第81話 肉食女子と甘党貴族

「さあ! 魔物を回収しますよ~!」


「了解!」


 シスター・エレナの指示を受けて、俺はマジックバッグに黒焦げになったオークを放り込んでいく。

 コンガリを通り越して消し炭である。


 当然ながらここまで焼けてしまうと、皮は使えないので買い取ってもらえない。

 雷が体内を貫くと魔石が破損してしまうことが多いので、魔石の買い取りも難しい。


 だが、黒焦げオークを回収する意味はあるのだ。

 肉である。


 一見すると、黒焦げになったオークに食べられる場所などないように思えるが……、実はあるのだ!


 この黒焦げオークを解体すると、お腹の奥の方に美味しいお肉が残っている。

 赤身肉と脂身が渾然一体となって、肉の美味さと脂の美味さの両方が味わえる。

 ほどよく熱が通っていて、豚の角煮とローストビーフの良いとこ取りしたような味わいなのだ。


 俺は『プレミアム・ロースト・オーク』と名付けた。


「おとーさん。今日も美味しいお肉が食べられるね!」


 ソフィーもプレミアム・ロースト・オークが大好きだ。

 満面の笑みで黒焦げオークの腹をテシテシと叩く。


 オークは危険な魔物で、中級クラスの冒険者でないと討伐できない。

 だが、ソフィーにとってオークは、完全に食材である。


 まだ十歳で小柄なソフィーにとって、体の大きなオークは脅威のはずであるが、オークを見つければ『お肉~!』と大喜びをする。


 俺はいまだにオークを恐ろしく思うが、この感覚の違いは生まれ育った世界の違いなのだろう。


「まあ! オークがいっぱい! これでまたお昼に美味しいお肉が食べられますね~!」


 シスター・エレナがノンビリした声を出して、ウフフと笑いながら黒焦げオークのお腹をつつく。

 おっとり美人のシスター・エレナだが、完全にオークの捕食者である。


 ふと『肉食女子』という言葉が頭に浮かんだが、何やら不吉すぎるので首を振って『肉食女子』を頭から打ち消す。


 王都から来た若い神官マリンさんとアシュリーさんがモジモジしながら俺に寄ってきた。


「リョージさん!」


「リョージ……」


 プレミアム・ロースト・オークが欲しいのだ。

 わかるよ。食べたいよな。


「わかってますよ。教会にも寄付しますよ」


「ありがとうございます!」


「リョージに精霊と大精霊様の加護がありますように!」


 プレミアム・ロースト・オークは精霊教の中で話題になっているらしい。


 教会の責任者シスター・メアリーが、余ったプレミアム・ロースト・オークを教会の本部に転送したのだ。


『とても美味しいのでお裾分けします。楽しんで下さい』


 シスター・メアリーは軽い気持ちで、『美味しいから本部の人たちにも食べさせて上げよう!』と善意百パーセントで、本部にプレミアム・ロースト・オークを転送したのだが、本部で大問題になった。


『これは……!』


『トロッとした甘さの脂身! しっとりとした赤みの肉の旨さ!』


『これはジューシー』


 プレミアム・ロースト・オークは本部で大好評!

 争奪戦が勃発した!


 今では、プレミアム・ロースト・オークがいつ転送されてくるかと枢機卿たちが心待ちにしており、本部から派遣されたマリンさん、アシュリーさんたちには『わかってるよな?』と本部からプレッシャーがかかっているようだ。


 聖職者……食い意地張りすぎだろう……。


 ブー! ブー! ブー!


 スマートフォンがバイブしている。

 俺は回収作業を中断して、腰にぶら下げたケースからスマートフォンを取り出した。


「もしもし?」


「リョージ君? 僕だよ。ルーク・コーエンだ」


 領主のルーク・コーエン子爵である。

 コーエン子爵は、結構気軽に電話してくる。

 領主が平民にほいほい電話して良いのかと思うが、多分、美味しい物が食べたいだけの甘党貴族なのだ。


「リョージ君。悪いけどさ。また、あのプレミアム・ロースト・オークを分けてもらえないかな? 王都に使いを送るんだけど、プレミアム・ロースト・オークを持たせないと色々うるさい人がいるんだよ」


 うるさい人――王都の高位貴族だろう。

 王都の偉いさんたちも食い意地が張っている。


「わかりました。丁度とれたので、午後領主屋敷にお届けします」


「ありがとう! 助かるよ! それから……何か甘いお菓子を……」


「えー!? 昨日、お届けしたじゃないですか!?」


「ごめん、食べちゃった」


 この……! 甘党貴族め……! 

 昨日、板チョコを五枚お届けしたばかりなのだ!

 なのに食べてしまったとは……。

 絶対健康に悪い。


 俺は心を鬼にしてコーエン子爵の要求を突っぱねた。


「ダメです! 糖分の取り過ぎは体に悪いです!」


「え? そんなことはないんじゃないかなぁ~? あんなに美味しい食べ物が体に悪いなんて――」


「糖分を取り過ぎると糖尿病という病気になるんですよ! 糖尿病になって失明しますよ!」


「失明は嫌だな~。魔法で直らないのかなぁ?」


 この……! 甘党野郎……!

 何でも魔法で解決すると思うなよ!


「治りませんよ! 魔法は万能じゃないでしょう? 執事さんと話して、甘い物の量を制限させていただきます」


「ちょっと! リョージ君! それはないよ! 執事は怖いんだよ! 本当に食べさせてもらえないよ!」


「それと運動もして下さい! 甘い物を食べて運動しないとか……、本当に病気になりますよ」


「魔法で何とかならないかなぁ?」


 この……! 甘党貴族……!

 魔法じゃダメだって言ってるだろう!


「何とかなりませんよ! とにかく後で領主屋敷に行って、執事さんと訓練メニューを打ち合わせます! 領主の健康は領地の重要課題ですから!」


「ええ~! そんな~!」


「では後ほど!」


 俺は無慈悲にスマートフォンを切った。

 まったくしょうがない甘党貴族である。


 執事さんに言って、毎日走り込みをさせてやる。

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