第14話 賢者の登場

『アラン様を怒らせては駄目なのですわ』


『アランはあのような表情も出来るんじゃのぅ。なぜいつもあの顔をせんのじゃ』


 エクスとレーヴァがひそひそと会話をしていた。先ほどまでいがみ合っていたのが嘘のように、まるで仲の良い姉妹のようでアランは苦笑と共に見ていた。


「先ほどの怒りっぷりは本当に格好よかったですー。さすがアラン様ですー」


 ユーファが目をキラキラとさせ、アランに抱き付きながら褒め称えていた。ユーファも一連の流れで言うならば戦犯扱いなのだが、上手く逃げる事が出来たようだ。


「それにしても凄いな……」


 アランが改めて周囲を眺め嘆息する。何度見ても凄惨せいさんな状況であり、事情を知らなければスタンピードや魔族が襲撃に来たと説明されても信じてしまいそうである。


「バックスさん!」


 そして遠巻きに眺めているバックスに気付いたアランが声をかけると、咳払いをしながら恐る恐る近寄ってきた。周囲はまだ炎上している個所もあり、その行動は当然だと眺めていたアランだが、バックスの背後にはフードを被った人物が居る事に気付く。

 どこかで見たことがあるような雰囲気をまとっており、声をかけようとするが、先にバックスが咳払いと共に話を始めた。


「んん! お嬢様。アラン様。この状況は一体どうれたので?」


「ごめんなさい。レーヴァがやっちゃいました」


『こりゃアラン! 儂だけではなかろうが! そこの勇者と聖剣も同罪じゃぞ!』


 アランの言葉にレーヴァがびっくりした表情で抗議をする。自分一人でこの状況を作れる訳――いや、レーヴァなら出来るのだが、自分だけがこの状況を作り出した訳ではないのでしっかりと主張する。


「お嬢様?」


 そんなレーヴァの姿にバックスが苦笑しつつ、主人であるユーファに問いかけると、ユーファが申し訳なさそうな表情をしながら返事をした。


「ごめんなさいですー。レーヴァさんのおっしゃる通りですー。レーヴァさんと模擬戦をやっていたら、白熱しちゃいましたー。ね、エクス」


『ええ、そうですわ。本当に申し訳なく思っておりますわ』


「は、はあ。これが『ちょっとだけ』でございますか」


  小さく舌を出しながら笑って誤魔化そうとするユーファに、バックスが周囲を見渡しつつ答える。これは誤魔化せるのでは! そう淡い期待を持ったユーファだが、フードを被った人物からの一言で失敗を悟る。


「ここまでの惨状さんじょうを白熱の一言で済まそうとするのがユーファらしいな。まったく。この訓練場を作るのにどれだけ私が苦労したと思っているんだ」


 フードを被った人物からツッコみを受けてしまった。あ、これ誤魔化し駄目だわ。ユーファが慌てて次の言い訳を考えているのを尻目に、フードを被った人物はフードを取りながらアランに近付いた。


「久しぶりだな。アラン」


「ルーイーさん!」


 フードを取った人物からの挨拶を受けたアランが笑顔になる。彼女は勇者パーティーの一員であり、また今はユーファが治めるミングウィンで魔道具屋を営んでいる。

 全ての魔法が使えると噂される才女ルーイー・ビラーベック。彼女は魔王討伐後に王国から宮廷魔術師として招聘しょうへいされたが断り、ユーファと一緒にミングウィンの街に引っ越してきていた。


 レーヴァたちが破壊し尽くした訓練場にある身体ダメージを魔力に変換する魔道具を開発したのもルーイーであった。その魔道具は完全に破壊されており、見るも無残な状態になっていたが。


「せっかくの訓練場を破壊してごめんなさい」


「いや、気にしなくてもいいさ。どうせユーファとレーヴァの二人が盛り上がり過ぎたんだろう? こちらとしては訓練場をもう1回作れるからありがたい話さ。再度高額請求が出来るからな」


「お手柔らかにお願いしたいのですー」


 支払いをする領主を目の前にしてルーイーが笑っている。前回の支払金額を思い出したバックスは頭を抱えているが、ユーファはあまり気になっていなかった。支払関係は執事であるバックスに丸投げしていたからだ、

 この訓練場にどのくらいの費用が発生したのかなんて知らないのだ。そんなユーファを見て、ルーイーはニヤリと笑う。


「国王様に報告しておく」


「チクるのは止めて欲しいのですー。叔父様にまた怒られるのですー」


 ルーイーの言葉にユーファが顔をしかめる。ユーファは国王のめいになる公爵令嬢なので、親しい友人と話すときは国王を叔父様呼びしてしまうくせがあった。


「お嬢様。あとでミングウィンの収支をお見せします。ルーイー様。国王陛下へのご報告よろしくお願い致します」


「ああ、任せとけ。ところでアラン。森で面白い魔物にあったそうだな」


 バックスの言葉に頷きながら、ルーイーはアランに視線を移して確認する。


「そうなんだよ。森で魔物化した猪と出会って、それはレーヴァが倒してくれたんだけど、あんな森の浅い部分で会うなんてびっくりだったよ」


「なるほどな。浅い部分ってのはどの辺りなんだ?」


「この辺りだよ」


 ルーイーの言葉にアランが森の地図を取り出して説明する。アランが指さした場所を確認してルーイーは眉を寄せる。一般人も立ち入るような場所であり、またミングウィンの主産業である伐採地区からも近い。


「これは至急の対応が必要だな。ラティスと相談しておこう。ダンジョンが出来たのか、はたまた森自体がダンジョン化しようとしているのか。それとも単なる偶然か」


 ダンジョンとの単語を呟いているルーイーにアランが驚きの表情を向ける。ダンジョン自体は各地にあるが、新たにダンジョンが出来上がったとの話を聞いたことがないからだ。


「ダンジョンが発生するなんな事があるの?」


「ああ、極稀ごくまれにな。ん? どうしたユーファ?」


 気付けば無言になっているユーファにルーイーが問いかける。勇者の勘がなにか告げおうとしているのか。重要な情報が出てくるのでは? そう期待しつつ固唾を飲んで見守る。そして出てきた言葉に呆れた表情になった。


「なぜ、アラン様はルーイーには親し気なため口で話されるのですかー? 私も同じように話して欲しいですー」


「ユーファ様はそっちが気になってたんですか!? ルーイーさんは貴族じゃないと聞いてますし、年上のお姉さんですが、最初に『ビラーベックなんて家名の貴族はこの国にはないぞ』って。だからため口で話して欲しいと言われたので」


 頬を膨らませ抗議するユーファにアランが説明をした。アランの言葉にユーファはキョトンとした表情を浮かべ、ルーイーはお腹を押さえながら、笑いをかみ殺しているのだった。

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