第10話 屋敷での一コマ
「状況は分かりましたー。今後の対応はギルドと領兵との間で詰めさせていただきますねー。アランさんは領主館に行っててくださいー」
そういえば、あの時から間延びした喋り方にしたんだったな。と、思い出したユーファ。懐かしさに浸りたかったが、領主としての責務を果たす必要があると切り替える。そしてアランに領主屋敷で待ってて欲しいと伝えた。
「え、屋敷に? もう報告は終わったから帰っていいと思ったよ」
報告したので用事は終わりだよね? そんな表情を浮かべるアランを見て、ユーファはスッと近付くと抱きついた。
「そんな寂しいことを言わないでくださいー。夕食をご一緒しましょうー。料理長と久しぶりに会いたくないですか?」
「いいね! そうだ、ラティスさん。魔猪の肉を持って行きたいけどいいかな? 料理長と食事を作りたいんだよ」
ユーファに抱き付かれているアランだが、気にならないほど慣れてしまっているようで、なんなら抱きつきやすい体勢にすらなっている。
ミランダとラティスから生温かい視線を向けられているが、アランが気付かないまま確認すると、ラティスから問題ないとの返事があった。
「ああ、いいぞ。好きなだけ持ってってくれ。こんなに買い切れないからな。購入金額はいつものギルド預かりでいいのか? あと、取れたての肉だろ? どうすんだ?」
屋敷へ行けば食材は大量にあるだろうが、アランは目の前にある魔猪の肉が美味しいと確信していた。また熟成させていないので、今日は食べられないとのラティスの指摘だが、料理長のスキルで対応ができるので問題はない。
「それは料理長と相談するから大丈夫だよ! じゃあ持っていくね」
「ああ」
ラティスに許可をもらったアランが嬉しそうに肉を背負子へと戻していく。机の上には先ほどの半分程度が残っていた。
「どれだけ食う気なんだよ」
「屋敷にいる人たちにも食べてもらいたいもん」
そんなラティスのツッコミにアランは笑って答えていた。屋敷にいる者達にもふるまうとの発言を聞き、その優しさに目を潤めつつあるユーファの視線とぶつかる。
「じゃあ、ユーファ様。先に戻ってるね」
「また後ほどですー。お食事会、楽しみにしてますねー」
背負子を背負ったアランが告げると、名残惜しそうにユーファが抱きつきを解放して挨拶をした。アランは残っているミランダとらてぃすに挨拶すると一足先にギルドから出ていく。
そんな後姿を恋する乙女の表情で見ていたユーファだったが、扉が閉まったのを確認すると、今までの笑顔が嘘のように無表情になった。
「ラティス。ギルドへ森の調査依頼をします。ギルベルトが戻るまでに調査を終えなさい。この件は
「はっ!」
「ミランダ。冒険者の選定はあなたに任せます。通常の倍までは依頼料を出しても構いません」
ラティスに方針を伝えた後、ユーファはミランダにも細かな指示を出す。
「かしこまりました。結果報告は3日後とします。丁度、斥候に長けたパーティーが酒場に居他のを見ましたので」
「信頼は?」
「これまでも指名依頼を出しております」
「よろしい」
ミランダの言葉に
「よくも私のアラン様を危険な目に合わせてくれたわね」
ユーファは現段階ではこれまでとして会議を終了する。そばで控えているエクスがこちらを見ているのを感じると、先ほどまでの勇者で領主でもある真剣な表情から、アランと喋っていた年相応な少女の顔へと戻る。
「エクス。またあなたの力を借りる事になりそうですー」
「ふふっ。いいですよ。我が剣は勇者のために。それよりも早く屋敷に戻りましょう。アラン様が料理をして待っていますよ」
「そうですねー。それは早く帰らないと。アラン様との食事楽しみですー。お風呂も一緒に入りたいのですよー」
エクスの言葉にユーファは頷くと、満面の笑みを浮かべながら部屋から出ていく。会議室には大量の肉と皮が積みあがっており、それを目にしながらラティスとミランダが今後の対策を語り合うようであった。
「いや、風呂を一緒は駄目じゃねえか?」
「既成事実でも作りたんじゃないですか? 羨ましい限りです」
「今のは聞かなかったことにしておくぞ」
ミランダの呟きをラティスは苦笑いと共に流すと、今度こそ対策を検討するのだった。
◇□◇□◇□
「料理長さーん」
「おう、アランじゃねえか。久しぶりだな。領主様には会ったのか? 最近、元気がなかったからな。もっと小まめに顔を出してやってくれよ」
屋敷に着いたアランは一目散に厨房に来ていた。そして料理長へと挨拶する。時間的に夕食を準備するところだったので、料理長は魚をさばいている最中であった。
「あ、今日は魚料理がメインだったの?」
「ん? そうだぞ。港町から良いのが入ってきたからな」
「あちゃー」
手を止めてアランの質問に答えた料理長が首を傾げる。
「なんだ? 魚じゃマズかったのか?」
「いや、そうじゃないんだけど、いい肉を手に入れたからさ」
「ほう。見せてみろ」
料理長の声にアランは背負子から魔猪の肉を取り出す。一目見て魚をアイテムボックスに収納すると、肉を受け取りスキルを発動させる。彼の持つスキルは<熟成>であり、その能力は食材をベストな状態に持っていくことが出来るレアスキルであった。
その能力が認められ侯爵邸で料理長をしていたのだが、ユーファがミングウィンに着任するタイミングで、父親である公爵が彼を派遣したのである。
「いい肉だな」
スキルで熟成させた魔猪の肉を薄切りにし、塩を振って軽く
「おい! 夕食のメニュー変更だ。今日はアランが持ってきた肉をメインにする。それに合わせた副菜を用意しておけ。この肉は試食していい」
「「 はい! 」」
遠巻きに見ていた料理人たちが料理長の元に集まると次々と試食していく。
「うまっ!」
「料理長のスキルもあるけど、肉が最高にいいな」
「これに合わせる副菜か」
「スープはコンソメに玉ねぎを丸ごと入れて煮込もう」
「ザワークラフトを添えてだそう」
様々なアイデアが出てくるのを満足そうに料理長は見ていた。そしてアランに視線を向ける。
「おい。あるだけ出せ。あとは俺らに任せろ」
「もちろん。夕食楽しみにしておくね。背負子ちゃん、全部出すよー」
アランの言葉に背負子が反応し、次々と肉が出される。最初は頷きながらアイテムボックスに収納していた料理長だったが、いつまで経っても出し続けるアランに慌てだす。
「お、おい。どれだけあるんだよ!」
「もう、これで終わりだよ。残った分は皆で分けてよ。これは俺の取り分だから気にしなくて大丈夫だからさ!」
アランの言葉に料理人たちが歓声を上げる。
「あ、あと森でキノコも見つけたから、これも使ってよ」
「おい! これって幻って言われているキノコじゃねえか!」
アランが森で見つけたキノコを取り出すと、料理長を始めとした全ての者が食い入るようにキノコを見つめる。数年に1本みつかればオークションに出されると言われるほどの貴重な品であった。
それが3本もあり、皆のテンションが爆上がりする。香りもよく、調理方法によってはさらに香りが引き立つと言われるキノコであり、素晴らしい食材を提供してくれたアランに称賛が集まる。
「ふふふー。自分で食べたいと思ってさー。ギルドにも卸さなかったんだよ」
「自分用を提供してくれるなんてやるじゃないか」
料理長の言葉にアランは嬉しそうにするのだった。
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