第18話 森へ向かうまでの一コマ

『ふわぁぁ眠いのぅ』

「魔剣のレーヴァが寝不足なんてありえないと思うんだけど?」

『分かっておらんのぅ。気分じゃよ、気分。こんな日も昇らんうちに森へ行くとはのぅ。ルーイーは張り切りすぎじゃろ』


 朝日が昇る前に城門前へやって来たアランとレーヴァ。大きなあくびをしているレーヴァにアランが苦笑していた。アランは早朝に森へ入る事も多いのだが、レーヴァはいつも寝ているのか反応をしない。

 先日の魔猪に襲われた際もそうであった。


「僕はいつもこれくらいに起きるけどね」


『まあ、儂が寝不足なのはそれだけではないがのぅ。ベッドの中で勇者とイチャイチャとしておった、だらしないお主の顔をみて寝れんかったのもあるわい』


「え? 見てたの? いや、イチャイチャしてないから! 僕は早く寝ようとしていたのに、ユーファがやってきて、一緒に寝たいって言ってきたんだよ。それを断るのに時間がかかっただけじゃないか」


 頬を膨らませるアランにレーヴァがニヤニヤと笑う。


『断った? ほぅ。一緒にベッドに入って寝ておったように見えたがのぅ。あれは世間一般では断ったと言うのか? そりゃ儂の見間違いじゃったな』


「だって泣かれたから仕方ないじゃないか!」


『いやいや。アランも男の子なんじゃのぅと思っただけじゃ』


「そんな言い方しないで! なにもしてないからね!」


 レーヴァが口を手でおおって笑っている。完全にからかわれていると理解しながらも、アランは顔を赤らめて反論していたが、背後に近付く気配を感じると振り向った。


 そこにはレーヴァと同じ表情を浮かべているレーヴァの姿があり、楽しそうな声で話しかけられる。


「ほう。アランも男の子だったか。いやいや、なんとも面白そい話じゃないか。お姉さんにも聞かせてもらおう。森に行くまでの暇つぶしが出来そうだ」


「ルーイーさん! ひょっとして今の話を聞いていた?」


 驚きの表情を浮かべアランが確認すると、嬉しそうな顔でルーイーは首を振る。最後だけを聞かれたと安どしているアランの横でレーヴァが、くつくつと笑っていた。


「『ふわぁぁ。眠いのぅ』とレーヴァさんがあくびをしてたところからだな」


「最初からじゃないか! もうヤダ!」


 アランが思わずツッコんでしゃがみ込む。そんなアランに、ルーイーは大笑いしながら、馬車に乗り込むように伝えるのだった。


◇□◇□◇□

「すまなかった。そう怒らないでくれよアラン」


「知らない!」


 森へ向う中、馬車の中で頬を膨らませてそっぽを向くアランに、ルーイーが笑いながら謝罪している。ルーイーが用意した馬車は貴族仕様のものではなく、4名乗れる上に荷物も載せられる荷馬車を改造したものであった。


 この馬車はアランによって様々な改造がほどこされており、悪路であっても進みやすくなっている。アイテムボックスを持たない冒険者パーティーに人気であり、発売当初からかなり売れており、馬車の改造事業はミングウィンの主要産業の一つになっていた。


 そんな馬車の中で、アランとルーイーの会話を聞いているレーヴァが笑いっていた。


『肝っ玉が小さいぞアラン。そのような事で心を乱す出ないわ。さっさと情事を全て報告してやれ』


「情事なんてなかったからね! それに事の発端ほったんはレーヴァだからね!」


 レーヴァの言葉にアランが矛先を変える。だが、アランが睨んでもレーヴァはどこ吹く風とでも言いたげに流している。そして右手を差し出した。


『ほれ。そんな事よりブドウを渡さんか』


「レーヴァって本当にブドウが好きだよね」


 昨日買ったブドウであり、買いに行けなかったのだが、露店の店主が気を利かせて領主館まで持ってきてくれたのだ。在庫全てを買い取ったアランは背負子に収納しており、その中からブドウを取り出すとレーヴァへ手渡す。


『ブドウほど美味いもんはないわい。まあ、魔石や血に比べれば主食にはなれんが、デザートしては最高じゃ』


 アランからブドウを受け取ったレーヴァは嬉しそうに食べ始める。そんな二人のやり取りを眺めていたルーイーが、うらやましそうな表情をしていた。


「何に付けても話し相手が居るのはいいね」


『ふふふ。そうじゃろぅ。アランが居れば暇つぶしになるからのぅ』


「それはこっちのセリフだけどね」


『ふむ。そういえばお主の杖はどうしたんじゃ?』


 今更のように気付いたレーヴァがルーイーに確認してくる。アランもレーヴァの言葉に反応すると手ぶらのルーイーを見た。


「本当だ。ユグドが居ないね」


「ん? 彼女は魔王討伐時に壊れてしまってね。今はアイテムボックスで眠ってもらっているのさ」


 アランがユグドと呼んだのはルーイーが魔王討伐の際に持っていた賢者の杖であり、使用魔力を半分にする能力がある。またユグドは実体化は出来ないが、喋る事が出来るのでルーイーは愛用しており、この場に居ても不思議ではなかった。


「修繕しようか?」


「いや、時間がかかるが回復する言われている。それに修繕するには世界樹の樹液が必要だ。さすがのアランも持ってないだろう?」


 壊れていると聞いたアランが伝えると、感謝しつつもルーイーはどこか諦めた口調で答える。ユグドを修繕するには世界樹の樹液が必要と分権には書かれており、たやすく手に入るものではない伝説の素材であった。

 どこかにある世界樹を探し出して精霊王と交渉し、分けてもらう必要があると言われている。


「え? 世界樹の汁液だよね? 持ってるよ?」


「ああ、そうだろう。そんな簡単に手に入るものじゃない。10年かかるのか50年か100年か。どれくらいかかるか見当もつかないがユグドの言葉を信じるしか……なんて?」


 饒舌に喋っていたルーイーが、アランの言葉にキョトンとした顔になる。そしてアランに目でどういうことだと確認すると、単純明快な答えが返ってきた。


「だから持っているってば。これでしょ?」


 アランが背負子から取り出したのは小さな壺であり、ふたを開けると春のそよ風を彷彿ほうふつさせる爽やかな香りが馬車の中を満たし始める。壺を覗き込むと銀色に鈍く光る液体が入っていた。


「ああ、確かに世界樹の樹液だな。文献に書かれている通りの匂いと色だ。え? いや、なんでそんな伝説の素材をアランがもっているんだ? どうやって手に入れた? いや、そんな事よりも! ユグドを直せるって事か!」


「ちょっ! 苦しっ! 完全には無理だけど直せるよ」


 胸倉を掴まれ、鼻同士が当たるほどの距離に顔を近づけ確認してくるルーイーに、アランは何度も頷きながら問題ないと答えるのだった。

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