第12話 聖剣の挑発に魔剣がキレる

「いえ、それほど難しい話ではないと思いましてな」


 硬直して「え? 何言ってんの?」となっているアランと、期待の眼差しを向けアランを見ているユーファ。そんな2人の様子を面白そうに眺めつつ、バックスは顎に軽く手を当て笑顔である。


「お嬢様はアラン様のことをお気にめされております。そしてこの老人の目には、アラン様もお嬢様の事を憎からず思われておられるように見受けられます。違いますかな?」


「い、いや。その」


 バックスからジッと目を見つめられ、横では目を輝かせるユーファの気配が感じられる。確かにユーファは大変可愛らしい。自分への好意を隠さずに接してくれるのは恥ずかしとは思いつつも嬉しく思っている。

 だが、急に恋人になってくれと言われても、そんな事は考えたこともなかった。との感想しか出てこない。すぐに回答が欲しいとの圧を感じつつ、なんと答えようかとの考えすら浮かばず、頭が真っ白になっているアランにバックスが徐々に近づいてくる。


「どうですかな?」


「どうですかー? 今なら私だけでなく、なんと屋敷もプレゼント! そしてさらには私が持っている資産も全て付いてきますー。なんなら勇者メンバーもおまけに付けちゃいますよー」


 ユーファは何かの特売会場と勘違いしているのではないだろうか? そんなツッコみをしたくなる話し方であった。ユーファのぶっ飛んだ内容で、少し冷静になったアランがこの場での回答はすべきでは無いと決める。


「そんな大事な話を簡単にする訳には……」


『さっきから黙って聞いておったら、お主らは儂のアランに何を言ってくれておるのじゃ?』


「レーヴァ?」


 それまで沈黙していたレーヴァが、煙ととも人型となって現れる。腰に手を当て呆れた表情をしており、怒っているように見えた。そしてアランへ指を突きつける。


『そもそも何ですぐに断らん! アランもアランじゃ! 儂と言うものがありながら、勇者なんぞの言葉に惑わされ、ましてや動揺してうつつを抜かすなどありえん。もう一度、お主の根性を叩き直してやろうぞ』


 レーヴァが勢いよくアランへ近寄ると耳を引っ張った。


「イタタ。痛いってばレーヴァ」


『全てお主が悪いんじゃアラン。そもそもお主はいつも相手に配慮しすぎじゃ。あっさりと断ることも大事なのじゃぞ!』


「レーヴァさん。なんなら私は2番目でもいいですよー。正妻はレーヴァさんで決まりですー」


 アランの耳を引っ張りながら説教をしていたレーヴァだが、ユーファの言葉にピタリと止まる。そしてゆっくりと視線をアランからユーファに移すと、少し考え込むような表情になった。


「あれ? ひょっとしていけそうですかねー」


『はっ! 違うぞ! 何を言っておるのじゃ。この馬鹿勇者は! せ、正妻とか2番とかの話ではないわ。儂とアランはもうすでに一心同体なのじゃ』


「それって僕とレーヴァが契約で繋がっている話?」


 少しニヤリとしたユーファを見て我に返ったレーヴァがかぶりを振る。キョトンとした表情でアランが首を傾げると、レーヴァが顔を真っ赤にさせていた。


『そうじゃ! 儂とお主はすでにちぎりを交わしておる。夫婦なんぞにならんでもな!』


『それって単なる契約で、愛情はなく、レーヴァさんの個人的な感想って事ですか?』


 胸を張って答えたレーヴァの言葉に辛辣しんらつな言葉が聞こえてきた。そしてユーファの腰から人型のモヤが現れる。聖剣エクスが口に手を持っていきながら、笑いを隠すようにしていた。


『あ゛!? なんじゃ馬鹿聖剣。文句でもあるのか?』


『いえいえ。無理やり契約したんじゃないかなー。と思っただけですわ』


 青筋を浮かべてレーヴァがエクスの胸倉を掴んでいた。一般の冒険者であれば失神してしまいそうな形相だが、エクスはすまし顔でさらにあおってくる。


『本当の事を言われたからって怒らなくてもいいではないですか』


『ほう。どうやらまた破壊されたいようじゃの。今度はアランが直せんくらいにしてやろう』


 レーヴァが荒々しく腰の剣を引き抜きエクスに突き付ける。エクスも優雅に腰の剣を抜くと正眼に構えた。


『まぐれで私にダメージを与えたからって調子に乗らないで欲しいですわ』


「まって! ちょっと待って!」


 一触即発いっしょくしょくはつ状態のレーヴァとエクスの間に慌ててアランが入る。こんなところで魔剣と聖剣が戦ったら周囲への影響が激しすぎる。別邸が更地になるくらいならいい方だ。

 そう告げるアランにエクスが少し冷静になる。魔王を倒せる神が作りし剣である。確かにこの場で戦うのは良くない。


『では、訓練場へ行きましょう。あそこなら勇者パーティーが訓練で使ってますからね。レーヴァさん、逃げませんよね?』


『当り前じゃ。売られた喧嘩は買う。そして10倍にして返すのが儂の流儀じゃ。いくぞアラン』


「ちょちょ!」


「いいじゃないですかー。訓練場なら大丈夫ですよー。バックス。周囲の者に通達を」


「かしこまりました。お嬢様」


「そんなユーファ様!?」


 ユーファの言葉にバックスが頷く。そして、静かに去っていった。アランは一連の流れに付いていけず、あたふたするしかなかった。


 ◇□◇□◇□

『ほう。ここが訓練場か』


『ええ。ここなら思う存分戦えますわ』


 レーヴァが周囲を眺めていると、エクスが挑戦的な表情で答える。そして人型が剣に戻っていく。何事かとアランが見ていると、ユーファが面白そうに聖剣エクスを抜いて構えた。


「いいですねー。では、アラン様と一戦交えましょう」


「え? え? どゆこと?」


 エクスの意図に気付いたレーヴァも人型から剣に戻る。


『ほれ。早う儂を抜かんか』


「え? レーヴァ?」


『あの賢者が結界を張っておる。ここでなら人が傷ついても魔力消耗に変換される。なので致命傷を受けても気絶するだけ終わるんじゃ』


「つまり?」


『儂がアランの身体を使って戦うに決まっておろうが』


「ええー!」 


 訓練場にアランの悲鳴が響き渡る。自分たちが戦っても剣にダメージがいってしまう。そうなると修理をしないといけなくなるが、アランとユーファなら一定のダメージを与えれば気絶で済む。

 そんな荒っぽい提案にアランが狼狽うろたえる。


「いやいや! そんな話を聞いてレーヴァを抜くわけないよね」


『ああ、まだるっこしい! 借りるぞ。お主の身体』


 アランの回答を待つ間もなく身体の支配権を奪うレーヴァ。鋭い視線になったアランにユーファが嬉しそうな顔をする。


「いいですねー。その凛々りりしい表情のアラン様も素敵ですー」


『ふん。さっさとかかってこい。瞬間で片付けてくれるわ』


 アランの身体から赤いオーラが溢れ出す。ユーファの身体からも白いオーラが包み込んでいた。お互いに見つめあっていた両者だが、剣先が軽く当たるのを合図に戦いが始まる。

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