第2話 戦いが終わって

『なんじゃ、せっかく余韻を邪魔しよってからに』


「だって大変なんだもん。こんなのを一人で解体なんて無理だって」


『それも鍛錬じゃ。と、言いたいのじゃが仕方ないのぅ。今回は特別に手伝ってやろう』


 魔猪から魔力を吸収してご機嫌なレーヴァが面倒くさそうにしつつも、普段なら絶対言わないであろうことを言ってきた。もうこれ以上解体をしなくて済むとアランは安堵する。目の前に横たわる魔猪はそれほど巨体であった。


『どれ、見せてみい』


 軽いため息と共にレーヴァから白いモヤが出て空中に浮揚し始め、そして人型へと形作かたちづくっていく。

 モヤから生まれた人型が明確な形を彩ると、妖精程度の大きさで少し透き通った女性がそこにはあった。光り輝く金髪と燃えさかる真紅の瞳は力強さを備え、均整の取れたプロポーションであり、口には挑発するかのように妖艶な笑みを浮かべている。そして腰にはアランがレーヴァと呼ぶ剣を差していた。


 実体を持ち、大人程度の身長があれば、すれ違う者たちが何度も振り返り、男は物欲しそうな目で、女は嫉妬混じりの視線を向けるほどの絶世の美女が静かにたたずんでいた。


『どこで苦労しておるのじゃ?』


「ここの骨が硬くってさ。ナイフ程度じゃ歯が立たないんだよ。今日は狩猟するつもりがなかったからナタとか持ってきてないし。背負子にも入れてないし」


『ふむ』


 人型になったレーヴァがアランの言葉を聞きながら魔猪に近付くと少し目を細める。そして腰に差してあった小さな剣を引き抜くと何度か振るい、小さく頷いて納刀した。


『まあ、こんなもんじゃろうな』


 レーヴァが納刀すると同時に魔猪の解体が完了していた。皮も綺麗に剥がれており、近くの街へ運べば、それなりの金額になりそうであった。血は一滴も流れておらず、魔力と共にレーヴァが吸い切っていた。


 綺麗に解体された魔猪を眺め、アランが感嘆した声をだす。


「凄い。僕が頑張っても切れない骨をこんなに簡単に切断するなんて。これだけ綺麗に解体したらギルドでいい値段で買い取ってもらえるよ。レーヴァは解体のプロだね」


 綺麗に解体された魔猪の肉を梱包し始めたアランが目を輝かせている。率直な称賛を受けたレーヴァはそっぽを向き憎まれ口を叩く。


『褒めてもなにもでやせん。この程度は誰でも出来るわい。アランはもっと精進すべきじゃな』


「そんなことないよ。ここまで綺麗に解体できるなんて本当に凄いことなんだよ。レーヴァってなんでも出来るよね!」


『ふん、当然じゃな。儂は伝説の魔剣じゃ。こんな解体は児戯じぎに等しいわ』


 当然と胸を張るレーヴァ。だが、彼女自身は気付いていない。自分の感情が本体である剣の光り方によってアランに筒抜けなのを。今の光り方であれば照れ隠しをしている状態である。

 アランは手元のレーヴァを見て、内心は尻尾を降っている犬だよね。そんなことを考えていたが、それを伝えるとレーヴァが怒り出すのでおくびにも出さず、褒めながら次々と魔猪の肉を背負子へと収納していく。


「周りに魔物も居ないようだし、今日はここまでにしよう。せっかくレーヴァが頑張って肉を解体してくれたからね。街へ売りに行かないと」


『頑張ってなんぞおらん! アランが泣き付いたから仕方なしに代わってやったんじゃ』


「そうだよねー」


『全く思っておらんような返事はするでない!』


 そもそも伝説の魔剣である自分を解体道具として使うなんぞありえんのじゃ。儂の機嫌が良いことを喜ぶべきじゃアランは。そう文句を垂れ流していたレーヴァだが、次々と背負子へ入っていく肉を見て呆れた視線をアランに向ける。


『また新しい魔道具を作ったのか? お主が作る道具はどれもぶっ壊れとるのう』


「そうなんだよ。ちょっと前の背負子だと使いづらいところがあってさ。あと壊れてないよ? ちゃんと使えるんだからね!」


『そういう意味で言っておらん』


「そうなの?」


 アランの見当違いの回答に苦笑しレーヴァは解体された魔猪の肉の量とアランの背負子とを見比べる。どう見ても魔猪の肉や皮、骨が入る大きさでなく、無理やり詰め込んだとしても半分ほど入ればいい方であった。

 レアな魔道具であるアイテムボックスと呼んでもいい背負子であるが、これはアランが作っているのだからレーヴァが呆れるのは当然であった。


『アイテムボックスの背負子など聞いた事もないわい』


「え? これはアイテムボックスじゃないよ。だって、あれは時間停止も出来るじゃん。この背負子は家の保管庫と繋いでるだけだよ」


『保管庫と背負子が繋がってる時点でおかしいのじゃ。まあ、そんな事を軽く言ってのけるのはアランだからじゃのぅ』


『おで、がんばる』


「うん! いつも助かってるよ」


『アランのためにおでがんばる』


 突然、背負子から声が聞こえてきた。アランも嬉しそうにしており背負子を撫でていた。そんなアランと背負子を見てレーヴァが軽く首を振る。


『あと、普通の背負子は喋らん』


「レーヴァも喋るじゃん。一緒だよ」


『おでとレーヴァさまいっしょ』


『我と同じにするな。我はいにしえから存在し魔剣じゃぞ』


 アランと背負子の声にレーヴァが鼻で笑う。自分は伝説の武器であり、逸失魔法で作られたアーティファクトである。そう前の持ち主から何度も教えられているレーヴァである。

 それが「背負子と一緒」など言われれば苦笑いしか生まれない。だが、才能を持つアランであれば、それも可能かと無理やり納得する。


『まあ、アランじゃからのう。もう終わりかの?』


「もうちょっと待っててね。キノコも全部入れちゃうから」


『おでいっぱいいれた』


 いそいそと鼻歌交じりで楽しそうに背負子へ肉を仕舞うアラン。魔猪に襲われる前に見つけたキノコも一緒に収納しており、背負子を背負うとアランは元気よく立ち上がった。


「さあ、街へ行こう!」


『あやつらと街で出会わんことを祈っておくわい。しつこいからのう』


「何か言った?」


『ふん。なんでもないわい。周囲は儂が警戒してやるから急いで街へ行くぞ』


 臨時収入が嬉しいのか、アランは弾むように街へと向かう。そんな無邪気なアランを見ながら、レーヴァは周囲を警戒する。

 途中で魔物にある事もなくウサギや鳥を捕まえ、薬草なども見つけたアランはさらにご機嫌になりながら街へと向かうのであった。


◇□◇□◇□

「マルコさん!」


「お、アランじゃないか。いい素材は手に入ったか?」


 森の近くにあり、アランが住む村から半日ほどの街へアラン達は到着した。最近は勇者が治める街としても有名になりつつある。勇者が居るとの事で移住者が増えており、居住区の拡張が急ピッチで行われ、それに伴い人の出入りが激しい。

 そんな人々が行き交う中、アランに声をかけられた門番のマルコが笑顔で話しかけてきた。


「色々と手に入ったよ! マルコさんに頼まれた槍さんの修理もできそう。明日には仕上げて持ってくるね。でも、次からは気をつけて使ってあげてよ。最近、無茶な使い方ばかりだって槍さんが不機嫌だよ」


 マルコに話しかけられたアランが笑顔で答える。2人の出会いはアランが初めてこの街にやってきた時になる。軽装で背負子を背負った少年がふらりと街へやってきたのをマルコが見咎めたのだ。

 その尋問中にアランが持つスキルを聞き、証明するためと言ってマルコの槍を修理したのが始まりであった。


「ああ、分かったよ。にしても毎回聞くけど槍の気持ちが分かるって凄え話だな。最初は心配したぜ。剣と話ながらやってきたんだからな。まあ、修理をしっかりとしてやってくれ。お前さんが修理したら扱いやすくなるから本当に助かってんだよ」


 アランの腕に惚れ込んだマルコが上に掛け合い、身分証明なしでも街に出入りできるように手配をしてくれた。本来であれば様々な尋問があるのだが、マルコに話しかける事で優先して街へ入れてもらっている

 実はそんな物がなくとも顔パスで街へ入れるペンダントをアランはもらっているのだが、それを出すと仰々ぎょうぎょうしくなるため普段の利用は控えている。


「なるほどな。そんな浅い層に魔猪がいたのか。俺も注意しておくし、周りにも言っとくわ。ギルドへの報告は?」


「うん。しておくよ。調査依頼を出してもらうようにしないとね」


「ああ、そうしてくれ」


 先ほどの森での出来事を共有し、それを聞いたマルコは魔猪の出現を他にも伝えておくと伝える。門番であるマルコが警戒してくれるなら問題ないと街へ入ろうとしたアランであったが、何か思い出したマルコに声をかけて止められる。


「おお、忘れるところだったぜ。ギルドへ寄った後でいいから、領主館に行ってくれ。ユーファ様から伝言を預かってたんだった。忘れないでくれよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る