第42話 ゴルガゼ伯爵と管理官シュルツ男爵

 商業ギルド本部の管理官とゴルガゼ伯爵が、執事の案内で応接室に入ってきた。


 俺、シスターメアリー、コーエン子爵は、席を立って二人を出迎え、使いに来た冒険者は部屋の隅の方に立つ。


「お二方ともご来訪ありがとうございます。困っていたので助かりますよ」


「商業ギルドがご迷惑をかけたようで申し訳ありません。私は王都の商業ギルド本部のシュルツです」


 シュルツ管理官はコーエン子爵に頭を下げた。

 シュルツ管理官は、真面目そうな人だ。短く刈り上げた金髪を左右になでつけ、金属製の丸眼鏡の奥で青い瞳が理知的な光を放っている。

 スラッとした体つきで、ベージュ色の商業ギルドの制服を品良く着こなしている。


 コーエン子爵とシュルツ管理官のやり取りを聞く。

 二人に面識はないが、シュルツ管理官は男爵位を持ち、王家に連なる公爵家の遠縁にあたるそうだ。

 爵位は男爵だが、ルーツが王家だからきっと名門なのだろう。


「ゴルガゼ伯爵。王都のパーティー以来ですね。こんな辺境までご足労をいただき恐縮です」


「いやいや、こちらこそ愚息が迷惑をかけているようで大変恐縮だ」


 もう一人のゴルガゼ伯爵――商業ギルド長ヤーコフの父親――は、ガッシリとした体格の大男で、貴族服がパンパンではち切れそうだ。

 オールバックにした黒い髪に、ピンと左右に張ったカイゼルひげ。

 ギロリとした大きな目に、迫力がある低くて太い声。

 将軍とか、元帥とか、軍の偉いさんといった印象だ。


 顔のパーツはヤーコフと似ているが、ヤーコフは貧相だし、体格はだらしがない。

 親子なのだろうが、あまりにも印象が違う。


 ゴルガゼ伯爵が、シスターメアリーに目を向けた。


「はて? そちらの女性は? どこかでお目にかかった気がするが?」


「ゴルガゼ伯爵、シュルツ管理官。こちらは精霊教教会のシスターメアリーです」


 コーエン子爵が二人にシスターメアリーを紹介する。

 シスターメアリーは、ニコリと穏やかな笑みを浮かべて挨拶をした。


「ムーロン男爵家が三女。精霊教教会司祭のメアリーでございます。ゴルガゼ伯爵とは、北部の魔物討伐でご一緒いたしましたわ」


「思い出した! 『炎の拳』殿か! 聖サラマンダー騎士団の!」


「ええ。お懐かしゅうございますわ!」


 驚いたことにシスターメアリーは貴族だった。

 どことなく品がある印象だったが、出自が貴族なら納得だ。


 シスターメアリーとゴルガゼ伯爵の話は弾んだ。

 貴族同士の思い出話に割り込むのは無礼だと思うし、コーエン子爵が俺のことを紹介しなかったので、俺はシスターメアリーから一歩引いて静かにしていた。


 正直、焦る気持ちはある。

 単にソフィーを助けるなら、俺が商業ギルドへ突っ込んでチンピラたちを殴り倒せば良い。


 だが、ヤーコフは貴族だ。

 後処理を考えると、目の前にいる二人――管理官のシュルツ男爵とヤーコフの父親ゴルガゼ伯爵は味方にする方が良い。


 領主コーエン子爵も後処理を考えているから、二人に対してにこやかに対応しているのだろう。


 コーエン子爵はシュルツ男爵とゴルガゼ伯爵をソファーに座らせ事情を説明した。

 コーエン子爵に促され、俺は二人にスマートフォンで映像を見せた。


『貴様のような生意気な平民は、痛い目にあわせてやる! ヤレ!』


 俺が暴行を受けるシーンになると、ゴルガゼ伯爵が怒りを露わにした。


「愚かな! 守るべき領民に、あのようなゴロツキをけしかけるとは! 伯爵家の恥だ!」


 良かった~。

 ヤーコフの父親ゴルガゼ伯爵は良識的な貴族のようだ。


 商業ギルド管理官のシュルツ男爵も渋い顔で眼鏡をクイッとした。


「商業ギルドとしても困りますね……。商業ギルドは様々な利害調整を行う組織です。力尽くで、いうことを聞かせようとする行いは認められません」


 シュルツ管理官は公正な人物らしい。

 淡々とヤーコフの行いを指弾した。


 そして領主コーエン子爵が誘拐事件について触れた。


「ヤーコフ殿は、教会の孤児院の子供を五人さらいました。『子供を返して欲しければ、言うことを聞け』と教会を脅しております」


「なんだと!」


「うーむ……」


 ゴルガゼ伯爵は立ち上がり、シュルツ管理官は腕を組んで目をつぶった。

 ゴルガゼ伯爵は大分エキサイトしている。


「そのような卑怯な振る舞い! 武門の名門ゴルガゼ家の家名を貶める! なんたる恥辱!」


 シュルツ管理官がゴルガゼ伯爵に告げた。


「ゴルガゼ伯爵。奥様から強く頼まれて、ご子息を商業ギルド長にいたしましたが……、この有様では……」


「ええ、もちろん! 商業ギルド長を解任の上、商業ギルドから追放して下さい! あやつは軍に放り込んで性根をたたき直してやります。いや、シュルツ男爵にも、コーエン子爵にも申し訳ない。あれは母親が甘やかし過ぎました」


 ヤーコフの処分は、貴族同士の話し合いで決着した。

 裁判ではなく、貴族同士の話し合いで決まってしまうことにモヤッとした気持ちがある。

 だが、貴族同士だからこそスムーズに話しが進んだ面もあるだろうと、俺は自分を納得させた。


 ヤーコフは軍でしごかれるといい。

 ハートマン軍曹みたいな鬼軍人に、『サーをつけろ! このウスノロ!』と罵倒されて欲しい。

 汚い言葉で罵られろ!


 領主コーエン子爵が、冷静にゴルガゼ伯爵に返答する。


「僕としては商業ギルド長が交代するなら良いですが、教会を気にして下さい。今回、教会が一番大変だったので」


「炎の拳殿、いや、シスターメアリー。ご迷惑をおかけして申し訳ない。教会には当家から寄付をさせていただくので、何卒穏便に」


「承知いたしました。本部には、あまりゴルガゼ伯爵家を責めないようにと口添えさせていただきますわ」


「かたじけない」


 シスターメアリーは、ゴルガゼ伯爵の謝罪を受け入れた。

 ゴルガゼ伯爵家にガッツリ寄付をしてもらう。

 今回の落としどころとしては、そんなところだろう。


 コーエン子爵が立ち上がった。


「さて、それでは商業ギルドへ行きましょう。孤児院の子供たちを解放しなければ」

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