第73話 貴族用のスマートフォン
――午後三時。
俺はサイドクリークの町の領主であるルーク・コーエン子爵の館を訪れた。
応接室のソファーに、俺とコーエン子爵は向かい合って座った。
「やあ、リョージ君」
コーエン子爵は、相変わらず貴族らしからぬ気軽な口調だ。
俺はちょっと緊張していたが、肩の力を抜く。
「頼まれていたスマートフォンをお持ちしました」
「おっ! 待っていたよ! ありがとう!」
俺はウエストポーチから、スマートフォンを取り出し応接テーブルに並べる。
「おお! 沢山あるね!」
「スマートフォンを十個お持ちしました。誰に渡すかは、コーエン子爵のご判断にお任せします」
「うんうん。スタンピードに備えて、力を貸してくれそうな人に渡すよ」
「そうしていただけると、私も安心です」
スマートフォンは、この世界の技術を超越した謎テクノロジーのアイテムだ。
教会のみんなを守るために、この町の人々を守るために、コーエン子爵が有効活用してくれることを望む。
俺がスマートフォンを一つずつ応接テーブルに並べると、じっと見ていてコーエン子爵がワクワクした声を出した。
「きれいな色のスマートフォンだね!」
「ええ。貴族の皆様がお使いになるので、きれいな色を選びました」
「気遣いありがとう。ゴールドもシルバーも素敵だね! これは何色になるのかな?」
コーエン子爵は、光沢のある白いスマートフォンを指さす。
「パールホワイトですね。隣の光沢のある黒は、メタルブラックです」
「このピンクも上品で良いね!」
移動販売車の発注端末が使えるようになったので、普段移動販売車に置いていないスマートフォンを取り寄せることが出来た。
おかげで貴族用として、リッチな雰囲気のスマートフォンが手に入ったのだ。
機能としては、俺やガイウスが持っているスマートフォンと同じ。
だが、上流階級が利用するということで、見た目で差をつけることにしたのだ。
このキラキラしたリッチな印象。
コーエン子爵の反応も良いし満足してもらえるだろう。
「こちらがコーエン子爵に頼まれていたスマートフォンです」
俺はごく普通の白いスマートフォンをテーブルに置いた。
本当に何の変哲もない白いスマートフォンだ。
事前に希望を聞いておいたのだが、『普通の白が良い』と言うので用意したのだが……。
「これが僕のか! ありがとう! 大事に使うよ!」
コーエン子爵は、白いスマートフォンを手に取り満足そうだが、俺はちょっと心配だ。
「あの……本当にそちらのスマートフォンでよろしいですか? ゴールドやシルバーも用意できますよ?」
「いや、僕はこういうシンプルなのが好きなんだ。着る服もゴテゴテした華美な服は嫌いでね。この白いシンプルなスマートフォンが気に入ったよ」
「そうですか! お気に召したのなら何よりです!」
そういえば、コーエン子爵の屋敷も上質そうな家具が置いてあるが、デザインはシンプルだ。
俺はシンプルな白いスマートフォンでは、『やっぱりヤダ!』とコーエン子爵が言うかなと心配していたがお好みに合っていたようだ。
「それで、いろいろスマートフォンを試してみたのですが――」
続いて、スマートフォンの通話機能や地図機能の説明に移る。
俺が通話機能や地図機能がダンジョンでも使えることを話すと、コーエン子爵は驚いていた。
「それは凄まじい機能だね……」
「ええ。ただ、長距離通話の検証はしていないので、サイドクリークの町から王都までつながるかはわかりません」
「じゃあ、僕が実験するよ。王都からリョージ君のスマートフォンにつないでみるよ」
「よろしくお願いします」
王都とサイドクリークの町で通話が出来るのであれば、いろいろなことが一変するかもしれない。
それでも、スタンピードの犠牲者を減らせるのなら……と思うのだ。
「それから、これは領主屋敷のどなたかにお渡し下さい」
俺はグレーのスマートフォンを二台応接テーブルに置いた。
コーエン子爵の使用人の分だ。
執事さんとか、使用人の中でも密に連絡をとりたい人がいるだろうと用意した。
コーエン子爵は、感じ入ったようにウンウンとうなずくと、グレーのスマートフォンを手に取った。
「何から何までありがとう。有意義に使わせてもらうよ」
「それで使い方なんですが――」
「ん? んんんん――!?」
ダメだった。
ガイウスほどじゃないが、コーエン子爵も使い方を覚えられそうにない。
俺は執事さんに使い方をメモしてもらい、コーエン子爵が王都に旅立つまで何度か通って使い方を教えることになった。
まあ、ガイウスみたいに『スマホンが怒らないか?』と言い出さないだけマシだったと思おう!
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