第49話 間話 銀翼の乙女とガイウスの豪腕

 冒険者パーティー『銀翼の乙女』は、キャラバンの護衛依頼を遂行していた。

 銀翼の乙女は、リョージから果物ナイフとティーシャツを購入した女性だけの冒険者パーティーである。

 リーダーのクロエを始め五人全員が銀級冒険者の腕の良いパーティーである。


 銀翼の乙女の五人が護衛するキャラバンは、大きな商会のキャラバンで馬車が五台だ。

 さらに町から町を結ぶ駅馬車も同行しており、合計馬車六台、冒険者パーティー三チームで護衛する体制を取っていた。


 このキャラバンが走っているのは、北西辺境ルートと呼ばれる危険なルートだ。

 王国の西にあるサイドクリークの町から出発し、魔の森に近い街道を北上する。

 往路のゴールは王国北部にある辺境伯領だ。

 辺境伯領で取り引きを行い、サイドクリークの町へ戻る。


 魔の森に近いルートなので、魔物との戦闘が多い上に、治安が悪い箇所もあり盗賊も出る。

 西の産物を北へ持ち込み、北の産物を西へ持ち帰るので、利益は大きいが、危険も多いルートなのだ。



 銀翼の乙女は、帰りのルートでキャラバンに襲いかかったオークを撃退していた。


「セイッ!」


 クロエが剣を振るうと、オークの胴体は真っ二つになった。

 クロエはテキパキとパーティーメンバーに指示を出す。


「オークの魔石と睾丸を回収する。あとは廃棄!」


 オークは肉も皮も利用出来る魔物だが、二メートルを超える巨体だ。

 キャラバンにはオークを載せるスペースがない。

 クロエは、オークの肉と皮はあきらめて、かさばらない魔石と睾丸だけ回収すると決めた。


 魔石は魔導具の材料にもなるし、電池のように魔力源としても利用される。

 オークの睾丸は『夜になると元気になる薬』や一時的に身体能力を上げる薬『強化剤』の材料として利用されるのだ。

 どちらも、冒険者ギルドで買い取ってもらえる。


 クロエはリョージから購入した果物ナイフでオークを解体し魔石と睾丸を回収する。

 リョージから買った果物ナイフの切れ味は極上で、スッと抵抗なく刃がオークに入る。


(やはり切れ味が良すぎる……。何なのだ? このナイフは?)


 クロエは首をひねりながらも解体を終え、キャラバンは出発した。

 クロエたち銀翼の乙女は、先頭の馬車に乗り魔物の襲撃に備えた。


 クロエに大柄な女剣士が、小声で話しかけた。


「ねえ、クロエ。やっぱり変だよ。私の力が上がってる。さっきの戦闘でオークを弾き飛ばした」


 大柄な女剣士は盾役で、四角い大きな盾を持ち魔物の攻撃を抑えるのが役目だ。

 女性冒険者としては力がある方だが、巨体のオークを弾き飛ばすのは異常だ。


 クロエは女剣士の言葉に、腕を組みうなずく。


「私もそうだ。オークを一刀で斬り伏せるなど、これまで出来なかった……。だが、出来た……」


 続いて黒いローブを着た小柄な女魔法使いが、小声で似た現象を訴える。


「私の魔法の威力も上がっている。心当たりは、これしかない」


 女魔法使いは、インナーに着ている白いティーシャツを指さす。

 ティーシャツはリョージの露店で購入した物だ。

 肌触りが良いので、クロエたちはティーシャツを愛用していた。


「やはりそうか、あの店主から買ったナイフの切れ味も良すぎるのだ」


「オークをサクサク解体していたよね」


「ああ、普通のナイフではない。あの店主に聞かねばならんな」


 サイドクリークの町まで、もう少しだ。

 クロエたち銀翼の乙女は、キャラバンの護衛が終ったらリョージに会ってよく話そうと決めた。



 *



 ガイウスがリーダーを務める冒険者パーティー『豪腕』は、男四人のむさ苦しいパーティーである。

 見た目おっさんの四人だが、四人とも三十代前半と意外に若い。

 リョージよりも年下である。

 四人とも銀級冒険者で、サイドクリークの町では上位冒険者の一角だ。

 見た目も迫力があるので、ドアマンなど用心棒的な仕事でも重宝される存在である。


 豪腕の四人は、サイドクリークの町に近いダンジョンに潜っていた。

 ここはフィールド型ダンジョンの十階層で、森林フィールドの中だ。


 豪腕の四人は戦闘を終え、倒した魔物から魔石や素材をはぎ取っていた。

 四人とも手慣れた手つきではぎ取り作業を行っている。


 灰色のローブを着た細身オッサンの魔法使いがガイウスに話しかけた。


「なあ、ガイウス。最近、俺たち調子良くないか?」


 ガイウスの肩がピクリと動く。

 そして、ちょっと不機嫌そうに返事をする。


「ああ。快調だな」


 灰色ローブの魔法使いは、ガイウスのちょっと不機嫌な声に気が付いたが、忖度などしない。

 長い付き合いなのだ。


「それでな……気になるんだが……、冒険者仲間に聞いても……、最近調子が良いってヤツが沢山いるんだよ」


「いるな」


 ガイウスは、ぶっきら棒に返す。

 灰色ローブの魔法使いは、ガイウスも『自分と同じことを気にしているのだ』と気が付いたが、素知らぬ顔で話しを続けた。


「調子が良いのは、精霊の宿に泊まっている冒険者だけなんだよな……」


「ああ、そうだな!」


 ガイウスは持っていたナイフを地面に突き刺す。


「ふう……やっぱ気が付いてたか……」


 ガイウスは深く息を吐きながら、頭をガリガリとかいた。

 他の二人も手を止め、ガイウスと灰色ローブの魔法使いの会話に聞き入る。


 灰色ローブの魔法使いが、真面目に答えた。


「そりゃ気が付くさ……。精霊様の力添えなんて言うヤツもいるが……」


「どうかな……」


「ああ、違う。恐らく原因は……、リョージの出す酒とツマミだろう」


「多分な」


 ガイウスはアゴに手をやる。

 精霊の宿に泊まるようになってから、ガイウスは自分の調子が良いことに気が付いた。

 最初は良い宿で良く眠れているからだろうと考えた。


 しかし、毎日調子が良く、パーティーメンバーも調子が良く、さらに精霊の宿に泊まる他の冒険者たちも調子が良いと話しているのを聞いて、『何かおかしい……原因があるはずだ……』と考え出した。


 そして、導き出された結論は、リョージが販売している酒やツマミだった。

 調子の良い冒険者の共通点は『精霊の宿に泊まっている』ことと『リョージの酒やツマミを買っている』ことなのだ。


 宿である可能性は、ほとんどない。

 となれば口にしている酒やツマミであろうと考えた。

 なにせリョージの売っている酒やツマミは、これまで飲食したことのない珍しい酒やツマミなのだ。


 灰色ローブの魔法使いが推測を述べる。


「強化剤でも混ぜてるのか?」


「いや、強化剤ではないだろう。強化剤は短時間しか効果が出ない」


「そうだな……。それに強化剤は、それなりの値段がする。酒やツマミに混ぜて出したら赤字になってしまうだろう」


「うむ……」


 四人は深刻な顔をした。

 強化剤と同じような効果がある酒とツマミを、笑顔で販売するリョージとソフィー。

 効果は一日中続くので、強化剤よりも効果時間が遥かに長い。


 他の者が気付いたら大騒ぎになる。

 その騒ぎに、あの人の好い親子が巻き込まれるかと思うと、豪腕の四人は胸が痛んだ。


「リョージは……気づいてないよな……」


「ないな……。しかし、教えないと。大騒ぎになってからでは遅い」


「ああ、そうだな。ところで……、俺が教えるのか?」


 ガイウスは自分自身を指さした。

 灰色ローブの魔法使いは、肩をすくめる。


「少なくとも私ではないだろう?」


「そう……だな……」


 ガイウスは、深くため息をついた。

 ガイウスは、リョージともソフィーとも仲が良いのだ。

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