第72話 ダンジョン内でデリバリー

「はい! 大銅貨五枚です! ありがとうございます!」


 俺はダンジョンの一階層で露店を開いた。

 露店といっても、移動販売車の前にレジャーシートを敷いて、パンと飲み物を並べただけだ。

 ボチボチ売れている。


 俺、ソフィー、シスターエレナの冒険者パーティー『ひるがお』の活動は、午前中で終わった。

 お昼ごはんを食べたら、ソフィーがウトウトしだしたのだ。

 昨日と同じ電池切れである。


 俺はソフィーを移動販売車で寝かせて、ノンビリと商売だ。


 こうして冒険者に食品を売れば、バフがかかって冒険者がちょっと強くなる。

 階層攻略が進み、戦闘経験が増える。

 サイドクリークの町の戦力アップにわずかでも貢献できるのではないか……と、思っている。


 シスターエレナはというと、一階層で昼休憩中の冒険者を回ってヒールをかけている。

 一階層で休んでいる冒険者は、まだ若く駆け出しの冒険者が多いので、シスターエレナの無料ヒールは大変感謝されている。


 とはいえ、シスターエレナも百パー善意ではない。

 ヒールをかけ終わると笑顔で一言告げる。


「精霊教の教会にぜひいらして下さい。精霊の宿もございます」


 つまり、れっきとした宗教活動、信者獲得活動なのである。


 考えてみれば、戦国時代に日本に来たキリスト教の宣教師たちも、大名にワインを献上したり、農民に薬を与えたりした。

 現世利益ってヤツだな。


 まずは美味しい思いをさせて、自宗教の良さを味わってもらう。


 そういえば、日本の某宗教がきっかけで結婚した人が近所にいたな。

 出会いの場としての宗教……、現世利益……、なかなか味わい深い。


 スマートフォンが鳴った。

 ガイウスから着信だ。


「もしもし! ガイウス?」


「こんにちは。豪腕リーダーのガイウスです」


 また、こんな堅苦しい口調か!

 ガイウスには、『スマートフォンは道具だから、怒ったり、噛みついたりしない』と説明をしたが、どうも口調は直らないようだ。


 俺は吹き出しそうになるのを堪えて、ガイウスと通話を続ける。


「こちらは一階層で食事が終って、ちょっと商売をしているところだ。どうした?」


「大変申し訳ございませんが、私たちのところへ食べ物を届けていただけないでしょうか?」


 ガイウスはドスの効いた声で丁寧に話すから違和感が凄い。

 丁寧に頼んでいるのか、脅しているのか判断しかねるな……。


「ああ、移動販売車で行けるから構わないよ」


「場所は十五階層のボス部屋の前です。では、お待ちしております」


 どうしたのだろう?

 まあ、それほど忙しくないからドライブがてら行ってみよう。


「シスターエレナ! 出発しますよー!」


「はーい!」


 勧誘活動が好調なのか、シスターエレナは上機嫌で助手席に乗り込む。

 寝ていたソフィーを起こして、シートベルトをつけてあげる。


「ソフィー。出発するよ」


「うーん……、どこへ行くの?」


「ガイウスのところだよ」


「えー! また?」


 ガイウスの好感度が下がった。

 お昼寝を邪魔されて、ちょっと不機嫌なソフィーである。


 俺はすかさずパックのオレンジジュースを差し出す。

 するとソフィーはパアッと笑顔になった。


「十五階層のボス部屋の前だって。スマートフォンで案内を頼む」


「はーい!」


 ソフィーはストローをさしてチューッとオレンジジュースを飲み出す。

 もうご機嫌だ!

 子供は泣いたり笑ったり怒ったりと感情が忙しい。


 俺は移動販売車を走らせ、転移の魔法陣を使って十五階層へ。

 そして十五階層をソフィーの指示で走り始めた。


「リョージさん。右前方にオークです!」


 シスターエレナは見張りをやってくれるので、俺は運転に集中できて大助かりだ。

 この十五階層は、オークが四から五匹のグループで現れる。


(ターゲットとしては最適かな?)


 俺は考えていた攻撃方法を試してみたくなった。


 腰につけたウエストポーチに右手を突っ込んで、石を右手いっぱいに握る。

 俺は窓から右腕を出し、接近してくるオークの集団に向かって石を投げつけた。


「フン!」


 俺が右腕を上から振ると、右手に握った大量の石がオークの集団に向かって飛び散った。

 空気を切り裂く音が聞こえるのとほぼ同時に着弾!

 オークの集団は無残に切り裂かれ、ズウンと鈍い音を響かせてオークが地に倒れた。


「おお! おとーさん! すごーい!」


「リョージさん。凄い威力ですね!」


「試しにやってみたのですが、使えそうですね!」


 この技は狙いがアバウトで良いから楽だ。

 多数の敵を相手にする時は、特に有効だろう。

 俺は手応えを感じて満足にうなずく。


「今度は左から来ます! オーク四匹!」


 シスターエレナの声で我に返る。

 オークが接近してくるのは助手席側だ。


「ソフィーがやるー!」


 移動販売車の方向を変えようと思ったら、ソフィーが名乗りを上げた。

 ソフィーは体を伸ばして助手席の窓からかわいい魔法スティックを掲げる。


「カチカチ!」


 ソフィーが呪文を唱えると、魔法スティックの先から沢山の氷が勢いよく飛び出した。

 シュッという鋭い風切り音。

 飛び出した氷は拳大の大きさで、オーク四匹の全身に着弾した。

 瞬時にボロボロにされたオークが、ズウンと音を立てて沈む。

 轟沈である!


「おお! ソフィーも凄い!」


「ソフィーちゃん! 凄い威力です!」


「えっへん!」


 ソフィーが攻撃に参加したので、俺はカーナビを見ながら十五階層を進む。

 着々とボス部屋に向かって進んでいる。


「あっ! クロエおねーちゃんだ! おーい!」


 前方でオークの集団と戦闘している冒険者パーティーがいる。

 銀翼の乙女だ。


「シスターエレナ。銀翼の乙女のみなさんは、大丈夫そうですか?」


「大丈夫だと思いますよ。もう、二匹倒していますね」


「じゃあ、助太刀無用ですね。先へ進みます」


 苦戦をしていたら助けに入っても良いが、順調なら邪魔になるだろう。

 俺は銀翼の乙女が戦闘する横を邪魔にならないように走り抜けた。


「ビリビリ!」


 すれ違いざまに、ソフィーが一頭のオークに雷魔法ビリビリを放った。

 サイドミラーを見ると、オークが硬直し、クロエさんがバッサリとオークを切り捨てていた。


 俺たちは、移動販売車に乗ったままオークを倒し続け、無事ボス部屋の前に到着した。


「ガイウス! お待たせ!」


「おう! リョージ! 悪いな! ちょっと力を上げときたくてな。食い物を買わせてくれ!」


 豪腕のメンバーの中には結婚している人もいて、精霊の宿に泊まっていない人もいる。

 つまり、昨晩、俺が販売している移動販売車の酒やツマミを摂取していない。

 力が上昇していない人がいるのだ。

 ガイウスとしては、ボス部屋に入るからパーティーメンバーを万全の状態にしておきたいそうだ。


 俺はスナック菓子とコーラを移動販売車から取り出した。

 戦闘前だから軽めが良いだろう。


 俺たちも混じって、ポテチやポップコーンを食べながらコーラを飲む。

 しょっぱい、甘い、しょっぱい、甘いの無限ループだ。


「うめえな!」


「ああ。なかなかイケる!」


「この黒い飲み物も良いぜ!」


「甘いのにスッキリするな!」


 豪腕メンバーの評判も良い。


 俺はバター醤油味のポップコーン。

 シスターエレナは、コンソメ味のポテチ。

 ソフィーは、東日本では売っていないトウモロコシが原料のスナック菓子カー○のチーズ味だ。

 チーズ臭が凄い。


「はむ! はむ! 美味しい!」


 遠足の時に食べたな~、俺はカレー味だったな~と、俺はソフィーを見てまったりした。


「よし! そろそろ行くか!」


「みんな気をつけて! 突破を祈る!」


「おう! ありがとよ!」


 ガイウスたち豪腕は、ボス部屋へ向かった。


 ガイウスたちを見送り終わり振り向くと、銀翼の乙女が立っていた。


「あれ? クロエさん! 早いですね!」


「君たち! どれだけオークを倒してるんだ! 死屍累々だったぞ!」


 クロエさんたちは、俺たちが移動販売車で走ったあとを歩いてきたが、オークの死体だらけで驚いたそうだ。


「おかげで戦闘なしで、ボス部屋の前まで来たが……。君たちは何を考えているのだ! デスロードではないか!」


 クロエさんたち冒険者の常識を超越した行動を俺たちはしてしまい、クロエさんに怒られてしまった。


「い、いや……、帰りに回収しますよ! ハハハ……。それよりお菓子食べます?」


 俺はお菓子で誤魔化した。


 まあ、とにかくだ!

 新しい攻撃方法とダンジョン内でデリバリーが出来るとわかった!

 めでたし! めでたし!

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