第30話 城門前での一コマ

「開門ー! 賢者ルーイー様が帰還され、ミングウィン領主ユーファ様への謁見を希望されている! 開門ー! 開門ー!」


 森からアラン達一行がミングウィンの街に戻ったのは、門が閉まる時間を超えていた。当然ながら門は閉まっており、跳ね橋も半分ほど上がっている。


 通常であならば夜間に開門を求めるのは非常識であり放置される。


 現に、時間が過ぎて到着した者達は門近くの野営所でテントを張っており、翌朝を待つ準備を終え、食事の用意を始めていた。

 そんな中、急ぎの馬車がやって来たのだ。興味津々で眺めており、賢者ルーイーとの単語が聞こえた者は驚いて周囲に伝えており騒然となっていた。


「例えルーイー様と言えど、急ぎでなければ翌朝にして頂きたい!」


 御者の声に門番から返事があった。当然の反応であり、例え勇者パーティーの賢者であったとしても、緊急事態以外は断られて当然である。


「すまんなアラン! これも取り決めなんだよ! スタンピートでも発生するほどの緊急事態なのか!?」


「マルコさん!」


 アランを見かけた門番の1人であるマルコが大声で確認してきた。アランはマルコに大きく手を振って飛びながら答える。


「出来れば開けてもらっていいかな! スタンピードではないけど、今後の事を早急にユーファと決めたいんだ!」


「ユーファ様からは特に指示はなかったから跳ね橋を上げちまっている! 今から降ろすのは無理だ!」


「どうしよう。ルーイーさん」


 門番の判断では対応が出来ないと、申し訳なさそうにしているマルコに、アランは困ったとルーイーを見る。ルーイーは御者に謝罪をしていた。


「すまなかった。あれほど急いでくれたのにな」


「いえ。私も門限を考えずに走らせましたので。ユーファ様へダンジョン関係の話があると伝えて開けてもらえればいいのでは?」


「そうだな。時間はかかるがそうしようか。だが、あまりダンジョンの話を大声でするのは不味いな」


『なんじゃ? そのような事を悩んでおるか?』


 ルーイーがどうすればいいかと悩んでいると、レーヴァが出てきた。そして、そこまで考える必要はないとの感じで話し始める。


『あの隙間から入ったらいいではないか。なにも難しい事なんてありゃせん』


「確かに。私なら魔術でいけるな」


 レーヴァの言葉にルーイーが頷く。アランもレーヴァの力を借りれば問題ないとの言葉にルーイーは御者に視線を向ける。


「すまない。私が話をしに行く。申し訳ないが、君は野営地で一晩をすごしてくれないか?」


「かしこまりました。私は慣れたもんですので大丈夫ですよ」


「すまない。アランは後から来てくれ」


 ルーイーの言葉に御者は、野営地へ移動すると馬車から馬を外して優しく労わる。緊急事態なので馬に無理をさせて走らせたからだ。

 馬もやっと馬車から解放され安堵したようで、御者が汗を拭くのを嬉しそうにしつつ御者に身を任せていた。


「じゃあ、ルーイーさんとマルコさんが話している間に僕は御者さんに料理でも作っているね」


 アランは笑顔で背負子から肉や野菜、寸胴を取り出す。そして水で満たすと、そこに肉や野菜を放り込み、調味料で味付けをしながらかき回し始めた。


「ああ、さっそく話をしてくるよ」


 手早く料理をするアランに感謝の視線を送り、ルーイーはマルコの元へと向かう事にする。詠唱し、跳ね橋を軽く飛び越えマルコの元に着地する。驚いたのはマルコ達門番であった。

 まさかそんな強硬手段を取られるとは思わなかったのだ。


「うおぉ! ちょっと! いくらルーイー様でも困りますよ!」


「ああ、すまない。緊急事態だ。あの場では言えなかったが、森に魔族が居た。幸い、レーヴァさんが討伐してくれたが、その件でユーファと会話がしたい」


 ルーイーが小声で伝えてくる言葉にマルコは再び驚愕するが、同時に納得もしていた。あの場で賢者であるルーイーが大声で魔族が現れたと叫べば、野営をしている者達が大パニックになる。

 それを避けるために必要な処置であったと理解した。


「おい! すぐにユーファ様へ伝令を!」


「すまない。助かる」


 マルコの判断にルーイーは感謝を述べる。そして走っていく門番の後姿を見送りつつアランに視線を戻すと人だかりがすでに出来上がっていた。


◇□◇□◇□

「それは何を作っているのかね?」


 ルーイーとマルコがやり取りをしている中、アランはご機嫌で料理をしていた。その匂いに釣られ、野営準備をしていた一人の商人が興味深げにアランへ話しかけてきた。


「これは肉を柔らかくして、スープにしている最中だよ。御者さんには頑張ってもらったからね」


「なるほどね。肉を引き上げているのはどうしてだい?」


 商人はアランが煮込んでいた肉を引き上げているのを見て首を傾げる。そのまま煮込み続ければいいのでは? そう言いたげな表情にアランは笑顔を向けた。


「これは一度引き上げて、こうするんだよ」


 アランは引き上げた肉をまな板の上に置くと、背負子から道具を取り出す。鉄製の棒の先にくしのようなものが付いており、それを使って肉をほぐしていく。


「これで繊維状になって食べやすくなるんだ」


「ほう! なるほどなるほど。それはいい考えだね。ちなみにそれは御者さんだけに用意されているのかい?」


「ん?」


 商人の言葉にアランは不思議そうな顔をする。そして自分に集中している視線に気付いた。誰もがアランと鍋、それに取り出された繊維状になっている肉に釘付けになっており、なんなら腹が鳴る音も聞こえてくるようであった。


「えっと……。食べます?」


 アランの言葉に歓声が上がる。御者が悲しそうな顔をしているのが見えた。どうやら彼は、鍋の量と人数が釣り合っておらず、どう見ても自分への割り当てが減ると感じたようだ。


「ちょっと待ってね。まずは頑張ってくれた御者さんにあげたいから」


「ふむ。それは当然だな。むしろ頂けるのはありがたい。皆、こちらの少年が特別なスープを提供してれるそうだ。本来なら銅貨5枚は必要だが、ここは私が支払おう。お椀を持って並んでくれ」


 アランとしては無償提供でも良かったのだが、商人が先に金額設定をして周囲に伝えた。野営地にいる人数は50名ほどであり、アランは背負子からもう一つ寸胴を出すと、おかわり用のスープを作ることになるのだった。

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