第11話 今度は別邸での一コマ
「アラン様ー」
「わっ! お帰りなさい。ユーファ様」
一緒に料理を作る予定だったが、食材の提供をしてもらったのに、料理までさせては俺の名が
別邸にある調理室を特別に用意され、戻った時にすぐに食べられるようにとクッキーを作っていたアランの元へ、ギルドでの会議を終えたユーファがやってきた。
「ただいま戻りましたー」
「あ、ちょっと。粉だらけだからダメだよ」
「そんなことは気にしないのですー。ひょっとして私のために作ってくださったのですか?」
「本当は料理長たちと一緒に夕食を作りたかったんだけどさ『食材を提供してもらったのに、料理までさせられない』って言われてさー」
抱き付かれたまま、アランはユーファに説明する。今のアランの格好は筆頭執事が用意した服であり、いつも着ている服は洗濯するとメイドが持って行った。そんなアランが着ている服は、アランが来た際にプレゼントしようとユーファがあらかじめ買った物であった。
「あれ? その服はひょっとして私が用意したものですかー?」
「はい。お嬢様がアラン様のために用意されたものでございます。アラン様のお洋服が少々汚れておりましたので。勝手にお渡しして申し訳ありません」
「いえいえ。よくやりましたよ、バックス」
ユーファは筆頭執事バックスの仕事ぶりに満足していた。後で特別金を支給しようと決める。自分が選んだ服をアランが着てくれている。それだけで幸せが身体中から
あまり高級品にすると、アランが遠慮して受け取らないのは分かっていたので、街の仕立て屋を呼んで、領民が普段着る服を相談しながら作らせたのだ。普段着とはいえ、そこは貴族令嬢が選んだ服であり、素材は一級品になっていた。
「ユーファ様、ありがとう。ちょうど服を買おうと思っていたんだよ。随分、服がボロになってたからさ」
「喜んでくださり嬉しい限りですー。そちらは差し上げますので持って帰ってくださいね。あ、先に言っておきますが料金は受け取りませんよ。魔猪の肉を提供してくださったお返しだと思ってくださいー」
慌ててお金を払うとしているのを先制するようなユーファの発言にアランは苦笑する。たしかに魔猪の肉の料金をユーファが支払うと言っても、確実に受け取らない。そう思ったアランはユーファの好意に感謝しつつ素直に受ける事にした。
「ありがたく頂きますね」
「あ、そうだ! せっかくだから私が選んだ服を見せてくださいー」
会話しつつもずっと抱き付いていたユーファがアランから離れお願いをしてくる。せっかく買った服をアランがどう着こなしているかを見たいと言われ、アランはエプロンを外すと、服に付いた小麦粉を
「はい! その場でクルッと回転してくださいー」
「え? か、回転?」
突然の指示に驚きながらも、言われるがままにその場で回転するアラン。
「いいですね! では壁まで下がって私へ向かって歩いて来てくださいー。そうです! はい、そこでポーズを決めてくださいー」
「ポ、ポーズ!? どうすれば? こんな感じでいいの?」
「きゃー! 素敵ー!」
ユーファの細かな指示に悪戦苦闘しながらも従うアラン。ファッションショーをの時間がどんどんと過ぎていく。そして一緒に鑑賞していたバックスが軽く咳ばらいをした。
「アラン様。こちらで用意された物をお嬢様に教えて頂けると幸いでございます」
「あ! そうだった。バックスさんありがとうございます」
バックスの言葉にアランは別棟で何をしていたのかを思い出した。
「ユーファ様のためにクッキーを焼いたんだよ。もう荒熱が取れたと思うので、試食されますか?」
「もちろんですー。嬉しいですー」
そろそろポーズを取るのがツラくなったてきたアランが、助かったとばかりにバックスに感謝の視線を投げる。
「クッキー大好きなんですー。あーん」
ユーファの行動にアランが固まる。
「あーん?」
「あーん」
クッキーを置いた皿をユーファに渡そうとしたアランだが、難題を突き付けられる。
「あーん! あーんと口を開いておりますー」
「え? え?」
目をつぶって口を開けているユーファへどうしたらいいのかと悩むアランが、バックスに助けを求めるように再び視線を投げるが、視線の先の
「で、では。あーん」
覚悟を決め小ぶりのクッキーを一つ手に取るとアランはユーファの口へと持っていく。口にクッキーが当たったのを確認したユーファは、クッキーをアランの指ごと咥える。
「ん! 美味しいですー!」
指先に柔らかな唇が当たったアランは慌てて手を引っ込め赤面していた。そして皿を受け取ったユーファがクッキーを手に取るとアランに向かって差しだした。
「はい。お返しです。あーんしてください」
「あ、あーん」
チラッと見えたバックスの顔を見て、アランは赤面したまま言われるがままにクッキーを食べる。指先が当たらないように気を付けたのだが、勇者として相手の間合いを完全に測れるユーファは少し腕を伸ばすとアランの唇に指が当たるように調整した。
「ふふ。アランさんの指に当たってしまいましたー。実に美味しいクッキーですねー」
そう言いながら再びクッキーを手に取ると、今度は自分の口に持っていく。ちょうどアランの唇が当たった場所を自分の唇に当たるようにして、幸せそうな表情をうかべるユーファに。バックスが「お嬢様。はしたないですよ」とさすがに注意していた。
間接キスを目の前で見せられたアランは耳まで真っ赤になるのだった。
◇□◇□◇□
「あー。幸せな時間でしたー。残りは執務中に食べますねー」
「それは良かったです」
幸せそうにアランの腕に抱き付くユーファ。公爵令嬢の態度ではないと何度も注意するのだが、嬉しそうな様子に注意するのを諦めたバックス。どこか
「お嬢様。本日は何も言いませんが、今後はお控えになりますようお願い致します」
「無理ですねー。それよりもバックス。私はお嬢様と呼ばれる年齢じゃないのですが?」
筆頭執事バックスの言葉にユーファが頬を膨らませている。バックスもユーファの父である公爵から派遣された執事であり、小さな頃から傍に居たので未だにお嬢様と呼ばれているのだ。
「お嬢様とアラン様は、どうしても幼い
「せめて恋人同士と見て欲しいのですー」
幼き頃から仕えているバックスに言われ、頬を膨らませるユーファ。そんな表情がさらにユーファを若く見せる。バックスも主であるユーファが領主になってから、ストレスをため込んでいるのを知っているため、あまり強く言えない。
注意するばかりではお嬢様の気分がささくれ立っている。なにかいい方法がないか。そうバックスは考え込むように顎に手を当て、アランに視線を向けた。
「アラン様。ここはひとつ、ユーファ様と恋人になるのはどうでしょうか?」
「ううぇ! な、なにを言ってるんですかバックスさん!」
突然のぶっこんだ発言にアランは仰天した表情を浮かべるのだった。
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