第47話 間話 後始末 シスターメアリーと教会本部

 精霊教教会の責任者シスターメアリーは、教会の執務室で報告書を書いていた。

 時間は午後一時。

 精霊の宿の仕事を終え、孤児院の子供たちに昼食を食べさせ、やっと教会本来の仕事をする時間である。


『――というように、サイドクリークの教会は多忙を極めております。至急増員をお願いします。働き惜しみをしない若手と気遣いの出来るベテランが望ましいです』


 シスターメアリーは、羽根ペンを置きペットボトルのミルクティーに手を伸ばす。

 ミルクティーは、リョージからの差し入れである。


 シスターメアリーは、ミルクティーの優しい甘さに癒やされながら、報告書に書くことをまとめる。


『当教会におけるリョージ殿の活躍は素晴らしく、精霊の宿の発案・実行、商業活動の推進を行いました。リョージ殿は迷い人であり、迷い人独自の知見と特別な道具をお持ちになっています。当教会と友好的な関係を結べており、当教会の発展に尽力していただいています』


 シスターメアリーは、しばらく考えてから力強い筆致で一言付け加えた。


『手出し無用』


 シスターメアリーは、商業ギルド長ヤーコフとの一件、ヤーコフの実家ゴルガゼ伯爵家から教会へ詫びがあったことも報告書に記した。


「これで良いわね」


 シスターメアリーは、報告書を持って立ち上がると、部屋の鍵を内側から閉めた。

 そして、本棚をずらし隠し部屋に入った。


 隠し部屋は二畳ほどの部屋で中央に木製のテーブルが置かれ、テーブルの上に転送の魔導具が設置されている。

 転送の魔導具は、精霊教の教会だけが持つ魔導具だ。

 手紙、書籍、金貨など小さな物を転送出来る。

 門外不出の魔導具である。


 転送の魔導具の見た目は、金属製の丸いお盆だ。

 お盆はミスリルで鍍金されており、複雑な魔方陣が刻まれている。

 お盆の周りには魔石が埋め込まれ、キラキラと美しく輝いていた。


 シスターメアリーは、報告書をお盆――転送の魔導具の中央に置くと、手をかざして魔力を注ぎ呪文を唱える。


「精霊を讃えよ! メアリー・ムーロンが命じる! 精霊教本部へと、この手紙を送れ!」


 転送の魔導具にちりばめられた魔石が光を放ち、魔方陣が瞬く。

 スッと手紙が消えた。



 *



 シスターメアリーから報告書を受け取った精霊教本部は大騒ぎになった。

 高位の聖職者――枢機卿が集まり会議が開催された。


「迷い人が現れた!」


「本部で保護をするべきでは?」


「うむ。迷い人は我らの知らない魔導具や知識を持っている。教会で独占――いや、お守りするべきだ」


 鼻息の荒い枢機卿が多い。

 しかし、冷静な枢機卿もいる。


「だが、『手出し無用』と書いてある」


「サイドクリークの教会というと確か……」


「炎の拳ですな」


 シスターメアリーのあだ名が出ると、鼻息の荒かった枢機卿たちがピタリと動きを止めた。


「ヤツか……」


「年を取って大分丸くなったが……」


「丸くなっただと? 二年前、横柄な態度の騎士をぶちのめしていたぞ!」


「サイドクリークへ赴任する道すがら、盗賊狩りをしておったな……」


 博学な枢機卿が発言した。


「迷い人は何度も現れております。迷い人は、自由に振る舞うことを好みます。何でも迷い人がおった世界では、人は自由に生きているそうです」


「ふーむ、王や教会にはまつろわぬということか?」


「王や貴族の定めには従い、教会には敬意を払う。しかし、命令されることを好まぬ者が多いようです」


「扱いが難しそうだな……」


 枢機卿たちは、迷い人――リョージの扱いに悩んだ。


 会議の成り行きを見ていた教皇が穏やかな口調で話し出した。


「炎の拳に任せましょう。迷い人が自由を愛するなら、好きにしていただけば良い。幸いサイドクリークの教会と迷い人の関係は良いのですから、本部からは支援を行うことにしましょう」


 教皇の言葉で会議は終った。


 教会本部からサイドクリークの教会へ、金貨が転送された。

 名目としては、ゴルガゼ伯爵家からの詫び金である。


 そして、三人の聖職者がサイドクリークの教会へ赴任することになった。

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