第53話 オークの睾丸疑惑

 夜になった。

 精霊の宿は、今日も満員御礼だ。


 俺とソフィーは、精霊の宿の中庭に露店を出して客寄せに声を上げる。


「さあ! お酒はいかがですか! 美味しいツマミもありますよ!」


「クリーンかけまーす! エールに氷を入れまーす!」


 お客さんが次々とやって来る。

 今日も缶ビールと氷入りエールが売れる。

 ツマミは肉系の缶詰が人気だが、乾き物も出る。

 中には『怖い物見たさ』でスルメにチャレンジする人もいる。


「これはなんだ? 肉か?」


「いや、スルメといってイカを乾燥させて裂いた食べ物です。私の国では酒のツマミに人気があるんです」


「へー。イカって魚か?」


「いいえ。イカは……こう……足が沢山あって……、クラーケンの小さいヤツですよ!」


「そ……それはスゲエな! うーん、話の種に食ってみるか!」


 ――と、こんなノリでスルメがボチボチ売れる。

 多分、『クラーケンを食べたぜ!』と仲間に自慢するんだろうな。


 客が途切れたところで、強面のガイウスがやって来た。

 普段から恐ろしい顔をしているのだが、今日はいつもより二割増し怖い顔をしている。

 何かあったのかな?


 ガイウスは、俺とソフィーの露店に近づくと小さな声で質問した。


「なあ……、リョージの店で出してる酒だけどよ……。酒にオークの睾丸を漬け込んでるのか?」


「は?」


「へ?」


 俺とソフィーは、完全に虚を突かれてしまい裏返った変な声を出してしまう。

 ガイウスの質問が予想の斜め上すぎるのだ。


 俺は酒瓶の中にオークの睾丸がプカプカ浮いているグロテスクな絵面を想像して、ちょっと気持ち悪くなった。

 隣にいるソフィーは、舌を出して『ウエー』とやっている。


 俺は眉根にシワを思いっきり寄せてガイウスに問い返す。


「ガイウス……。オマエ……そういう酒が好きなのか? 趣味が悪いぞ!」


「イヤイヤイヤ! 違う! 違うって! 俺が飲むんじゃねえよ! いや、飲んだかもしれないという質問だったんだが……」


「飲んだのか!? オークの睾丸!?」


「ちげーよ! 聞けよ!」


 ガイウスがキレ散らかしている。

 何なんだ? コイツは……。


 とりあえず缶ビールを開けてガイウスに差し出す。


「まあ、一口飲んで落ち着けよ。オゴリだ!」


「おっ……おう!」


 ゴクゴク! ゴクゴク!

 ガイウスの喉が鳴る。

 コイツ旨そうに飲むなあ~。


「プハー! ごちそうさん!」


 ガイウスが空き缶を寄越す。

 もう、全部飲んだのかよ!


「リョージ。それでな、実は気になっていたことが――」


 ガイウスが語り出した内容は衝撃的だった。

 なんと俺が売っている酒やツマミを食べると身体能力や魔法の威力が上がるというのだ!


「ちょっと待て! 何でウチの酒やツマミが原因なんだ?」


「最近、調子が良いってヤツが多いんだ。共通点は精霊の宿に泊まっていることだ。だが、宿屋が冒険者の力を上げるなんてことはねえ!」


「まあ、そりゃそうだ……」


「となると! 残りはコレ! リョージが売ってる酒とツマミだ!」


「消去法か……」


 可能性はある。

 日本から異世界に転生したことで、俺の身体能力は大幅に引き上げられた。

 移動販売車の機能も謎なくらいアップしている。

 移動販売車に積んでる商品に特殊な機能や効能が発生しても不思議はない。


 だが、わからないのは――。


「オークの睾丸って何のことだ?」


 ガイウスは、酒をオークの睾丸に漬け込むとか言っていたぞ。

 まったくわけがわからないし、ソフィーの情操教育に悪い。


「オークの睾丸は、強化剤の材料になるんだ」


「それでか!」


 強化剤は冒険者が使う飲み薬だ。

 一時的に身体能力をグンと引き上げてくれる。

 ただし、強化剤を使用した後は、副作用として強い倦怠感に襲われる。

 強化剤は常用する薬ではなく、ここぞという場面で使う切り札なのだ。


 材料がオークの睾丸だとは知らなかった。

 それでガイウスは変なことを言ったのか!

 ウチで売っている酒やツマミに強化剤をふりかけたとか、強化剤と同じ材料を使っていると思ったのだろう。


 俺は真面目な顔で、オークの睾丸疑惑を否定する。


「ガイウス。誓って言うが、酒に混ぜ物はしてないし、オークの睾丸も漬けてない」


「わかった。だが、どうする?」


「どうすると言われても……」


 俺は言葉に詰まった。

 どうしたものだろうか?

 売って良いのか? 売らない方が良いのか?


 いや、そもそも本当にウチの酒やツマミが原因なのか?

 検証をした方が良いのでは?

 じゃあ、検証は誰がどうやってやる?


 俺が腕を組んで考えていると、ソフィーが立ち上がって手を振り出した。


「クロエおねーちゃんだ!」


 ソフィーが手を振る方を見ると、以前お客さんになってくれた女性だけの冒険者パーティー『銀翼の乙女』の五人がいた。

 俺たちの方へ歩いてくる。


 リーダーのクロエさんが、俺の前に立った。


「店主! このナイフだが切れ味が良すぎるぞ! それにこのティーシャツを着ていると、攻撃力が上がる! 仲間は魔法の威力が上がったと言っているぞ!」


「ええ! またですか!」


「また!? またとはどういうことだ!?」


 俺は『銀翼の乙女』のクロエさんと『豪腕』のガイウスに挟まれて困り果てた。

 今度は果物ナイフとティーシャツかよ!

 これ、どうしたら良いの!?

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