第9話 ギルド会議室の会話と思い出

「アランさん。そんな大事な話が私を抜きにされようとしていたのですかー。どうかと思いますー。この街ミングウィンの一大事じゃないですかー」


 会議室でユーファが頬を膨らませている。領主として治安を預かっており、森の浅い部分で魔物が現れた、それもCランク以上なのは確定だとミランダから報告され、かなり怒っているようであった。


「いや、ギルドに報告した後で、ユーファ様に報告する予定だったんだよ」


「そう言う事にしておいてあげますー」


 ギルドの2階にある会議室に集まった一同。ミングウィンの領主であり勇者のユーファ。ギルドのチーフ受付嬢ミランダ。ミングウィンでギルドの統括を務めるギルドマスターのラティス。そしてアランがいた。


「アランよ。これで全てでいいのか?」


「背負子ちゃん、これで全部であってる?」


『おでぜんぶだした』


「はい。全部ですね」


 ラティスの確認にアランが背負子に問いかけると、自信ある回答が返ってきた。アランがそうラティスに伝えると、一同の視線が机の上に集まる。先ほどアランがミランダへ提出した時より2倍ほどの肉と皮が積まれている。


「それにしても凄い量ですね」


「そうですねー。エクスどう? 何か分かりますかー?」


 ミランダが唖然と肉を眺めており、ユーファはエクスへと問いかける。エクスはユーファの声を受け、肉に近づくと片手をかざして目を瞑って確認し、軽く首を振った。


『この魔物はレーヴァさんが倒してますので魔力が全く感じられません。きっと彼女が全て魔力を吸い切ったのでしょう。ただ、この大きさで魔力を持っていたならば、Bランクは間違い無いですね』


 魔力の残滓ざんし微塵みじんも感じられないが、自然界にこれほどの巨大な猪は存在せず、魔物化したのは間違いないとエクスが断言する。


「やっぱりそれくらいのランクはありますよねー。でも良かったですー。アランさんの傍にレーヴァさんが居てくれてー」


 ユーファがエクスの報告を聞き、安どのため息を吐きつつ頷いた。もし、アランがレーヴァを伴わず、1人で森に入っていたなら……そう思うだけで寒気が走る。そうなっていればアランと会話することもなく、ましてや会うことすら出来なかったであろう。

 それだけではない。何も知らずに森に入った領民達も同じ結末を迎えていただろうと考えると、怪我人が1人も出ずに、討伐されているのは奇跡に近かった。


「レーヴァは強いからねー」


 のほほんと話すアランをユーファはじっと見る。この世からアランがいなくなるなど考えたくもない。どれだけ危なかったのか分かっていないように見え、楽しそうに背負子と喋るアラン。


「もう。本当に危なかったんですからねー」


 お気楽に見えるアランにユーファが怒っている。彼は自分の価値観を正しくしてくれたである。ユーファはアランをそう評価しており、旅をしていく中で、アランに惹かれていくのを感じていたほどなのだ。


 最初はスキルを期待しただけでしょ。と言われれば「そうであった」と答えるだろうが、自分たちが貴族であり、旅をする中で無意識にでる傲慢さで反感を買っていることを気づかせてくれたのだ。


 食料を提供されるのは当たり前。宿や料理に文句を言ったこともある。魔王を討伐する使命を帯びた自分たちがサポートされるのは国民として当然だとの意識がにじみ出ていた。


 そこに気づかせてくれたのがアランであった。


「あの時は本当に助かりましたからね」


 そう呟くユーファ。

 先ほどは楽しい思い出としてアランに語っていたが、商人に騙されゴミのような食料を大量に買わされそうになり、大金を払わされる寸前の事件があった。アランに頼らなくとも自分で出来る。勇者と名乗れば誰もが頭を下げる。そう本気で信じていたのだ。


 そこを悪徳商人につけ込まれる。商会で打ち合わせ後に、所有するアイテムボックスへ食品を入れようとしたタイミングでアランが倉庫へ飛び込んできた。

 レーヴァを持っていない時代のアランであり、無理やり入ろうとして何度も殴られ全身があざだらけになっていた。


「それを買っちゃダメ!」


 止める間もなく、アランが食品が入った樽を開けたのだ。半分以上腐っている食品。少し腐臭もしている。慌てる悪徳商人を見て、ユーファは騙された事を知った。どうやら仲間達に自分が商人と交渉中であると聞いたアランが、商人の評判を聞いて慌ててやってきたと知った。


「勇者様を騙すなんてとんでも無い商人だよねー」


 連行される悪徳商人を見ながらアランが屈託のない笑顔で見送っていた。


「なぜ? 勇者が魔王を討伐するのですよ? 協力をするのは当然でしょう」


「それはどうだけどさ。世の中には自分さえ良ければいいと思う人もいるってことさ。ユーファさんが騙されなかったから良かったよ」


「いえ、騙されてましたけどね」


 当時は今のような間延びした声をしていない公爵令嬢然とした口調で話すユーファ。アランもユーファが貴族だとは聞いておらず、勇者とだけ聞いていた。なので口調もタメ語に近かった。


「まあ、ユーファさんも気をつけようね。どこかのお嬢様だったんでしょ? 世間を知らないとこれからも騙されるよ」


「世間を知る?」


「うん。僕は修繕スキルを持っているけど、それを利用しようとした人に騙されたことがあるからね!」


 あっけらかんと話すアランにユーファが噛み付く。


「なぜそんな気楽なのですか!? 騙されたのでしょう!」


「だって、終わったことじゃないか。それに次を気をつけたらいいんだよ。失敗から学べることなんて、いくらだもあるんだから。ね、ユーファさんも勉強になったでしょ?」


「まあ、それはそうですが」


 まだ先ほどの悪徳商人の顔がチラつくだけで怒りが込み上げてくる。だが、アランの言う通りだ。今まで問題なく生きてこれたのは、全て両親や使用人達がやってくれていたことだと思い知った。


「そういった悪意から私は守られていたのでしょうね。今回の件で、自分の未熟さが分かりました。ありがとうございます。アラン様」


「アラン様なんてやめてよね!」


 急に様付けで呼ばれたアランが慌てている。そんなアランの姿にユーファは笑いながら「止めませんー。これからもアラン様と呼ばせてもらいますねー」とゆっくりと間延びした声でアランに伝えるのだった。

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