第6話 勇者で領主のユーファ登場

 ミランダは猪の巨体さに驚き頭痛を感じながらも、手元にある依頼と照らし合わせ、買取金額を素早く見積もっていく。


「依頼は猪分として計算しますね。魔物と聞いておりますが、魔力が全く検知されません。血抜きは完璧で解体も最高級なので、付けられる限りの高値にしておきますが。もし魔石があれば、貴族からの依頼もあったのでもっとお出しできたのですが。ちゃんと普通の猪ではないと理解しているんですよ」


「うん。それでいいいよ。依頼を受けたわけじゃないし、レーヴァが倒したからねー」


 申し訳なさそうな表情で見積もりを終えたミランダから渡された金額は金貨5枚と書かれてあり、アランは臨時収入としては問題ないどころか多すぎる思っていた。

 これで魔力が残っており、魔石も納品していれば桁が最低でも2つは上がる。そう言われたが、レーヴァによって魔猪の魔力と魔石は完全に吸い切られており、超巨大な猪との判定になっている。


 ミランダから買取金が入った皮袋を渡され、中身を確認してアランが頷く。一緒にのぞき込んだレーヴァが金額の少なさに鼻を鳴らした。


『なんじゃシブチンじゃの』


「申し訳ありません……」


「大丈夫だよ。誰かさんが魔石を食べたからねー。あ、この買取金の内、金貨2枚と銀貨5枚は手渡しでもらうね。あとはギルドで預かってください」


 ミランダが謝罪する一幕があったが、アランが笑いながら金額が少ないのはレーヴァのせいだと一刀両断する。貯金が趣味のアランが半分をギルドに預けれるのを見ながら、レーヴァがアランの頬をつねる。


『倒したのは儂じゃ。魔力と魔石程度は貰わんとやっておれん』


「だよねー。だから金額はこれであってんるんだよ」


『ああ、分かったわい! もう、その金額で構わんのじゃ!』


 不貞腐れたようにそっぽを向くレーヴァを笑って見ていたアランだが、手に持つ背負子から何か言いたげそうな気配を感じる。


「ん? どうしたの背負子ちゃん?」


『まだある。もうださなくていい?』


「なにかありました?」


 アランと背負子の間で会話が出来るとの話は、ギルドマスターとギルドマスターから共有された職人に限定されていたが、当然ながらミランダは聞いている。その為、アランが背負子と喋っていても何も思わない。

 ただ、冒険者には公開されておらず、アランが背負子と喋る様子をみて、おおよその事を察する上位クラス冒険者と、笑いの種にする下位冒険者とに分かれていた。

 そんな周囲の様子に、これが冒険者としての格の違いよね。と思いつつ会話を見守っていたミランダであったが、アランが顎に手を当てて考え込んでいる姿に不思議そうな顔になった。


「あの。背負子さんはなんと?」


「まだ魔猪の肉とかが残ってるんだって」


「え? まだ残っているのですか?」


 ミランダが固まる。目の前に積まれている肉や骨と皮は、ある程度バックヤードに持って行ったがまだ残っており、猪5体分相当になる。清算した金貨5枚を渡しており、猪の買取金としてもかなりである。

 それなのにまだあるとアランは言っており、レーヴァさんが倒した魔物の猪はどれくらいの大きさだったのだろうかと真剣に考え始めていた。


「残りも出してもらっていいですか? あ、そこの君。食品加工のベンさんを呼んできてちょうだい」


 後で取りに来るベンも喜ぶだろう。ギルドと提携している店だが、大量入荷以外では肉屋に優先的に卸されるが、今カウンターにある分と同じ量であれば食品加工に回せるので、アランの話が本当であれば、食品加工の店主も呼ぶ必要があるとミランダは判断した。


「うん、いいよ。それで背負子ちゃん。あとどれくらい? うんうん。そうなんだ結構あるね」


 ミランダはアランと背負子の会話を固唾を飲んで見守る。先ほど出された量で猪の大きさを推測しており、Cランク程度の魔物だと思っていた。

 それが、アランは眉を寄せカウンターをじっと眺めている。何度か「え? 本当に?」と背負子とやり取りしており、ひょっとして上司であるギルドマスターを呼ぶ必要がある案件なのではと考えつつアランの口が開くのを待っていた。


「ミランダさん。2-3回乗せる以上はあるって」


「にさんばいいじょう!? そんな魔物はこの辺りにいませんよ。森のどこまで行ったんですかアランさん!?」


「あとで話そうと思ってたんだけど、森の浅い部分だよ」


 そして告げられた量と出現場所を聞いて青ざめる。ミランダはアランたちに酒場で一旦待つように伝えると、慌てた様子で階段を上がっていった。3階にギルドマスター執務室があるので急いで報告に行ったのであろう。


『どうかしたのか?』


「思ったよりも大事になりそうだなって。ミランダさんが焦ってるもん」


 アランとしては領主への報告が必要だとは考えていたが、それは自分が領主である勇者と知り合いだから、念のために報告しておこう程度であり、そうでなければギルドへの報告で終わる案件だと思っていた。

 たしかに森の浅い部分で現れる魔物にしては大きかったが、ギルベルトを始めとした高ランク冒険者達が居るので、対処は簡単だと考えていたのだ。その話を聞いてレーヴァが馬鹿にしたように笑う。


『ふん。あの程度の魔物でかのぅ。あんなのは特訓すればアランでも倒せるわい』


「いや、僕じゃ無理だから! 十分大きかったからね! ただ、ミランダさんの慌てぶりは――」


「アランさん!」


 指示通り酒場で注文したミルクを飲んでいるアランとレーヴァが話をしていると、ギルドの扉が勢いよく開く。アラン達だけでなく冒険者たちを始めとしたギルドに居る者全ての視線が扉に集中した。

 そこにはドレス姿の美少女がいた。周囲をキョロキョロとしており、アランを見つけると満面の笑みを浮かべている。

 ドレス姿だが、一目見て強者だと分かる風格とたたずまいをしており、腰には不釣り合いな白銀に輝く剣が差されていた。


「え? ユーファ様?」


「アランさーん!」


 勢い良すぎた力によって開かれた扉が壊れていたが、そんな事を気にすることなくアランにユーファ様と呼ばれた少女が勢いよく走り出す。そしてその勢いのままアランに飛び付いた。


「おい。あれって勇者様じゃねえのか?」


「ああ、お前はこの街に来てまだ日が浅かったな。そうだぞ。あの方が閃光の勇者ユーファ様だ」


 あっけに取られた一人の冒険者が呟くと、古くからギルドに所属する先輩冒険者が説明をしてくれる。


「いや。あのアランって奴に思いっきり抱き付いているが?」


「ん? ああ、あれも街の風物詩ふうぶつしだ」


「風物詩!?」


 勢いよく開けて壊した扉と声の主が勇者であることに驚いていた冒険者だが、アランに抱き付くのが風物詩だと、さも当然に告げる先輩冒険者に驚きの表情を向ける。


「ああ、風物詩だ。この後の流れもお約束だな。まあ見とけって」


 含み笑いで話す先輩冒険者になにか言おうとした冒険者だったが、面白いことが起こりそうだと自分の勘を信じると、酒場でエールを追加注文して二人がよく見える位置へと移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る