第91話 私の精霊がささやくのさ

 俺たちはサイドクリークの町を後にして魔の森へ向かった。

 人数が多いので徒歩で向かっている。


 ソフィーが飽きないように俺と手をつないだり、俺が肩車をしたりしながらなので、半分お散歩のような雰囲気だ。


「ぼーけん♪ ぼーけん♪ ぼーけんしゃ♪ 黒焦げっ♪ オークは♪ 美味しいー♪ おにく♪」


 ソフィーは何やら謎の歌を口ずさんでご機嫌だ。

 ブンブンとおもちゃの魔法の杖を振り回して勇気凜々である。


 ソフィーの様子を見て、シスター・エレナがクスクス笑う。

 俺の冒険者パーティー『ひるがお』は和やかだ。


 だが、聖サラマンダー騎士団側は、ちょっと警戒感が強い。

 魔の森が近づくにつれ、ヒリついている。


(この辺りは魔物が出ないエリアだが……。警戒した方が良いのだろうか……?)


 俺は足を止めて、フレイル団長に状況確認を求めた。


「フレイルさん。この辺りは魔物の出ないエリアですが、みなさんかなり警戒をされていますよね? 何か気になることでも?」


 俺の質問にフレイルさんが厳しい顔で答えた。


「うむ……。前方の森から良からぬ気配が伝わってくるのだ……」


「「「えっ!?」」」


 俺、ソフィー、シスター・エレナの顔色が変わる。

 俺たちは魔の森を見る。

 ジッと目をこらし、耳を澄ますが、普段と変わらない。


 ソフィーは首をひねっているし、シスター・エレナは驚いた表情をしている。

 二人も俺と同じく何も感じないらしい。


「あの……私には、フレイルさんがおっしゃる気配がわからないのですが……。本当に何か気配がするのでしょうか?」


「ああ。私の精霊がささやくのさ」


「えっ!? 精霊が!?」


 本当かよ!?

 俺は聞いたことがないぞ!?


 確認しようとシスター・エレナに視線を移すと、シスター・エレナは首をブンブン振っている。

 王都から来た若きエリート神官マリンさんとアシュリーさんも困惑顔だ。


 精霊がささやくなんてあるのか!?


「ぷっ! ふふふ。冗談だ。真に受けるな」


「なんだ! 冗談ですか! ビックリしましたよ!」


 フレイルさんの冗談と俺のリアクションに、みんな笑って緊張が解けた。

 この辺りの呼吸、空気を和らげてしまうのは、さすが団長さんだ。


 ひとしきり笑うと、フレイルさんは表情を引き締める。


「だが、魔の森から禍々しい気配を感じるのは本当だ。リョージ殿もそのうちわかるようになる」


 俺も!?

 そうなのか!?

 修行しているとスキルを得る的な感じだろうか……?

 俺は驚きながらも、話を元に戻す。


「禍々しい気配というのは、魔物の気配でしょうか?」


「普通の魔物ではないな。相当上位の魔物がいる。そうでなければ、こんな禍々しい気配はしない」


「上位というとオークジェネラル?」


「いや、もっと上だろう。気配が大きい」


 俺は眉根を寄せ、もう一度魔の森を見る。

 魔の森の上の空は青く太陽がまぶしい。

 一方、魔の森は巨木が立ち並び暗い。

 あの中にオークの最上位種、つまりオークキングがいるのだろうか?


「私も感じます。危険な気配です」


 マリンさんが銀の鈴が鳴るような声で物騒なことを告げた。

 マリンさんも魔物の気配がわかるのか!

 さすが本部のエリート神官だ。


 マリンさんの隣でアシュリーさんがうなずく。


「うん。わたしも感じる。何やら危険な――」


「アシュリーおねーちゃん、ほんとぅ?」


 ソフィーがアシュリーさんの言葉にかぶせる。


「アシュリーおねーちゃんは、テキトーなところがあるから……。ソフィーはイマイチ信じられない」


「本当だぞ! ソフィー! 凄く嫌な気配がしてるんだ! ほら! ほら!」


 アシュリーさんは一生懸命魔の森を指さす。

 必死である。


 だが、ソフィーはジトッとした疑惑の目でアシュリーさんを見ている。

 普段の行いは大切だな。


「リョージ殿。どうする? リョージ殿たちは引き返すか? 我らだけでも構わないが?」


 フレイルさんが俺に決断を求めた。


 どうするか?

 俺には分からないが、フレイルさんは魔の森から危険な気配がすると言う。

 ソフィーを連れているし撤退もありだ。


 しかし、俺たちの町を守るのに、他所の人だけ危険な目に遭わせるのは良くない。

 俺だけ同行して、シスター・エレナたちにソフィーを連れて戻ってもらうか?


 俺が迷っていると、ソフィーが俺の服の裾を引っ張った。


「おとーさん。行こう!」


 俺はひざまずいてソフィーと視線の高さを同じくする。


「ソフィー。でも、魔の森は危ない魔物がいるんだよ」


「知ってる。マリンおねーちゃんは、勘が鋭いからほんとーにいると思うよ」


 アシュリーさんは?

 ソフィー!

 アシュリーさんがへこんでいるぞ。


「だったらソフィーは帰った方が――」


「ダメだよ! ソフィーたちの町の問題だよ! ソフィーが行かなきゃ!」


「――っ! そうか、ソフィーは行きたいんだな?」


 ソフィーは力強くうなずいた。


 何とソフィーは一丁前に責任を感じているらしい!

 俺はソフィーの成長が嬉しかった。

 少しずつ大人になって行くんだな……。

 子供だからとソフィーの気持ちを無視するのは良くないだろう。


 よし! ソフィーのことは俺が守ろう!

 俺はグッと口元に力を入れて立ち上がり、フレイルさんに告げた。


「フレイルさん。俺たちも行きますよ!」


「よしっ! では、進もう!」

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