第55話 オッサンは全身でビールを味わえるのだ!

 騒ぎが終った後、王都から来た神官たちの歓迎会が開かれた。

 場所は精霊の宿の中庭だ。

 俺がビールやツマミを提供したので、ちょっと豪勢な宅飲みといったメニューになった。


 教会長のシスターメアリーが、立ち上がって缶ビールを掲げる。


「では! フィリップ、マリンさん、アシュリーさん、これからよろしくお願いしますね! カンパーイ!」


「「「「「「「乾杯!」」」」」」」


 俺は移動販売車の運転があるので、普段酒を飲まない。

 だが、今日は歓迎会だ。

 俺もビールをいただく。


 冷えたビールをゴクゴクと喉に流し込む。

 喉から胃袋にビールが流れ落ち、全身にビールが染みてくる。

 たまんねえな……。


「くあああ……旨い!」


 人間はオッサンになると進化をして、全身でビールを味わえるようになるのだ。


「くあ! うまい!」


 俺の隣でソフィーがオレンジジュースを飲み、俺の真似をする。

 俺とソフィーを見て、シスターエレナが聖女のように優しく微笑む。


「ふふ。仲良しですね!」


 俺は照れくさくて、ちょっと頭をかく。


 若いマリンさんとアシュリーさんは、俺が用意した唐揚げをパクパク平らげている。


「このお肉! 美味しい!」


「このタレが味の秘密かしら?」


 唐揚げは移動販売車に積んである冷凍食品で、隠し味にごま油を使った甘辛醤油味なのだ。

 最近の冷凍食品は味のクオリティが高く、レンチンしただけで十二分に美味しい。


 俺は話すきっかけにと、唐揚げの話をマリンさんとアシュリーさんにした。


「その料理は唐揚げと申しまして、私の故郷の料理です。鶏肉を味付けして油で揚げるのです」


「揚げるというのは?」


「聞いたことない」


「熱した油に食材を通す料理法です。その唐揚げはちょっと甘辛でしょう? 私の故郷の味付けです」


「独特の味で美味しいです!」


「ええ! 初めて食べたけど、好きな味!」


 料理の話がきっかけになって、ワイワイとみんなで話をした。

 シスターメアリーとフィリップさんが北部に遠征した時の料理の話。

 シスターエレナ、マリンさん、アシュリーさんが在籍していた精霊教の学校で出る料理の話。

 この国の食文化を知ることが出来て、なかなか面白かった。


 途中でソフィーがウトウトしだしたので、俺は中座してソフィーを部屋で寝かせて来た。

 部屋から中庭に戻る途中、フィリップさんが俺を待っていた。


「リョージさん。少しお話をよろしいですか?」


「ええ。構いませんよ」


 俺とフィリップさんは、中庭に向かって歩きながら話をすることにした。

 フィリップさんは、わざわざ俺を待っていたようだ。

 何だろう?


「リョージさん。怒らないで欲しいのですが……。リョージさんが冒険者と話していたことを聞いてしまって……」


「えっ!?」


 あ……、俺の売っている酒とツマミにパワーアップ効果があるというガイウスと銀翼の乙女のクロエさんとした話か!


「盗み聞きしたわけではないのですが、偶然聞こえてしまって……。いや、申し訳ない!」


「ああ……、まあ……、でしたら内緒にしてもらえますか?」


「ええ。それはもちろん! それで……先ほど私たちがご馳走になった料理やお酒ですが、確かに力や魔力を増強する効果があるようです」


 俺はフィリップさんの顔をマジマジと見た。

 フィリップさんの顔はほんのりと赤くなっているが、表情は真面目だ。

 酒の席での冗談ではなさそうだ。


「わかるんですか?」


「ええ。私は自分のコンディションや魔力量に敏感な質なのです。微量ですが力と魔力が増えていますね」


 フィリップさんは自信ありげに言い切った。

 この世界にはゲームのステータスのようなものはない。

 だから、力や魔力を数値化することは出来ない。

 フィリップさんがいう『微量』は、感覚的なものだろう。


 俺はアゴに手をやる。


「強化剤と比べて、どうですか?」


「それは強化剤の方が遥かに強力ですよ。ただ、強化剤は効果時間が短いですし、使用後にひどい倦怠感に襲われます。先ほどの冒険者たちの話ですと、リョージさんの扱っている食べ物は……」


「副作用はないみたいです。ただ、効果時間は分かっていません。色々検証をするべきだと思うのですが、私は冒険者ではないので何を検証すれば良いのかも、どう検証すれば良いのかもわからないのです」


「なるほど……。それでしたら、私とシスターメアリーでやりましょうか?」


「ええっ!?」


 俺はフィリップさんの申し出に、驚き足を止めた。

 これまでの話でフィリップさんは、真面目で知性的な印象だ。

 シスターメアリーと旧知の仲で、信用して良さそうに思える。

 検証をお願いするにはうってつけ……。


 しかし――。


「あの……シスターメアリーも一緒にですか?」


「ははは、いや実は――」


 フィリップさんは乾いた笑い声に続いて、ちょっと困った事情を説明した。

 シスターメアリーは、久しぶりにフィリップさんに会ったことで、血がたぎっているそうだ。


 血がたぎるというのは色恋の方向性ではなく、魔物とのバトルをご所望ということらしい。


 シスターメアリーって、ぱっと見は人の好いおばちゃんに見えるけど、脳筋色が濃い目だよな……。

 いや、ここのところ色々あったから、ストレスが溜まっていたのかな?


「まあ、それで、ダンジョンに行こうと言って聞かないんですよ。それならついでに、リョージさんの取り扱っている商品の効果検証もやったらどうかと思ったのです。いかがですか?」


 フィリップさんは苦笑いしながら、俺に提案をしてくれた。

 なるほど、それならフィリップさんに過剰な負担を押しつけることにはならなそうだ。


「そういうことなら、お願いします!」


「ええ。お任せください!」

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