第7話 勇者からは逃げられない
『こら! 儂のアランにくっつでない! さっさと離れんか!』
「やっぱりいい匂いですー」
ドレス姿の少女に
「お、おお? あ、あれが勇者様なのか? なんか凄いな」
「な? レーヴァさんもバチバチにキレてるだろ?」
面白そうに話す先輩冒険者だが、レーヴァのキレっぷりに、この街に移動したての冒険者は引いている。今にも腰の剣を抜きそうなレーヴァと、それに気づかず、アランを抱きしめて幸せそうなユーファである。
勇者様! 後ろ後ろ! と、心の中で冒険者は叫んでいた。
「何事ですか! え!? ユーファ様!?」
タイミングよくミランダが階段から降りてきて注意しようとしたが、その原因となる相手が勇者であり、領主ユーファだと知ると呆れた表情になる。そして抱き付かれバタバタと暴れて逃げようとしているアランに
「離れてユーファ様!」
「やーでーすー」
『じゃから言ったであろうに! この女たちに関わるでないと。さっさと縁を切ってしまえばいいのじゃ』
「そんな事を言わないで助けてよレーヴァ!」
『アランが嫌がっているであろうが。離さんか馬鹿勇者』
「ふふふー。アランさんー」
『駄目じゃ、聞いておらん。役立たずの聖剣は何をしているのじゃ!』
勇者ユーファの強烈な抱擁を受け、アランは全く身動きがとれない。抱擁と呼べるレベルを超えつつあり、もはや拘束になっている。アランは勇者とのステータスの違いを実感しながら悲鳴を上げた。
「痛いよー」
「あ、私としたことが」
『今じゃアラン!』
アランの叫びに力を少し緩めるユーファ。その隙を逃さずレーヴァが指示を出す。言葉に従い全力で逃げようとするアラン。だが、勇者からは逃げられなかった。あっさりと背中から抱きしめられ、今度は首筋に顔を埋めたユーファが大きく深呼吸を始める。
「やっぱ無理だったー!」
「1時間だけです。ちょっとだけ我慢してくださいー」
「1時間はちょっとじゃないー」
満面の笑みでユーファが告げると、アランがさらにジタバタする。さすがに見かねたミランダがユーファに話しかけた。
「ユーファ様。ここはギルドの中ですからお控えを。あと1時間は長いですからね。いや『お控えを』ってのもおかしいのですが」
「えー。ミランダさんだってアランさんの匂い嗅ぎたいの知ってますよー。一緒に吸いませんかー?」
「え? それはちょっと魅力的……わ、私はそんなはしたない事をしません!」
真っ赤な顔になるミランダ。今、一瞬揺れなかったか? そんな冒険者たちの生温かい視線を受け、さらに顔を赤らめる。
早口で私はそんな女じゃないんですよ。誠実な乙女なんです。と、冒険者たちに必死にアピールしているミランダを眺めつつ、自分は暴走しているとユーファはやっと状況を理解する。
「んっ。こほん」
何もなかったかのように軽く咳払いすると、すまし顔でユーファはアランをテーブルへと連れて行く。もちろんアランの背中に張り付いた状態のままである。
「隅っこで楽しいお話ししましょうねー。大丈夫だよー。何も怖くないよー」
「なんか言い方が嫌だー」
逃げられないアランを掴んだまま、ユーファは椅子に座り膝の上にアランを乗せる。もちろん腕はお腹に回したままだ。体力も気力も尽きたアランはぐったりである。
アランの温もりと匂いを存分に感じながら、ユーファはやっとレーヴァの視線に気付いた。
「レーヴァさん、お久しぶりです。ご機嫌よう」
『今まさに不機嫌の最高潮になったがの。喋りかけてくるでない馬鹿勇者よ』
ユーファを見ながらレーヴァが
「レーヴァさん。率直に言ってくださってありがとうございます!」
『はぁぁぁ……。もう面倒じゃ。アランに任せた。儂は寝る』
「ちょっと! 助けてよレーヴァ!?」
『知らん。お主が言い出したことじゃ。しっかりと領主様に報告をせい』
これでもかと嫌味を言ったつもりなのだが、言われた本人は嬉しそうにしている。そんなユーファを見てレーヴァは盛大なため息を吐くと。剣の中に入っていった。
「ああ……レーヴァさん。もうちょっと話がしたかったのにー」
レーヴァが消えたのを見て、残念そうにするユーファだが、再びアランを膝の上に乗せる。
「そのまま降ろして欲しかったんですけどね」
「無理ですねー。1時間は必要です。アランさん成分が枯渇しているので、充填されるまでのお時間が必要なのですー。レーヴァさんのストレートな言い方は大好きなので、もっとお話をしたいのに残念でしたー」
「え? あんな事を言われたのに?」
「アランさんの次くらいには好きですよー」
「そうなんだ。レーヴァが聞いたら喜ぶかもしれないね」
『何を言ってくれるのじゃ!』と、レーヴァが聞いていれば激怒したであろう。アランは1時間は長いよねー。とのんびりと考えていが、急に抱きしめる力が強くなり、視線を向けると
怒っているもではなく、何やら訴えかける視線があった。
「どうして我が家に来てくれないんですかー? ずっと待ってたんですよ!」
「そんなホイホイと会いに行けないよ」
「私が貴族で勇者だからですかー?」
「それもあるけどね」
アランとユーファの会話をギルドにいた冒険者たちも耳を大にして聞いている。そしてアランの回答に何度も頷いていた。それほど貴族と勇者の称号は重きを持っている。
ちょっとした用事で会いに行ける立場ではないのだ。だが、アランよ! お前も男ならなぜ会いに行かん! 根性なしが! そんなヒソヒソとした会話が流れつつ、聞き耳を立て続ける冒険者たち。一緒にミランダも聞き耳を立てていた。
「一緒に旅をした仲間ですのにー。一緒に野営をした仲ですよねー。一緒にご飯を作って食べて、テントで一緒に寝ましたし、水浴びも一緒にしましたよねー」
周囲の目や耳など気にしないユーファが頬を膨らませ、アランの頬を突く。周囲がザワっとしたが、アランが慌てて否定する。
「水浴びは一緒にしてないよね!」
テントで一緒には寝たのかよ! そんなツッコミを入れながら冒険者たちは聞き耳を続ける。
「僕が居ても邪魔になるからね」
「そんな事はないですよ。前みたいにずっと一緒に居てくださいよー。もう危険な旅はないのですから」
「修理する武器もないし、料理は料理長が作ってくれる。なら、僕は必要ないと思うよ?」
道半ばでパーティーから離脱した自分では役に立たないと話すアランに、ユーファが大きく首を振った。
「アランさんは分ってません! 最初の旅立ちの頃にどれだけ私が苦しかったか。アランさんに出会ってどれほど救われたか!」
「そうなの?」
アランが驚くが、ユーファは何度も頷く。勇者として旅立ったが、世間知らずのユーファと仲間たちは様々な苦労をする。そこで出会ったのがアランであった。
純朴な村人であった少年アラン。彼の持つ修繕スキルは旅を急ぐ自分たちには有用であった。だが、彼の働きはそれだけではとどまらなかった。
街で買い物する際に、商人や店主とどうすれば対等にやり取りが出来るかや、効率的な野営の仕方や、食料の保存方法など。様々な基礎となる知識をアランは惜しみなく純粋な善意で提供してくれたのだ。
「アランさんが色々と教えてくださったのですよー。断腸の思いでお別れした後に私たちが魔王を倒せたのはアランさんのお陰だと言っても過言ではありませんー」
年相応な笑顔で語るユーファをみて、アランは少しでも役に立ったのだと嬉しくなるのだった。
「くー! いい話じゃねえか」
「でもアランのやつ、勇者様と一緒にテントで寝たんですね」
「羨ましいか?」
「一瞬だけ思ったけど、やっぱりちょっと……」
「くっ! そんな羨ましいお話はユーファ様から聞いてませんでした!」
聞き耳を立て続ける冒険者たちや悔しがる受付嬢。様々な声がギルドに渦巻いていた。そして執務中に無理やり呼ばれたのに放置されているギルドマスターが「なあ、執務室に戻ってもいいか? 仕事が山ほどあるんだが?」と寂しそうにつぶやいていた。
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