第31話 ユーファは門番から報告を聞き、アランと商人は話す

 アランが野営地に居た商人たちの大歓声に包まれ、おかわり用スープを作り始めていたころ。ユーファは門番の訪問を受けていた。まだ寝る時間ではなかったが入浴は終わっており、寝巻き姿であったので、急いでドレスに着替えると応接室に向かう。


「いつも夜勤業務ありがとうございますー。それにしても急にどうしたのですかー?」


「ルーイー様とアランが森から戻ってきまして。森で魔族と交戦したとの報告を受けて至急参上した次第であります!」


「なんですって!?」


 軽い挨拶で話し始めたユーファだが、門番の言葉に顔色が変わる。魔物ではなく魔族。魔王討伐の際に様々な敵と戦ってきたユーファであったが、魔族の強さは群を抜いており、その恐ろしさは1番よく分かっていた。


「エクス!」


『流石に距離が離れ過ぎては探知できませんよ?』


「くっ! そうですね」


 腰にあるエクスに問いかけたが、当然の回答が返ってきた。伝説の武器と言われる聖剣であっても、そこまでの力はない。焦るユーファであったが、目の前にいる門番はまだ何か言いたげであり、ユーファは少し冷静さを取り戻すと続きを促す。


「それでルーイーはなんと?」


「はい。魔族は1体であったと。そして大伯爵と名乗っていたようです。その魔族はレーヴァさんが討伐されたと聞いております」


「え、討伐? レーヴァさんが倒してくれたのですか?」


 ユーファは少し混乱する。大伯爵と名乗る魔族であればかなりの強さがある。魔族は爵位を詐称さしょうしない。それだけ爵位に誇りをもっており、詐称しようものなら、他の魔族に殺されるからだ。

 だからこそ大伯爵と名乗った魔族の強さが分かる。勇者である自分がパーティーを率いて用意万端にして戦わなくては勝機は得難い。


『どれだけ強いんですかあの魔剣は』


 ユーファが分析をしている横で、エクスは人型になってゲンナリとした表情で呟いていた。大伯爵ですら単体で討伐する力だとの報告を聞いて、自分の力不足をなげいているようであった。


「そうでした! アラン様に怪我は!?」


 いつもの喋り方を忘れたユーファが門番に確認する。レーヴァがいくら強かろうとも、あくまでも剣であり使い手が必要だからだ。そして使い手は世界にアランしかいない。

 愛するアランが危機に巻き込まれた。そう思うと身ががれるようになっても仕方がなかった。


「アランは今、門の外にある野営地で待機をし、何やら料理を作ると言っておりました」


「料理? まあ、料理が出来るのでしたらアラン様に怪我はないのでしょう」


 門番の回答にユーファはホッとしながらも首を傾げていた。だが、やはり心配なのであろう。側に控える執事のバックスに馬車を用意するよう伝える。ユーファの指示にバックスは優雅に頭を下げる。


「馬車の手配は完了しております。後はお出かけの準備をしていただければ」


「さすがですねー。ありがとうですー」


「もったいなきお言葉でございます」


 バックスの手配の良さにユーファは落ち着きを取り戻し、いつもの口調に戻っていた。そして準備など必要ないと言いたげに、エスクに手を置いた。


「ではアラン様の元へ今すぐに向かうのですー」


◇□◇□◇□

「こんなにもらっていいの?」


 アランは商人から渡された皮袋に驚きの表情を浮かべていた。中身を確認すると銀貨がびっしりと入っており、金貨も数枚見える。

 食事を用意しただけなのに。そんな表情を浮かべているアランに商人が笑った。


「当然ですよ。これほど旨くて温かい料理がここで食べられるなんて思ってもおりませんでした。さらにはおかわりまで用意してくれております。ここにいる者達は大喜びですよ。もちろん私を含めて」


 門限の時間に間に合わず、ミングウィンの野営地で過ごす事になった時は、商隊の一行は疲れ切った顔を浮かべていた。目の前に目的の街ミングウィンがあり、本来なら軽く汗を流しエール片手に盛り上がっている予定だったのだ。


 それが馬車のトラブルで到着が遅れ、修理で疲労困憊なのに、もう一泊野営をしなければならない。一行のモチベーションは完全に底を尽いており、商人としては今後のフォローも含めてどうしようかと考えていたのだ。


 そこにアランが登場する。温かい食べ物の提供で十分皆が喜んでいたのだが、見たこともないスープが提供され、さらにそのスープは肉が柔らかく、調味料もふんだんに使われており、エールは流石にないが極上の味であったのだ。


 商人は思わずアランにお願いをしてしまう。


「アラン様。このレシピを教えていただくことは可能ですかな?」


「え? レシピ? それなら簡単だよ。まずは――もぐぅ!」


『ちょっと待てアラン。あと、お主はそんな簡単にレシピを教えるもらうつもりなのかえ?』


 調理方法自体は単純であり、アランが材料を含めて説明しようとすると、レーヴァがアランの口をふさいで待ったをかけた。


 レーヴァの言葉に商人は頭をかいて謝罪する。そしてアランとレーヴァに向かって改めて提案をしてきた。


「ああ、そうでした。私とした事が金銭の話をしないとは。あまりのスープの出来栄えに我を忘れてしまいました。レシピは金貨10枚で買わせていただくのはどうでしょうか? あとレシピを元に私が経営する飲食店で提供を考えております。その売り上げの一部をアラン様にお渡ししましょう」


『うむ。それなら構わん。ただそれに足して、お主の店で我らが食事をする際は無料にせよ』


「ははは。これは一本取られましたな。もちろんでございます。こちらの商会証をお渡ししておきますので、店の者に見せて『商会長であるエレサポに付けてくれ』とでも言って頂ければ私の方で支払いをするようにしておきます」


『まあ、良いじゃろぅ。ではアラン。エレサポにレシピを教えてやるがよい』


「もう! 勝手に話を進めないでよね!」


 どうやら魔の前にエレサポは商会長のようだ。詳しく話を聞くとかなり手広く商売をしており、飲食店も経営しているとのこと。

 そして今回は材料を仕入れにミングウィンへ来たとの事であった。


「細かな金額については、後ほど番頭をアラン様のお住まいに向かわせます。どちらにお住まいで?」


「あ、僕の住んでいる村は、このミングウィンから離れた村になるから。しばらくはユーファの元に居るよ」


「ユーファ様? 勇者様でミングウィンのご領主であるユーファ様のお屋敷にお住まいとは。私は軽い気持ちでアラン様と商売をしてしまったようですな」


 まさか目の前の少年が領主で救世の勇者を呼び捨てにするとは思いもしなかった。先ほど賢者ルーイーと一緒に居たので従者程度だと思っていたエレサポは驚きの表情を浮かべるのであった。

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