道具と喋れるのは普通じゃないそうです。
うっちー(羽智 遊紀)
第1話 プロローグ
<GROOOOW!>
静寂な森で採取する少年を餌と認識した巨大な猪が
「うわぁ、なにごと!?」
珍しいキノコを見つけ喜んでいた
「うわ! 完全に魔物化してるじゃん。早く逃げないと!」
一目散に逃げようとする少年であったが、タイミングを逸したようで逃げ場はなかった。今から背を向けて走れば、あっという間に追いつかれ踏み潰されてしまう。
絶望の表情を浮かべた少年は四苦八苦して背負子を下ろすと、へっぴり腰で愛用の片手剣に手を伸ばし、
「いくよ。レーヴァ」
少年が持つ剣は静かな威圧感を放っている。片手剣にしては細身で、巨大な猪を相手にするには力不足に見えるが、剣に施されている装飾は
「頼むからね、レーヴァ」
少年が持つのは魔剣と呼ばれる剣であり、目の前にいる魔物化した猪であっても互角に戦うことが出来る剣である。それを知る少年はレーヴァと呼んだ魔剣に全幅の信頼を寄せる。のだが……。
「レーヴァ? あれ? ちょっとレーヴァさん?」
少年がレーヴァと呼んだ剣へ話しかける。普段なら薄っすらとしたした赤味が勢いよく輝きだし、力を与えてくれる。だが、何度話しかけても一向に反応する様子がなかった。
<GROOO!>
「みぎゃぁぁぁ! レーヴァァァァ」
少年が剣を抜いたことで魔猪の殺気が上がり頭突きをしてくる。それを必死の形相で転げるように避ける少年。なんとか魔猪の一撃を回避した少年は半泣きで剣を叩いたり、叫ぶように話しかけている。
完全に半泣き状態になっていた。
「レーヴァってば!」
目の前には魔猪が迫り、逃げる事すら出来ない。先ほどの一撃はなんとか避けられたが、もう一度やれと言われても出来る気がしない。
だが、神が奇跡を起こしたのか2度目の頭突きも避けた少年。だが、完全に腰を抜かしてしまい、尻餅状態で目の前に迫りくる魔猪に向け剣をブンブンとむやみに振り回していた。
そんな少年の
「起きてよ! レーヴァ!! 本気でやばいんだってば!」
『んん? なんじゃアラン。
何処となくから聞こえた声に、先程まで焦った表情を浮かべていたアランと呼ばれた少年の顔つきが変わる。一瞬で立ち上がると目を細め魔猪に鋭い視線を投げつける。その姿は今までが嘘であるかのように熟練した剣士のたたずまいであった。
『ふん。この程度の獲物に何を焦っておるのじゃアランは』
「こんなでかい猪なんて見たことなんてないの!」
『全く精進が足りんのう』
「それに魔物化してるんだよ!」
『魔物化じゃと? ほぅ』
<GROOO!>
アランの変化に気付かず、食欲に負けた魔猪が鼻息荒くアランを踏みつぶそうと後ろ足だけで立ち上がる。並みの冒険者であれば、立ち上がった
『魔物化しておるなら、少しは期待ができそうじゃのぅ』
目の前に迫る魔猪の踏みつぶし攻撃が全く気にならないようで、アランは紙一重の熟練した動きで魔猪の攻撃を避ける。なんの感触も得られなかった魔猪が首を振りアランを探す。
しかしアランはすでに魔猪の死角に入っており、軽く剣を振るった。素早く動いたにもかかわらず、正中線をずれることなく正確な振り下ろしが行われる。後ろ足の腱を切られた魔猪は痛みを感じると共に、相手が単なるエサではなく強敵であることを理解した。
<GROO!>
『ほう。まだ戦意喪失せんのか。いいじゃろぅ』
そこから一方的な戦いが始まる。戦意と殺意を高め、頭突きや噛みつき、踏み潰しをする魔猪の攻撃をまるで踊る蝶のようにかわし何度も斬りつけていく。だが、最初の攻撃以外が魔猪の本体にあたることはなかった。
しかしあたらない攻撃が振るわれるごとに魔猪の身体から溢れていた紫色のモヤが薄くなり、それに合わせて動きも鈍くなっていく。
今まで自身を包み込んでいた強者感が消え、死が迫りつつあると理解した魔猪が徐々に
『まあ、こんなもんかのぅ。ほれ終わりじゃ』
そんな魔猪へ一瞬で距離を詰めると、アランは頸動脈へ剣を滑り込ませた。何が起こったか理解出来ず、魔猪がきょとんとした顔になる。そして襲いくる激痛に絶叫を上げる。その声は木に止まる鳥たちが一斉に飛び立つほどであった。
<GRO……>
しばらく暴れていた魔猪であったが、徐々に動きを弱め、ゆっくりと倒れ大きな音を出し、最後には動かなくなった。
『しもうた。表面の魔力を吸いすぎたかのぅ。血の味が薄いわい』
「助かったー。ちょっとレーヴァすぐに助けてよ!」
剣が刺さったまま
「本当に怖かったんだからね!」
『儂が身体を使うまでもなかったのぅ。それにしても鍛錬が足らんぞアラン』
「でも2回も魔猪の攻撃を避けたよ! それに鍛錬なんかしなくてもレーヴァが戦ってくれたらいいじゃん」
『ぬかせ。儂が手元になかったらどうするつもりじゃ! まあ、そんな後の話じゃな。まずは食事じゃ』
アランの戦いぶりを聞き、呆れた表情を浮かべるレーヴァであったが、魔猪に剣先を向ける。剣先は魔猪の心臓部へ向けられており、まるでアランを引っ張っているようにも見えた。
「ちょちょちょ! ちょっと待ってよ。そんな
引っ張られる勢いでなんとか立ち上がったアランが魔猪に近付くと
『うむ。血が薄くなったから期待できんと思ったが、魔石は美味じゃのぅ』
「それは良かったよ。俺は死にかけたけどねー」
『死んでおらんからよいではないか』
脈打つように
「もうそろそろいいよね?」
『うむ。いいじゃろう』
レーヴァが魔力を吸っている様子を眺めていたアランだが、レーヴァに声をかけ魔猪から剣を引き抜き血を拭って納刀する。どうやら、満足いくまで魔石の魔力を堪能したようであった。
「よし! 解体しないとね」
アランは目の前で倒れている魔猪を解体しようと背中の背負子にを伸ばそうとし、そこに何もないことに気付く。
先ほどの戦闘で背負子を投げ捨てたことを思い出して慌てて取りに行き、優しく撫でて謝罪する。
「さっきはごめんね。急だったから勢いよく落としちゃった。次からは気をつけるね。早速だけど、ナイフと冷凍箱を出してくれないかな?」
背負子相手に謝罪していたアランが、ナイフと小さな箱を背負子から取り出し、小さな箱を魔猪の上に置くとボタンを押す。しばらくすると箱から振動音が聞こえ始め、10センチほど浮き上がると白いモヤを出し始めた。
モヤはうっすらとした冷気をまとっており、箱を中心に周囲5メートル程の気温が下がっていく。
「これくらい冷えたらいいかな」
箱のボタンを再度押し停止させると、ナイフ片手に解体を始める。アランが使っていた小さな箱は討伐後の魔物を冷やす魔道具であり、かなり高額であった。また、利用には魔力も必要となるが、冒険者達は手早く解体する際に有用なアイテムとして人気であった。
「だめだー! こんな大きな獲物を一人で解体するのは無理だよ。レーヴァ手伝ってよ」
解体を始めたアランだが、あまりの巨体さに音を上げてレーヴァへ懇願する。反応はなかったが、アランが何度も話しかけていると根負けしたのか面倒臭そうな返事があった。
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