ち望んでいる。
明日の昼にはミングウィンの街中に、アランとユーファが恋人同士であると広まっているであろう。
「ふふふっ。計画通りですー」
「なにか言った?」
「なんでもないですよー」
抱き付き呟いたユーファにアランが確認するが、満面の笑みでユーファは首を振って答える。その後ろでルーイーは苦笑いしており、レーヴァは興味がないと言いたげにリンゴを齧っていた。
『レーヴァさん。大伯爵の強さはどうだったのか教えてくださいまし』
『ん? なんじゃ馬鹿聖剣でも興味があるのかえ?』
『もちろんです。私はユーファの守護者です。情報は多いに越したことはありません』
『ふむ。よかろう』
具現化したエクスがレーヴァに問いかけると、レーヴァは珍しく大伯爵の魔族情報を事細かに教えてくれた。
『意外です。これほど情報を教えてくださるなんて』
『守護者と言われたらのぅ』
レーヴァはエクスが聖剣の持ち主であるユーファと友人のような距離感なのが気に食わなかった。
所有者が居なければ自分たちは能力を発揮できない。それを分かっていない振る舞いをするエクスに冷たく当たっていたが、守護者との自覚が生まれたことで、それ相応の対応へ変更するようであった。
ユーファの言葉にエクスはハッとした表情を浮かべる。
『確かにそうでした。魔王を倒して気が緩んだようです』
『やっと気づいたのか。まあ、今からでも遅くないわい。しっかりとバカ勇者を鍛え直してやるがよい』
反省するエクスにレーヴァがそっけなく伝える。そして背負子からリンゴを出すと、エクスへ放り投げた。
『これでも食って気合をいれよ』
『なんでリンゴ食べて気合が入るか分かりませんが、ありがとうございます』
受け取ったリンゴを見て苦笑するエクスだが、齧ると口の中に甘酸っぱさが広がっていく。
「これは確かにやる気になりますね」
そうエクスは呟き微笑むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます