第32話 アランはユーファと合流する

「では、レシピを――」


 エレサポが嬉しそうにアランにレシピを確認しようとすると、突如跳ね橋が巨大な音を立てた。驚き目を向けると、先ほどまで上がっていた跳ね橋がりている。

 日の出を待たずして跳ね橋が降りる。それも一気に下ろしたようで、巨大な音と共に大量の砂ぼこりが巻き起こっていた。


「あのような下ろし方をすれば跳ね橋が壊れるだろう! 何を考えているのだ。ミングウィンの門番は!」


 エレサポが思わず怒鳴ってしまう。跳ね橋は住民や自分のような商人が行き来するために必ず通る場所であり、壊れて修理となると街に入るのが通常より時間がかかってしまう。


 そうなっては街に入れず野営地で野宿をする者が多く出てくる。エレサポが怒るのも当然であった。だが、砂ぼこりを吹き飛ばす勢いで馬車が野営地に向かっており、走っている最中の扉が開き中から姿が飛び出すのを確認すると、驚きの表情を浮かべる。


「あ、危ない!」


「アラン様ー!」


 思わず叫んだエレサポだったが、馬車から飛び出した少女は危なげなく着地すると、飛び降りた勢いのまま走り出しアランに抱き付いた。


「ご無事でよかったですー」


「わわ! ユーファ? どうしたの? そんな焦った顔をして」


「焦って当然ですー。門番さんからダンジョンが現れて、アラン様が魔族を討伐したと聞きました! それも大伯爵だったんですよねー」


 ユーファ様? 救世の勇者? ミングウィンの領主? いやいや、ダンジョン? それも魔族!? 大伯爵ってなんだ!? それよりもなぜアラン様に抱き付いている!?


 目の前の光景にエレサポの驚きは混乱へと発展していく。目の前の少年。アランが勇者一行と親しいとは風の噂では知っていたが、まさか勇者のユーファとここまで信愛を深めているとは。


「アラン様は一体何者?」


 自分が知るアランは具現化する剣を持つ少年であり、修繕スキルを所持している。かなり貴重なレアスキルだが、それを鼻にかける事もなく良心的な価格で直してくれ、対応も誠実であると評判だ。


 さらには様々な発明もしており、ミングウィンの主要産業も支えている人物である。だが、戦闘能力も高いとは思っていなかった。大伯爵と名乗る魔族を討伐できるとは、ぜひ交流を深めないと。そう思いつつ呟く。


「知り合いになれてよかった程度で満足しないと駄目だな」


 えにしを深め、商会の商品を取り扱ってもらおう。なんなら雇いあげて専属になってもらおう。そんなよこしまな思いは絶対に持たないようにしよう。


「まさかここまで勇者様に愛されているとは」


 ユーファに抱き付かれ真っ赤な顔で離れるように懇願しているアランを見つつ、エレサポは心の底から誓っていると、ユーファとアランの会話が耳に入った。


「それで今はなにをされていたのですかー?」


「ああ、エレサポさんにスープの作り方を教えようとしていたんだよ」


「へー。そうなんですかー。まさか無償じゃないですよねー」


 アランの懇願を無邪気な笑みで無視したまま抱き付くユーファが首を傾げアランに確認すると、エレサポに視線を向け微笑む。


 その言葉にエレサポは顔を蒼ざめる。


 笑みを浮かべているが、ユーファの眼は笑っておらず、アランに迷惑をかけるようなら絶対に許さないとの目に見えない圧が自分だけに襲ってきている。


 エレサポは背中に大量の冷や汗を流しつつも表面上は満面の笑みを浮かべ、震えそうになる身体を叱咤しったして優雅に挨拶をする。


「救世の勇者ユーファ様。ご無沙汰しております。エレサポでございます」


「ああ、エレサポさんでしたかー。ご無沙汰しておりますー。アラン様にレシピを教えてもらうんですって?」


 絶対に自分だと分かっていただろう! そう思いながらもエレサポはそんな素振そぶりも見せず答える。


「はい。もちろん無償ではありませんのでご安心ください。先ほど、レーヴァ様と打ち合わせもしており、対価を払うお約束をしっかりとしております。まずは金貨10枚のお支払い。それに飲食店で提供した際の売り上げの一部。あと、アラン様が店で食事された際は私が代金を持つと決めております」


 エレサポが一気に早口で告げた内容を咀嚼そしゃく吟味ぎんみしたユーファは、問題ないと判断したのか目に優しさを含ませた。


「ふふっ。そうなのですねー。それはいい内容ですねー。さすがエレサポさんは良く分かっておられますー。ではアラン様の料理がお店に並ぶようになったら教えてください。アラン様と一緒に行きますのでー」


「それは光栄ですな。ミングウィンの領主様である勇者ユーファ様にお越しいただければ店にはくが付きますな」


 はっはっは。そう笑いエレサポは安堵する。良かった。本当に良かった。レーヴァ様が居なかったらお金の話を失念していた。


 そのまま話が進んでレシピを教えてもらっていたら、目の前で微笑みを浮かべながらアランにくっついているユーファにどのような対応を取られたか分からない。エレサポはレーヴァに感謝しつつユーファと話すのだった。


◇□◇□◇□

「おい」


しばらくアランに抱き付いたままエレサポと会話をしていたユーファだったが、若干呆れた声が耳に届き視線を移動させる。


「あー。ルーイーですー。ダンジョン攻略お疲れ様。近くで大伯爵の魔族を見た感想を教えて欲しいですー」


「ああ、その件で話があると言っただろうが。ここにいる者達がパニックにならないように緊急で極秘に会話したいと門番に話をしたはずだが? 大声で魔族とかダンジョンとか連呼してなにを考えているんだ!?」


 ルーイーの言葉にユーファがしまったとの顔になる。そうだった。アランが無事であったので完全に油断していた。

 そんな表情を浮かべたユーファだったが、気を取り直すと遠巻きに自分達を見ている者達に凛々しい顔で宣言する。


「混乱させるようなことを言って申し訳ないですー。ですが安心してください。ダンジョンは攻略され、現れた魔族はアラン様が討伐してくださっていますー。あれ?」


 ユーファは周囲の反応を見て不思議そうな顔になる。


「あれ? どうかしたのですかー? それほど魔族の話が恐ろしかったとかですかね?」


「いや、アランに抱き付いたまま、凛々しくされてもな……」


 ルーイーがひたいを押さえ首を振りつつツッコむ。野営地にいる者にとってはダンジョンや魔族と言われてもあまりピンと来ていないようで、それよりも勇者で領主と名高いユーファが頬を染めアランに抱き付いている事に驚愕しているのだった。

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