第82話 思い出のラーメン

 ――午前十一時。


 十五階層の探索を終えて、一階層に戻ってきた。

 一階層は冒険者の憩いの場になっていて、冒険者がテントを張り、商人が露店を広げている。


 俺たちは転移魔法陣から移動販売車へ向かって歩く。

 朝早くから活動しているので、十一時になるとお腹がペコペコである。


「おとーさん、お腹空いた~」


 ソフィーが甘えた声を出し、俺の手を引っ張る。

 ダンジョンを探索している間は頑張っているが、終れば甘えん坊の十歳の女の子だ。

 俺は笑顔でソフィーを抱き上げ肩車をした。


「そーだね。お腹が空いたね~。何を食べようか? ソフィーは何を食べたい?」


「オーク! オーク!」


 先ほど十五階層で狩ったオークは絶対に食べると言い張る。

 プレミアム・ロースト・オークは美味しいからな。

 問題はどうやって食べるかだよな……。


 俺は隣を歩くシスター・エレナに話しかけた。


「シスター・エレナ。プレミアム・ロースト・オークはどうしましょうか? サンドイッチにするのは飽きましたよね?」


「そうですね……。そういえば、プレミアム・ロースト・オークのサンドイッチが続いていますね。贅沢ですが、さすがに同じメニューが続くと飽きちゃいますね」


「うーん……そうだ! ラーメンはいかがでしょう?」


「ラー……メン? リョージさんのお国の料理でしょうか?」


「ええ。私の国でよく食べる料理です」


「わあ! それは食べてみたいです!」


 サラリーマン時代は、よく食べたな。

 サッと店に入って、パッと食べて、ガッツリ栄養補給が出来る。

 企業戦士の強い味方だ。


「私は食べてみたい!」


「私も御相伴にあずかりたいです!」


 後ろを歩いていた、アシュリーさんとマリンさん――王都から来た若い神官――が、食べる気満々の声を上げた。

 この二人は育ちの良いエリート神官のはずだが、結構食い意地が張っている。

 食べ物のことになると、食いつきが良いのだ。


「ソフィーも食べたい! おとーさんの料理食べたい!」


「ハハハ! みんなラーメンに賛成だね。よし! お昼はラーメンだ!」


 移動販売車に到着。

 早速、ラーメンを探す。


「あった! あった!」


 冷蔵庫の中に生麺タイプのラーメンがあった。


『名店の味 東京 鶏ガラ醤油ラーメン』


 鶏ガラ醤油でオーソドックスな昔ながらの味だ。


 長ネギ、瓶詰めのメンマ、海苔、チャーシューの代わりにプレミアム・ロースト・オークだ。

 レンゲ、ラーメン丼、割り箸もある。


 俺は移動販売車の外に出て、テキパキと指示を出す。


「アシュリーさんとマリンさんでオークの解体をお願いします。シスター・エレナとソフィーは、俺のお手伝いをお願いします」


「「「「了解!」」」」


 さあ、ラーメン作りだ!


 一階層にある煮炊きするスペースに鍋とフライパンを持ち込む。

 このスペースは、石を積み上げた竈が設えられていて、作業に使える木製のテーブルもある。

 誰でも利用出来る簡易調理場なのだ。


 鍋を火にかけて湯を用意する。

 俺の隣でシスター・エレナが珍しげに長ネギを見ていた。


「これは変わった野菜ですね」


「長ネギという故郷の野菜です。肉とよく合うのです」


「まあ! そうですの!」


 シスター・エレナが俺の指示を受けて、長ネギを斜めにザックザックと切り始めた。


「リョージ。オークを解体した」


 アシュリーさんが、黒焦げオークを解体して無事だったブロック肉――プレミアム・ロースト・オークを持ってきた。

 片手で持てる程度の分量だ。


「ありがとう。じゃあ、ソフィーはプレミアム・ロースト・オークを、このくらいに薄切りにしてくれるかな? 出来る?」


「出来るよ! ソフィーに任せて!」


 ソフィーがプレミアム・ロースト・オークを丁度良い厚さに切り出した。


 お湯が沸いたところで、麺をゆでる。

 フライパンに油をひいて、長ネギとチャーシュー代わりのプレミアム・ロースト・オークに焦げ目をつける。

 長ネギとオーク肉の良い匂いが漂う。


「美味しそう……」


 アシュリーさんが、ボソリとつぶやく。


 ドンブリにスープをこさえて、麺、炒めた長ネギとプレミアム・ロースト・オーク、海苔、メンマを盛り付ければ完成である。


「さあ! 出来たぞ!」


 テーブルに並んだラーメンから美味しそうな匂いが立ち上る。

 ソフィーは今にも飛びつきそうな目つきだ。


「「「「「いただきます!」」」」」


 みんな一斉にラーメンを食べ始めた。

 俺がお箸を使うので、他の人も真似して使うようになった。

 みんな器用にお箸を使ってラーメンをすする。


 スープ、麺、スープ、チャーシュー、麺、メンマ、麺、スープ……。

 美味しさのフーガだ。

 シンプルな鶏ガラ醤油スープの旨さが口いっぱいに広がる。

 プレミアム・ロースト・オークのチャーシューが肉の旨さを伝え、脂の甘さと香ばしいネギの香りがたまらない。

 シコシコした麺はかみ応えがあり、海苔の薫りがアクセントに……。


 口の中に懐かしい味が広がり、俺はしみじみとつぶやいた。


「旨いな……」


「おとーさん! これ! 凄い美味しいよ! ソフィー好き!」


「そうか! これがお父さんの故郷の味なんだよ。あっ……、昔、父に連れられてラーメンを食べたな……」


「おじいちゃんと?」


「ああ。これが東京のラーメンの味だって言っていたよ」


 俺はソフィーに父との思い出を話した。


 俺が子供の頃、父が映画を見に新宿へ連れて行ってくれた。

 帰りは夜になっていた。

 どこをどう歩いたかは覚えていないが、ゆるい下り坂で左右に飲食店がビッシリ並んだ路地に着いた。


 一軒の狭い店に入ると、美味しい醤油ラーメンが出て来た。

 鶏ガラでアッサリした澄んだスープ。

 縮れた細麺にチャーシュー。

 ネギと海苔。

 ナルトものっていた気がする。


 俺が喜んで食べると、父は自慢するように言った。


『これが本当の東京のラーメンなんだ』


 田舎から出て来て苦労した父は、東京で出会ったお気に入りの味を、息子の俺に伝えたかったのだろう。


 今日のラーメンは、まったくの偶然だが父と食べたラーメンの味に似ていた。


 俺はラーメンを食べながら父の思い出を語り、ソフィーはラーメンを食べながら興味深そうに俺の話を聞いた。


「そっか。おとーさんの家は、とーきょーなんだね。このラーメンがとーきょーの味なんだ! おとーさんとおじいちゃんが好きな味なんだ!」


「ああ。そうだよ」


「ソフィーも好き! 美味しいよ!」


 ソフィーがニカッと笑った。


「沢山、お食べ」


「うん!」


 ふと見ると、シスター・エレナ、アシュリーさん、マリンさんの三人が、箸を止めてニコニコしながらこちらを見ていた。


 俺は三人に微笑みを返してから、ラーメンをすすった。


 ああ、旨いな!


 父と食べたラーメンの味は、娘と食べた思い出の味になった。


 ――父さん。ありがとう。



 ■―― 作者より ――■

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