第15話 アラン、タメ口にさせられる

「え? え?」


「くくく。ふはははは」


「笑い事ではないのですよルーイー」


 腹を抱えて笑っているルーイーを頬を膨らませて抗議しているユーファを交互に見ながらアランが困惑していた。しばらくしてユーファとルーイーが言い争っていたが、アランに気付くとルーイーを軽く睨みつけつつユーファが説明をしてくれた。


「アラン様。ルーイーは隣国の伯爵家当主なのですよー」


「ええっ!? なんで隣国の当主がこの国にずっと居るの? しかも魔王討伐なんて危険な事を?」


 アランとしては当然の質問だが、ユーファはそれには答えず、アランに抱きつくと瞳を覗き込むように目を潤ませながら言ってきた。


「アラン様。私もこの国の元公爵令嬢なのですー」


「それは知ってますよ?」


「だったら、ルーイーと同じように私も普通に話して欲しいですー」


 アランへの抱きつきを語気を強めるユーファがねた口調で言っていると、ルーイーがツッコんできた。


「ユーファは何を張り合っているんだ」


「いいじゃないですかー。だってルーイーはずるいんですよ! 身分詐称なんて卑怯な手を使うんですもん!」


「いや、私はアランに一言も貴族じゃないとは言ってないぞ? 『ビラーベックなんて家名の貴族はこの国にはいない』と伝えただけさ。もしアランが『隣国の貴族ですか?』と聞かれたら素直に頷いていたさ」


「それがズルですー。私も最初はタメ口で喋ってくれていたのに、貴族だと知ったアラン様の口調が急に変わったのですー。タメ口でいいと言っても絶対にしてくれないのですー。だからアラン様。私もタメ口でお願いします!」


 ユーファが自分もタメ口で呼んで欲しいと再度言ってきた。アランがバックスに視線を向けると困ったような表情をしており、主人の要望に応えて欲しいと思いつつも、外見的に厳しいと言っているようであった。


 そんなアランとバックスの目線での会話を見ていたルーイーが一つ提案をしてくる。


「だったら、おおやけの場では敬語で、この屋敷や周りが知り合いだけの場合はタメ口でいいじゃないか」


「それはナイスアイディアなのですー。では決まりです。アラン様。さあ!」


「え? え?」


 ルーイーの発言にユーファが目を輝かせつつアランへの抱擁を強めて、上目遣いで迫ってくる。バックスも「仕方ありませんなぁ」との表情を浮かべており、逃げ場のなくなったアランはレーヴァに意識を向けるが、全く反応をしてくれなかった。

 誰にも相談できないアランは諦めるしかなく、軽くため息を吐くとユーファと視線を合わせる。


「じゃあ、これから公の場以外ではタメ口でいいかな?」


「もちろんですー。いい提案をしてくれたルーイーの事を許してあげますー」


 アランから身体を放し、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでいるユーファにルーイーが苦笑を浮かべている。しばらくタメ口で会話を嬉しそうに続けていたユーファだったが、まじめな顔になるとバックスに視線を向けた。


「バックス。この場に来た理由はなんですかー? 森に魔物が着た話でしょうか?」


「いえ。お食事の用意が出来たと料理長から連絡がありましたので、お呼びに参りました」


「おおー。そうだったのですねー。ではではアラン様が狩ってきた魔猪の肉を食べに行きましょうー!」


 バックスの言葉にユーファは嬉しそうにすると、アランの腕を取って歩き始めた。引っ張られるように連行されているアランだが、ルーイーが付いてこないのが気になり確認する。


「あれ? ルーイーさんは?」


「ああ、私はこの訓練場の惨状を確認してから行かせてもらおう。バックスさんも残ってくれ」


「お手柔らかにお願いしたい所ですな」


 完全に破壊されている訓練場を眺めつつ答えるルーイー。そして困った表情を浮かべバックスも残るようであった。


「ほら! アラン様、行きますよー」


「ちょっと待ってください! 引っ張らなくても付いて行きますから」


「もう、戻ってます! アラン様、タメ口で!」


「分かった! 分かったから、引っ張らないで! じゃあルーイーさん、バックスさん待ってますね! ではユーファ様も僕の事は呼び捨てでお願いします」


「それは嫌ですー。さあ、アラン様、行きますよ!」


 満面の笑みでアランを引っ張っていくユーファを見ながら、ルーイーとバックスは苦笑をするのだった。


◇□◇□◇□

「さて。邪魔者も居なくなったところで」


「お嬢様を邪魔者と言うのはルーイー様くらいですよ」


 ルーイーの言葉にバックスが再び苦笑する。そんなバックスを気にする事なく、ルーイーは四方に設置していた魔道具の一つに手を当てると何やら詠唱を始めた。


「さあ、確認しようじゃないか。<この場に宿りし魔力の残留。我に過去を見せよ>」


 ルーイーの詠唱に反応し、魔道具が光始める。そして地面に光を当てると映像が流れだした。そこには先ほどのレーヴァとユーファの戦いが記録されており、戦いが始まる様をじっと見てルーイーは軽く拍手をする。


「素晴らしい。これほどの戦いは魔王との最終決戦を思い出させてくれる。それにしても勇者と聖剣を相手にしても動じないどころか、一方的じゃないか」


「レーヴァ様は魔王よりも強そうでございますな」


 レベルの高い戦いであって、高ランク冒険者でなければ見逃しそうな高次元でのやりとりをルーイーとバックスは感嘆かんたんと共に眺めていた。


「この戦いの映像をしっかりと把握できるのは、さすがは元侯爵家騎士団長様だな」


「もったいないお言葉でございます、ルーイー様」


 ルーイーの賛辞さんじにバックスが優雅に礼をする。バックスは侯爵家で<豪剣騎士>と呼ばれるほどの使い手であり、引退後は執事兼任の侯爵ボディーガードをしていたのであった。


「戦いたくなったかい?」


「いえいえ、恐れ多い。私では時間稼ぎが精一杯でございますよ」


 ルーイーの言葉にバックスが謙遜けんそんしながら答える。そして、改めて周囲を見渡しルーイーに話しかけた。


「ところで修理費用でございますが」


「ああ、良い物を見れたからね。サービスしておくよ。金貨50枚にしておこう」


「ありがとうございます。100枚は取られるかと思っておりました。後で見積書をお願いいたします。それをお嬢様に見せて、今月からのお小遣いを減らすお話をしないといけませんので。では、我々も食堂に向かいましょうか」


 目を見開いて情けない顔になるであろうユーファを想像しながら、ルーイーは笑いつつバックスと食堂に向かうのだった。

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