第22話 ダンジョンボスとの戦い

 鈍い音と共に開いた扉。かなり大きな部屋になっており、奥には巨大な椅子が置かれていた。そこには2メートルを超える魔族が座っており、レーヴァとルーイーを面白そうな視線で眺めている。


『なんじゃあやつは? 偉そうにふんぞり返りおって』


「自己顕示欲の塊なんだろう。あまり不憫ふびんな目で見ないであげよう」


 堂々とした姿であり、放たれる威圧で普通の冒険者であれば腰を抜かすか、恐怖で身体が震えただろうが、魔族の視線を受ける2人は規格外であった。全く動じてないようであり、自分の威圧に恐れず対峙たいじする姿に、魔族は軽く拍手して称える。


「なんと素晴らしい。我が圧力にあらがう事ができる人間が居るとは。これは久しぶりに無聊ぶりょうを慰める事ができそうだ。見事であるぞ人間よ」


 魔族は声に威圧を含ませ目の前にいるレーヴァとルーイーに語りかける。今までも威圧に屈しない冒険者は数少ないながらいたが、声に威圧を含ませれば全ての者が逃げようとするか、震えながら剣を抜いて悲壮ひそうな表情を浮かべて挑んで来たものだ。


 それを圧倒的な力で屈服させ、絶望に染まる人間の顔を見るのが魔族の楽しみであった。現に目の前にいる冒険者達も恐れおののいたのか頭を下げ震えているではないか。


「さあ蹂躙じゅうりんの時間だ。いい声で泣いてくれたまえ」


 さらなる威圧をかけ椅子から立ち上がった魔族だが、ふとした違和感に襲われる。あやつらが震えているのは肩だけでは? その動作なら知っている。笑いをこらえる時に自分もしている。


「なんだ狂ったのか。我の力を直接受け止めればそうなるだろうが」


 過去に威圧に負け、発狂しつつ笑い出した冒険者は見たことがある。あれは実に愉快であった、笑いながら泣きじゃくり後ずさる姿を思い出しただけで笑いが込み上げてくる。圧倒的強者に許される特権であった。


「我に恐れを抱くのは間違っていない。さほど苦しませる事なく遊んでやろうではないか」


『く、もうダメじゃ。これ以上は我慢できん! くはははは』


「やめてくれ。せっかく耐えていたのに。ぶははははは!」


 魔族の言葉を聞いたレーヴァが我慢の限界を超えたのか笑いだす。その笑い声に釣られルーイーも腹を抱えて笑い声を上げた。

 自分がバカにされたと気付いた魔族が青筋を立て全身に魔力をみなぎらせる。そして2人に近づきつつ睨みつけた。


「我の力に気づけぬ愚か者達よ。死が己の側にやってくるまで後悔するがよい」


『もう勘弁して欲しいのじゃ』


なぶろうとしたが止めだ。後悔する間もなく死ぬがいい」


 魔族はそう告げると右手を前に出し魔法を放った。詠唱など下等な人間が行うものであり、魔族であれば無詠唱で放てる。

 そんな絶対の自信を持って撃ち放ったフレアアローであったが、着弾する前に結界に弾かれき消える。

 そんな事象を目にしても魔族は慌てなかった。過去に似たような事があったのだ。


「ほう。我の魔法を防ぐ魔道具か。下等な人間が考えそうなことだ。だが、あの程度の魔法で喜ばれては困る――ぐはぁ!」


 笑い飛ばそうとした魔族を激痛が襲う。結界の中にいたはずのレーヴァが一瞬で間合いを詰めると魔族の右腕を斬り飛ばしたのだ。痛みすら忘れて驚愕の表情を浮かべている魔族に剣を肩に乗せレーヴァは笑う。


『何を滔々とうとうと語っておるのじゃ? 戦いは始まっているであろう。油断する相手だとでも思っておったのか?』


「だから油断しているんだろう。いや、それにしてもまさか魔道具だと誤認するとはね。無詠唱程度で喜ぶなんて可愛いもんだよ。まさか魔族の専売特許だと思っていたのかい?」


 反射的に大きく飛び退すさった魔族が信じられないとの表情を浮かべ2人を見ている。魔力付与された剣であっても斬れない肉体を持つ自分をいとも容易たやすく斬り飛ばしたのだ。


「なんだ? どのような魔術を使った?」


『ん? まさか斬り飛ばされたのが魔術だと思っておるのか? それはあまりにも期待外れじゃな』


「なんだと!?」


 レーヴァの人を食った言いようを聞き睨みつける魔族だが、背中に冷や汗が流れている事に気づく。


「バカな。まさか自分が怖気おじけ付いているのか? 目の前の剣士に?」


 そんな疑問を振り払うように再度魔法を放とうとした魔族だが、さらに大きく飛び退った。


「チッ。勘だけはいいようだね」


 それまで魔族がいた場所を漆黒よりも黒い触手がうごめいていた。ルーイーが得意とする闇属性を使った攻撃であり、一度掴まれると逃げ出すことは出来ない。そして魔族の首があった場所にはレーヴァの剣があった。


『こりゃ賢者! しっかりと捕まえんか』


「ユグドが完全な状態だったら終わっていたさ」


 2人の会話を聞き魔族が目を見開く。


 賢者。


 勇者と共に自身の主人である魔王を討伐したパーティーの1人にいた称号であった。自らは遠征に出向いていたので、最後を看取ることはなかったが、風の噂で聞いていた。


「魔王様を倒した漆黒の賢者か」


「へー。よく知っているね。ひょっとして魔族の偉いさんかい?」


 憎々しげに睨む魔族にルーイーが軽く驚いた表情を浮かべる。そしてルーイーの二つ名を聞いたレーヴァが笑った。


『なんじゃ。そんな大層な二つ名を持っておったのか。それにしてもそんなことも知らんでお主は儂らに口上を述べたのか? 無知にも程があるぞ』


 2度も期待外れと言われ魔族が怒りで真っ赤になる。だが、冷静さは失っておらず、時間稼ぎをするために会話を続ける。


「漆黒の賢者は噂で知っている程度。力を隠してここへ来るとはな。あとお前のことなど知らんわ!」


『ほう。力を隠しているのは分かるのか。ではお望み通り力を見せてやろうではないか。ほれ、早う傷を治さんか』


 時間稼ぎがバレているどころか、早く治せと言われ魔族はプライドが傷つけられるが、斬られた手を元に戻す。


「ほう。部位破損を治せるのか。実に興味深い」


「調子の乗るのはここまでだ。我の真の力に怯えるが良いわ!」


 魔族はそう叫ぶと。そして腕を媒介にして召喚を行なう。魔力を込めた腕を地面に投げると、一瞬で魔法陣が構築され、そこから魔物が大量に発生する。


「ふははは。我の腕を斬り落としたのが敗因だと知れ!」


 次々と生み出されていく魔物で部屋が埋め尽くされようとしていた。魔族は高笑いをしつつも、なぜか勝利を確信する事が出来なかった。

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