第44話 一件落着! (サイドクリークの町編 最終話)

■作者より:いつもより長目の五千文字ちょいです。クライマックスなので切らずに掲載します■


 商業ギルドの中に入ると、緊迫していた。


 商業ギルドの一番奥、以前俺が商業ギルドに訪問した時に、ヤーコフがふんぞり返っていたテーブル近くにヤーコフが立っていた。

 左手でソフィーを抱え首筋に大きなナイフを突き立てている。


 周りにはいつものチンピラが四人。

 そして奥の方に孤児院の子供が抱き合って座り泣いていた。


 俺は怒りで奥歯を強くかみギリッと音が響いた。


(ソフィー! 今助けてやるぞ!)


 俺が駆け出そうとすると、シスターメアリーが俺の肩をつかんで止めた。


「シスターメアリー!」


「リョージさん! 落ち着いて! あなたが間合いを詰めるよりも、ヤーコフのナイフがソフィーを切りつける方が早いわ」


「くっ……」


「チャンスを待つのよ!」


 シスターメアリーに諭され、俺は機会をうかがうことにした。

 ゆっくりと呼吸をして、自分を落ち着かせる。


 ヤーコフは父親のゴルガゼ伯爵と怒鳴り合い激しくエキサイトしている。

 ソフィーを抱える腕には力が入り、右手に握ったナイフをソフィーに突き付けたり、父親のゴルガゼ伯爵に向けたりしている。


「ヤーコフ! いい加減にしろ!」


「父上には関係ないと言ってるのです!」


「関係ある! 我がゴルガゼ伯爵家の家名を貶めているだろう! 領主のコーエン子爵に迷惑がかかっている!」


「私は商業ギルド長として仕事をしているだけです!」


「平民の子供に刃を向けることが仕事か? 恥を知れ! ヤーコフ!」


 不毛な言い合いが続いている。

 まあ、何というか……。

 いい年をしたオッサンが何をやっているのかと……。

 ゴルガゼ伯爵自身は立派な方なのだろうが、子育ては失敗したんだな……。


 俺は少し冷静になって、状況を観察してみた。


 商業ギルド本部の管理官シュルツ男爵は、立ったまま腕組みをして口を真一文字に引き結んでいる。

 面白くなさそうな表情だ。

 とりあえずゴルガゼ伯爵の好きにさせているといったところだろう。


 ヤーコフの護衛をしているチンピラ四人は、困惑している。

 チンピラ四人の顔には『どうする?』と書いてある。

 ヤーコフよりも権力のありそうな伯爵が出て来たことで、身の安全が保たれるのか不安なのだろう。

 孤児院の子供たちから離れた位置にいるので、この四人の制圧は容易そうだ。


 問題はヤーコフだな。

 ソフィーを人質にとって、ナイフを突き付けている。

 貴族かつ伯爵の息子だから、遠距離から石を投げつけて頭部を爆砕するわけにもいかない。

 それに間違ってソフィーに石が当たるリスクもある。

 俺には、とても実行出来ない。


(ん……?)


 誰かが背中をつついた。

 そっと振り向くとシスターエレナが目配せして、口元は『ソフィー』と動いている。


(ソフィーを見ろということか?)


 俺はソフィーに視線を移す。

 するとソフィーの口元が動いている。

 俺に何かを伝えようとしているんだ!


 ヤーコフが乱暴に腕を回し、ナイフを突き付けているので、ソフィーは身動きがとれない。

 だが、ソフィーの表情は落ち着いている。

 大きく開かれた目が俺をとらえ、口元が動く。

 俺はソフィーが同じ言葉を繰り返しているとわかった。


(カチカチ? ビリビリ?)


 カチカチは氷結魔法、ビリビリは雷魔法だろう。

 そうか……!

 俺が人に向かって使ってはいけないと教えたから、ソフィーは魔法を使用して良いか聞いているのだ!


 よし!

 それならソフィーが魔法使うタイミングに合わせて、俺も突っ込む!


 だが、ソフィーが魔法を発動しようとしたとバレて、ヤーコフに害されては……。

 ヤーコフの気を引かなくてはならない。

 そうだ……!


 俺は思いついたアイデアをまとめ、頭の中で段取りを組む。


 当然、不安はある。

 俺はごく普通の会社員で人質救出の訓練なんて受けたことがない。


 だが、やらなければ!

 ソフィーが状況を打開しようとしているのだ。

 俺がやらなくてどうする!


 俺は必死で自分に言い聞かせる。


 出来る……!

 ソフィーたちを助けられる……!

 いや、助けるんだ!


 俺は決意を固め、ソフィーにゆっくりとうなずいた。

 同時に一歩足を踏み出し、口論するヤーコフとゴルガゼ伯爵の間に割って入った。


 俺は計画通りに、取り乱した演技をする。


「ま、待ってくれ! その子を離してくれ!」


「あ? 貴様は生意気な平民の商人だな!」


 ヤーコフが嬉しそうに俺を見た。

 いじめる相手を見つけた下衆の目だ。


 チラリとゴルガゼ伯爵を見ると、眉根を寄せ不快そうな表情を見せた。

 俺が割り込んで来たのが、無礼だと感じたのだろう。

 すぐにコーエン子爵が、ゴルガゼ伯爵の側に来て、ゴルガゼ伯爵の裾を引いた。

 ゴルガゼ伯爵のことは、コーエン子爵に任せて大丈夫そうだ。


 俺はヤーコフに視線を戻す。


「なあ、頼むよ! 何でも言うことを聞くから、その子を離してくれ!」


「ほう? 何でもね?」


「ああ、金か? 金なら払う!」


 ヤーコフは俺――つまりいたぶる相手を見つけて嬉しいのだろう。

 明らかにヤーコフの注意が俺に注がれている。

 ソフィーを拘束する腕の力は弱まっている。


 ソフィーが口を開き呪文を唱えた。


「カチカチ……」


 俺はソフィーの呪文にかぶせて大声を上げる。


「なあ! 頼む! いや、お願いします!」


「そうか! そこまで頼まれては仕方ないなぁ!」


 ヤーコフは、ソフィーが発動した魔法に気が付いていない。

 ヤーコフのナイフを持つ右腕が徐々に凍りはじめている。

 ソフィーは、まずヤーコフの右腕を凍らせて自分に攻撃出来なくするつもりだ。


 それで良い!


 だが、腕が凍り付いて動かせなくなるまで、まだ時間が必要だ。

 俺は時を稼ぐべく演技を続けた。


「お願いします! ヤーコフ様!」


「ほう? この娘はオマエの子供か?」


 俺は両膝をつき、両手を開く。

 精一杯哀れに見せ、いかにも娘を心配する父親といった体でヤーコフに訴える。

 あと少しでヤーコフの右腕が凍り付く……。


「はい、そうです! その子は、私の娘です! 何卒お慈悲を!」


「ふへへへへへ! そうか! 貴様の娘か! ならば父親の前で切り刻んでやろう! まずは――。あれ?」


 ヤーコフが自分の右腕を見て、間抜けな声を出した。

 ヤーコフの右手は、ソフィーの氷魔法で完全に凍り付いていた。

 これではナイフを使えない。


 俺はソフィーに目配せする。

 ソフィーがうなずくと同時に、俺は一気にダッシュしてヤーコフに接近した。

 ソフィーを拘束するヤーコフの左手を蹴り上げた。


 ソフィーが、スルリとヤーコフの懐から脱出する。

 同時に呪文!


「ビリビリ!」


 ソフィーの右手から紫色の稲妻が一瞬走った。

 スタンガンと同じ効果の電気ショック!


「ガガッ――」


 ヤーコフは体をのけぞらせ痙攣した。

 ヤーコフがドウと床に崩れ落ちる。


「うおおおお!」


 俺はチンピラ四人に突進する。

 正面にいたチンピラに体当たりをぶちかます。

 チンピラは壁まで吹き飛び、気を失いズルズルと床に倒れた。


「あっ! テメー!」


「コイツ!」


 チンピラ二人が反応した。

 だが、動きが遅い!

 俺は右のチンピラの腹を殴り、返す刀で左にいたチンピラの顔面にフックを入れた。


 腹を殴られたチンピラは床に四つん這い。

 顔面を殴られたチンピラはぐるりと一回転して、糸が切れた人形のようにバランと倒れた。


 最後の一人は、あ然としていたところに、俺の右フックを顔面にくらい気持ちよさそうに倒れ床とキスをした。


「ううう……」


 うめき声が聞こえる。

 ヤーコフが意識を取り戻したのだ!


 俺は大股でヤーコフに近づく。

 怒りで顔がピクピクと痙攣しているのが、自分でわかる。


 こいつだけは許せない!


 ヤーコフは起き上がろうとしているところだった。

 俺はヤーコフに近づき顔面を鷲づかみにした。

 アイアンクローの要領で、ヤーコフのこめかみに指を食い込ませ頭部を握る。


「娘が世話になったな……」


 右手にグッと力を入れる。

 親指がヤーコフのこめかみに食い込む。

 薬指が逆側のこめかみに食い込む。

 ヤーコフが悲鳴を上げた。


「い! 痛い! 痛い!」


「よくも大事な娘をさらってくれたな!」


 俺はさらに力を込める。

 メリメリと指がヤーコフのこめかみに食い込み、ミシミシと鈍い音が聞こえる。

 ヤーコフは凍っていない左手を使って、俺の手を外そうとするが、頭部にガッチリと食い込んだアイアンクローは外れない。

 俺は腰を落とし右腕を突き上げるようにして、アイアンクローのままヤーコフを持ち上げた。

 ヤーコフの体重が、俺の親指と薬指にかかり、より一層こめかみをきしませる。


「ギャー! 痛い! 痛いよ! すいません! すいません!」


 ついにヤーコフは、身分も世間体も放り出し謝り始めた。

 だが、この男は悪だ!

 身分と立場を振りかざし、貪ったのだ!

 この町の住人を貪り、この町の商人を貪り、この町の領主を貪り、教会を貪り、あろうことか孤児たちまで貪ろうとしたのだ!


 そしてソフィーにナイフを突き付けた。

 その罪、万死に値する!


「すいませんだと? 謝って済むと思っているのか!」


「ウギャー! 誰か助けて! 父上! 助けて下さい!」


「都合の良い時だけ父親を頼るな!」


 俺は鬼の形相でヤーコフをアイアンクローでつるし上げた。

 もう、いっそこの右手に力を込めて、頭蓋を握りつぶしてやろうと思った。


 誰かが俺の右腕に触った。


「リョージ! 止めとけ! そこまでだ!」


 冒険者のガイウスだ。

 見た目凶悪犯の顔を、ぬっと俺の視界に滑り込ませてきた。


「ガイウス……しかし……」


「見ろよ。小便を漏らしてるぜ」


 ガイウスの視線の先を見ると、ヤーコフは床に大きな水たまりを作っていた。


「貴族が親の前で小便を漏らして、命乞いをしたんだ。貴族にしてみたら、死ぬよりも恥なんじゃねえか? それにソフィーちゃんにはオマエが必要だ。こんなヤツ殺して、つまんねえことになるなよ。なっ?」


 ガイウスがニヤリと笑った。

 確かに、ガイウスの言う通りだな。


「ふっ……そうだな……」


 俺はヤーコフを床に下ろした。

 振り向くといかめしい表情をしたゴルガゼ伯爵が、こちらに向かって来る。

 俺はグッと身構える。


 相手は伯爵。だが、俺は謝るつもりはない。

 正義がどうのということではない。

 これは俺の気持ちの問題だ。

 娘に手を出した男に制裁を加えて何が悪い。


 ゴルガゼ伯爵は俺の横で立ち止まり、聞こえるか聞こえないかの小さな声を発した。


「息子が迷惑をかけたな。すまなかった」


 ゴルガゼ伯爵は無言でヤーコフに歩み寄ると、荷物のようにヤーコフを肩に担ぎ商業ギルドから出て行った。


 ゴルガゼ伯爵の謝罪は俺にしか聞こえなかっただろう。

 貴族……、それも伯爵が平民に謝るなど、身分制度がある世界では、あり得ないことではないか?

 だが、ゴルガゼ伯爵は密かに謝罪をしてくれた。

 貴族の立場やメンツを守りながらも、俺に誠意を示してくれたゴルガゼ伯爵の態度は、俺に良い印象を残した。


 タッタッタッと軽快な足音が聞こえた。


「リョージ!」


 ソフィーが飛び込んできた。

 俺はソフィーを抱き上げた。


「ソフィー! ああ……無事で良かった! 良かった!」


「ちゃんとリョージの言いつけを守ってたんだよ!」


「そうだな、ソフィーは偉いぞ!」


 俺とソフィーが抱き合って喜んでいると、シスターメアリーとシスターエレナが笑顔で近づいて来た。


「まあまあ、良かったですわ!」


「ええ。子供たちはみんな無事ですよ!」


「そうですね。これで一件落着ですね」


「いいえ。まだ一つ残っています」


「え?」


 シスターメアリーが、まだ問題が残っていると言う。

 一体何だろう?


 シスターメアリーは、ウインクしながら告げた。


「リョージさんとソフィーを養子縁組しましょう。何せ、『お父さん』、『娘』と呼び合っていましたから!」


「えっ!? いや、その、それは!」


 俺は照れてしまい、思わずしどろもどろになった。

 ソフィーを娘と呼んだのは、ヤーコフの意識を人質のソフィーからそらせるための演技であった。

 だが、俺の本当の気持ちでもあった。


 若い頃、結婚をしたが、子供を作る前に離婚をしてしまった。

 再婚もせず仕事に追われ、気が付けば四十歳になり左遷され、死んで、異世界へ。


 子供が欲しかった、家族が欲しかった。


 俺はソフィーに出会えて救われたのだ。


 俺は抱き上げているソフィーにお願いした。


「ソフィー。俺と養子縁組をして、俺の娘になってくれないか?」


「養子? リョージがお父さんになるの?」


「そうだよ! 俺がソフィーのお父さんになるんだ!」


「いいよ!」


 ソフィーが無邪気な笑顔で俺の頭に抱きついた。

 俺はシスターメアリーに、素直な気持ちでお願いした。


「シスターメアリー。俺とソフィーの養子縁組をお願いします」


「ええ、任せて下さい!」


 養子縁組は教会と領主の許可がいるそうだ。

 その場にいた領主ルーク・コーエン子爵はすぐに許可を出してくれた。

 シスターメアリーが、その場で書類を作成し、俺とソフィーは晴れて親子になった。


「では、ここにリョージさんとソフィーの養子縁組が成立しました! おめでとう! リョージさん! ソフィー!」


 シスターメアリーが俺とソフィーの養子縁組を宣言した。

 シスターエレナが、領主ルーク・コーエン子爵が、冒険者のガイウスが手を叩いて祝福してくれた。


「おめでとう。リョージさん。ソフィー」


「良かったねえ。領民が幸せになって僕も嬉しいよ」


「うう……グスッ! 泣かせるじゃねえか!」


 これで本当に一件落着だ。

 俺はソフィーに手を差し出した。


「さあ、帰ろう!」


「うん!」


 ソフィーが俺の手を握り返す。

 そして、俺の目を見てニパッと笑った。


「お父さん! ソフィー、クリームパンが食べたい!」



 ―― 第三章 サイドクリークの町編 完 ――



 間話と人物紹介を挟んで『ダンジョン編』に続きます。


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