第8話 聖剣も喋りますよ

 アランとユーファの話は続く。冒険を一緒にしていた際の思い出。街で一緒に買い物したのが楽しかった。1人で買い物をした際にボッタクられそうになったのを助けてくれた。夕刻に城壁を歩いた時に見た沈む夕日は綺麗だった。


 などなど。


 俺たちは何の惚気話のろけばなしを聞かされているのだろうか? やっと冷静になった冒険者たちが、アランとユーファの甘酸っぱい思い出を大量に供給され、しみじみとした表情を浮かべている。


「久しぶりに実家に帰るかー」

「俺も村に戻ってもいいかもな」

「あいつは元気にしてるだろうか?」

「俺、この依頼を完了させたたら、あの子に告白する!」


 それぞれが好きに呟きつつ、自然と解散していく。その間もユーファは楽しそうに話しており、アランは膝の上から降りようと無駄な努力をしながらも楽しそうに聞いていた。


「そうそう。アランさんを屋敷に呼びたい理由でしたねー」 


 一通り話し終えて満足したのか、ユーファがアランに屋敷へと来て欲しい理由を教えてくれた。


「アランさんへの褒賞ほうしょうが渡せてないのですよー。受け取ってもらわないと、私が王に怒られて困ってるんですー」


「え? その話ってまだ残ってたの? 前に教えてもらった時に『受け取れません』と断ったよね?」


「そんな簡単な話じゃないのですー。もらってないのはアランさんだけになっているんですってばー」


 一円たりとも受け取らないのはアランだけであり、これが王宮で問題視されつつあった。勇者ユーファが魔王討伐をした。それによって世界に平和が訪れた。そしてユーファを送り出した王国は周辺国とも話し合い、協力者に多額の褒賞が出したのだ。


 国からの褒賞であり、勇者一行に食糧や宿を提供した村や、最前線で苦労していた街などに資金や物資の援助が行われている。村に住んでいる者には村長を通して、一時金が配られていた。


 そして個人で名前が挙った者達には個別に褒賞が用意されている。その対象にアランも含まれているのだが、彼の場合は特殊であった。

 途中までとはいえ、初期に勇者一行と旅を共にし裏表から支ていたのである。勇者ユーファやメンバー達からもアランの貢献がなければ、偉業は成し遂げられなかったとの報告が出されており、アランの貢献度に応じた褒賞が用意されていた。


 騎士爵や領地などが用意されていたのだが、それは恐れ多いとアランが固辞している。なので困った王国は可能な限りの金銭を用意してユーファに預けた。そして月に一度、進捗具合の確認連絡が来るのだ。

 ユーファとしても世話になったアランに是非とも渡したいのだが、本人からは「そんなたいしたことしてないから」と軽く断られており困っていた。事情を説明しようにも、褒賞を断られてから本人と連絡が取れずにいたのだ。


「王から「どうなっておる。まさかネコババするつもりじゃなかろうな?」なんて手紙が定期的に届くのですよ! どれだけ聖剣でぶった斬ってやろうと思ったかなのですー」


「だって途中までだったからさ。そんなので受け取れないよ。大事おおごとになっていたのなら謝るけどさ」


「その途中までが大事だったのですよー。これは旅を終えた後に、みんなで話し合って決めて王国に報告をしているのですー。もしかして金銭じゃなくて別の報酬が良かったですかー? 私を褒賞としてもいいですよー」


 突然のぶっこんだ発言にアランが慌てて首を振る。


「僕なんかがユーファ様をもらうなんて国王様に怒られちゃうよ。それにユーファ様は公爵令嬢なんだから」


「勇者となった時に公爵家から離籍しているので問題ないですー。それよりもなんで『僕なんて』と言わないでください……」


「え? いや、だってさ」


 アランの言葉にユーファが悲しげに目に涙を浮かべる。周囲にはミランダとギルドマスター以外には聞き耳を立てておらず、2人は静かに行く末を見守っている。しばらく沈黙が続き、アランがなんと言えばいいのかと悩んでいると、ユーファが持つ聖剣から声が聞こえてきた。


『お久しぶりでございます。アラン様』


「エクス。久しぶりだね。元気だった?」


『もちろんでございます。ユーファには大事にしてもらっておりますので』


 ユーファの剣から声が聞こえるがアランは驚かない。なぜならパーティーから離脱した後もユーファたちとは定期的に交流があり、聖剣を修理したこともあったからだ。気まずい沈黙を破ってくれ聖剣エクスにアランは感謝の視線を送っていた。


「何度も言ってるけどさ。エクス《聖剣》に様付けで呼ばれるのは恐れ多いから呼び捨てにしてくれないかな?」


『そうはまいりません。私を修理しただけでなく、能力を解放までしてくださったのはアラン様です。そのお陰で魔王とも互角に戦うことが出来ました』


 その声と共に聖剣から少女エクスが湧き出てくる。編み込んだ銀髪に澄んだアクアマリンの瞳。ユーファと同じドレスを着た可憐な少女。透き通っておりユーファと同じくらいの身長で、人の大きさがあれば可憐な美少女がそこにいた。


「修繕しただけだし、あの能力は元々あるエクスの力だよ」


『アラン様は自己評価が低いです。パパっとユーファをめとってしまえばいいのですよ』


 褒めてもらえるのは嬉しいが、それほどではないと言ってくるアランに、エクスは盛大なため息を吐く。目の前にいる少年アランは自分が持つ能力の価値に気づいていない。

 どこの世界に聖剣や魔剣を修理できる人間がいるというのか。自分が能力を解放するには3度の試験をくぐり抜けるダンジョンに挑戦する必要があった。それを無視するかのようにアランは修繕スキルであっさりと能力を解放してしまったのである。


「エクスも娶ってしまえなんて言わないでよね。ユーファ様が困っちゃうよ」


『きっと断るように言ったほうがユーファは困ると思いますよ、アラン様』


 横で大きく何度も首を縦に振るユーファに気づかずアランは笑う。冗談だと完全に思い込んでいるのだ。この朴念仁ぼくねんじんをどうしてくれようか。そうエクスが思っていると、聖剣の精が現れたと解散していた冒険者達が再び集まりギルド内が騒然となる。


「おお、聖剣が顕現けんげんしてるぞ」

「今日はいいことがありそうだぜ」

「可愛いー」

「お、おい。あまり絡むと――」


『うるさいですわよ。そこの羽虫ども。エクス様と私の会話を邪魔すんじゃありません。真っ二つにされたいのですか?』


 周囲のざわめきを慌てて止めようとしたギルドマスターだったが間に合わなかった。エクスの姿を見て騒いでいる冒険者達への突然の罵詈雑言ばりぞうごん。そしてエクスから殺気が放たれギルドが一瞬で静まり返る。

 アランも驚いた表情を浮かべ、小さく呟いた。


「エクス?」


『おほほほ。なんでもないですわ。アラン様、今のは忘れてくださいませ。ね?』


 アランの言葉に冷や汗を流しエクスが軽やかを装って可憐に笑う。そんな様子にユーファは苦笑し、膝の上からアランを解放するとミランダに個室を用意するように伝える。


「アランさんと少し話をしたいのですが?」


 そろそろ1時間が経過しようとしていた。アラン成分をたっぷりと満喫したユーファは褒賞の話をしたいと、ミランダに会議室を使いたいと要望する。


「かしこまりました。あ、アランさん。ユーファ様との会話が終られたら先ほどの話の続きを聞きたいので受付に顔を出してくださいね。ギルマスも押さえますので」


「うん。分かった」


 呼ばれたのに全く出番のないギルドマスターが寂しそうにアランを見ていた。その姿にアランは申し訳ないと謝罪しながら必ず声をかけると約束する。安心したギルドマスターは途中になっている仕事をこなすために軽く手を上げると階段を上がって執務室に戻っていった。


「なんの話ですかー?」


 アランとミランダの会話にユーファが首を傾げて確認してくる。ミランダから魔猪が森の浅い場所で現れたとの話を聞きユーファは、先ほどの笑顔が嘘のように真剣な表情を浮かべると、先ほど執務室に行ったギルドマスターを呼び戻すようにミランダに伝えて、彼女と一緒に会議室へ来るように伝えるのだった。

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