第56話 スタンピードの可能性
――一週間後。
フィリップさんによる検証結果が出た。
フィリップさんとシスターメアリーは、連日ダンジョンに赴き魔物と戦闘を繰り返した。
俺が販売している酒、ツマミ、菓子などの食品を食べると、わずかだが体力や魔力がアップする。
効果時間は食べてから一日だ。
フィリップさんいわく。
『体力や魔力の上昇幅はわずかで一割にみたない。だが、真剣勝負では、わずかの差が生死を分けることもある。リョージさんの売っている商品は、命がけで戦う冒険者にとって非常に有用ですよ!』
また、ティーシャツを身につけると同様の効果があることも確定した。
食品と衣料品の効果は重複するが、ティーシャツを二枚重ねしたり、食品を沢山食べたりしても効果は重複しない。
ちなみにシスターメアリーは大雑把な性格なので、検証には向かないとフィリップさんは判断した。
シスターメアリーには、今回の検証は伝えていない。
あくまで昔の仲間とダンジョンで魔物を狩っただけということになっている。
俺は販売について、どうしようかなと考えていた。
効果を発表して値上げするという方法もあるし、効果を伏せてこれまで通りの価格で販売する方法もある。
どうしようかなと考えながら、数日過ごしていると領主ルーク・コーエン子爵から呼び出された。
俺は領主屋敷に出向いた。
領主屋敷の応接室で、俺はコーエン子爵と面会した。
「リョージ君。ちょっとお願いがあるんだ」
「何でしょう?」
コーエン子爵は、平民の俺を応接ソファーに座らせもてなしてくれる。
貴族だけれど、あまり威張らない人物だ。
俺は好感を持っている。
コーエン子爵の頼みは聞いてあげたい。
「この前、動画を見せてくれたでしょう? あの道具を売って欲しいんだ」
「あー……」
スマートフォンが欲しいのか!
スマートフォンは、俺の私物と移動販売車に販売用の安いスマートフォンがある。
売らないわけではないけれど、電気のない世界では充電が出来ない。
移動販売車で充電してあげても良いが、使い勝手は悪いだろう。
どうしようかなと考え、俺が返事をしないでいると、コーエン子爵がグッと体を乗り出した。
「実はね。ゴルガゼ伯爵が軍で使いたいと言っているんだ」
「ゴルガゼ伯爵が……」
ゴルガゼ伯爵は、ヤーコフの父親だ。
最後、俺にも詫びていたし悪い印象はない。
「僕はね。ちょっと迷ったんだ。動画って凄い技術だよ。だから影響が大きすぎて不味いかなって」
「影響はあるでしょうね」
「けど、ゴルガゼ伯爵や商業ギルドのシュルツ男爵に動画を見せたでしょう? 遅かれ早かれ動画のことは広まると思うんだ。それなら良い条件で、動画の道具を売った方が良いでしょう?」
「確かに、そうですね」
俺はコーエン子爵の話をフンフンと聞いていた。
俺としてはスマートフォンを売っても良いと思っている。
元々この世界にない物だから、技術とか、文化とか、色々影響はあるだろう。
ただ、武器のように人を傷つける物ではないので、売っても良いんじゃないかと思うのだ。
「リョージ君さえ良ければ、僕を通して欲しいんだ」
「コーエン子爵経由で?」
「そう。動画の道具は、誰も見たことがない凄い道具だよ。色々な人が欲しがるし、様々な圧力がかかると思う。下手をするとリョージ君の身が危険になる。でも、僕を通して売れば、僕の庇護下に入ることになるから、余計なちょっかいは減るよ」
コーエン子爵の申し出は悪くない。
貴族や商人から無茶な要求があったら、コーエン子爵に話を持っていけば良いのだ。
「私としては悪くないお話だと思います。それで、コーエン子爵は何を得られるでしょうか?」
コーエン子爵を通すということは、コーエン子爵も利益を得るのだろう。
お金なのか? それとも貴族同士の貸し借りなのか?
一応知っておきたい。
俺はあまり深く考えずに質問をしたのだが、コーエン子爵の雰囲気が重くなった。
何だろう?
「ゴルガゼ伯爵には、見返りとして軍を派遣してもらおうと思っているんだよ」
「軍を派遣!?」
急に大がかりな話が出て来たぞ!
俺は困惑して眉根を寄せた。
「戦争が始まるのでしょうか?」
「いや、違う。魔物の方だよ」
「魔物?」
「うん、実はね……。魔の森が暴走する可能性があるんだ」
魔の森が暴走する――恐ろしげな言葉だ。
だが、何を意味しているのかわからない。
「どういうことでしょう? 私は迷い人なので、この世界の常識に疎くて……」
「魔の森の暴走はスタンピードというのだけどね。魔の森に魔力が溢れて、魔物が大量に発生してしまうんだ」
「そのスタンピードが、この町の近くで起こると?」
「可能性は高いよ。ダンジョンが見つかったのは知っているでしょう? 新たにダンジョンが出来る場所は、魔力が増大している場所なんだ」
「ダンジョンが出来てしまうほど森に魔力が溢れているということですか! 行き場のない魔力が魔物を大量発生させると?」
「そう。過去、ダンジョンが見つかった場所では、スタンピードが必ず起きている。だから町の防衛力を上げたいんだ」
俺はコーエン子爵からスタンピードの話を聞いて、一瞬逃げようかと思った。
ソフィーを連れて移動販売車で、どこかへ移動する。
だが、シスターメアリーやシスターエレナ、孤児院の子供たち、ガイウスたち仲の良い冒険者たちを見捨てるのは、物凄い抵抗がある。
この町に来て、俺に親切にしてくれた人たちだ。
命をかけて助けるとまでは言わないが……、俺がコーエン子爵に協力することでちょっとでも助けになるなら……。
「わかりました。お申し出をお受けいたします」
俺はコーエン子爵の申し出を受け、スマートフォンの提供を決めた。
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