第39話 暴力反対!

 俺、ソフィー、シスターエレナが移動販売車に乗って教会に戻ってくると、教会の前で何やらもめごとが起きていた。

 警備の若い冒険者が、商業ギルド長ヤーコフたちと押し問答をしている。


「だから! アンタたち商業ギルドは立ち入り禁止だよ!」


「黙れ! 若造! 話があると言ってるだろうか!」


「知ったことかよ! 俺は依頼を受けて、ここの警備をやってるんだ!」


「貴様!」


 商業ギルド長ヤーコフは、かなりエキサイトしている。

 ヤーコフは貴族家の一員と聞いたけど、領主ルーク・コーエン子爵とは随分印象が違う。

 短気で自己中心的。

 とても敬意を払う気になれない。


「はあ……。リョージさん。どうしましょう?」


 シスターエレナが、眉根を寄せため息を吐き出す。

 俺は商業ギルド長ヤーコフの行動を予想していた。

 それでも、しつこいなとウンザリした気持ちにさせられる。

 シスターエレナは尚更だろう。


 ソフィーなんて、『バチバチ? カチカチ?』と俺を見てつぶやいている。

 いや、雷魔法と氷魔法はダメだぞ。


 こういった場合の対応は決めてある。


 俺はポケットからスマホを取り出し、動画の撮影を始めた。

 ワイシャツの胸ポケットにスマホを差し込むと、カメラが外に出るのでボディカメラになる。


「シスターエレナとソフィーは、車内にいてください。対応は俺に任せて! 何があっても外に出ないように!」


「わかりました」


「うん!」


 二人を車内に残して、俺はもめごとの現場に向かう。


 あー、不味い!

 商業ギルド長ヤーコフと護衛のチンピラ四人がエキサイトして、警備の若い冒険者一人を囲みだした。

 警備の若い冒険者の手が剣の柄に伸びる。


 俺は大きな声で止めに入る。


「待った! 待った! 町中で刃傷沙汰は不味いですよ! お兄さん、すぐに他の人も呼んできて!」


 若い冒険者は、他の冒険者を集めに教会の中に走った。

 俺は商業ギルド長ヤーコフたちと対峙する。


「おや? ヤーコフさんじゃありませんか! こんなところで騒ぎを起こしてはいけませんよ」


 俺は友好的に接する。

 胸ポケットではスマホが撮影しているからだ。さらに、移動販売車のドラレコもこの様子を撮影している。

 何かあった時の証拠だ。


 俺はフレンドリーに話しかけたのだが、ヤーコフたちは煽られたと感じたようだ。

 額に青筋を立ててエキサイトする。


「貴様! リョージだな!」


「はい。リョージですが、何か?」


「何かではない! よくもやってくれたな!」


「何のことでしょう?」


 俺は普通に受け答えしているだけなのに、ヤーコフの怒りのボルテージが上がって行く。

 歯をむき出しにして、顔は真っ赤だ。


 あれれ?

 俺って煽りスキル高いか?


 ヤーコフは俺を指さす。


「知っているぞ! 貴様は開拓村で商売をしているだろう!」


「何のことでしょう?」


「ふん! とぼけても無駄だ! 商業ギルドが手配した商人が開拓村を訪問したのだ! だからオマエのやったことは全部知ってるんだ!」


「はあ、そうですか」


 なるほど。

 開拓村を回る商人がいなくなったので、開拓村に手下を送り込んだのか。


「貴様は塩の販売をしただろう!」


「やってません」


「嘘をつくな!」


「嘘じゃありません。私は領主様の依頼を受けて開拓村で塩を配っただけです。私は銅貨一枚儲けていません」


 これは本当だ。

 塩は儲けなしでやっている。

 村人から大銅貨一枚を受け取り、領主ルーク・コーエン子爵に大銅貨一枚を支払っている。


「じゃあ、魔物の魔石や毛皮は! 村人から買い取っているだろう!」


「いいえ。違います。冒険者ギルドの依頼で、開拓村から冒険者ギルドへ運んでいるだけです。私は利益なしでやっています。冒険者ギルドに確認していただいて構いませんよ?」


「くっ……。では、開拓村で酒や古着を販売している件はどう説明する!」


「あれは精霊教信者同士の交流です」


「また、それか! ふざけやがって!」


 俺は淡々と冷静に答えたが、ヤーコフは俺の態度も答えも気に入らなかったようだ。

 拳を握りしめ、目を血走らせている。


(来るかな……?)


 俺はグッと腹に力を入れ覚悟を決めた。

 追い詰められたヤーコフが頼るのは――。


「貴様のような生意気な平民は、痛い目にあわせてやる! ヤレ!」


「「「「ヘイ!」」」」


 こういう連中のお約束。

 暴力だ。

 覚悟はしていたが、恐怖感がある。

 俺はボクシングのように両手で顔面をガードし体を縮めた。


「この野郎!」

「ヤーコフさんに何て口の利き方だ!」

「生意気な野郎だ!」

「オラオラ!」


 チンピラ四人が俺に殴る蹴るの暴行を加える。

 最初、俺は怖いなと思っていたのだが……。


(あれ? 全然痛くないんだけど?)


 怪我をしたらシスターエレナに回復魔法ヒールをかけてもらおうと思っていたのだが、全くダメージを感じない。

 殴られ蹴られているのは認識できるが、軽く肩を叩かれたくらいの感覚なのだ。


 俺はこの世界に来てすぐゴブリンと戦ったことを思い出した。


(そうか! 俺の力が異常な強さになっていたように、体も丈夫になっているのか!)


 ゲームでいうと防御力が大幅にアップしている感じだろう。

 俺は余裕を持ち、両手のガードの隙間から様子をうかがった。


 ヤーコフは、腕を組みご満悦の様子だ。

 俺がもうじき泣きを入れると思っているのだろう。


 視線を上げて俺を殴るチンピラの顔を見る。

 チンピラたちは、歯を食いしばり額から脂汗を流している。

 ひょっとしたら殴っている手が痛いのかもしれない。


 教会の扉が開いて、シスターメアリーと冒険者たちと飛び出してきた。


「まあ! リョージさん!」


「こら! オマエら何をやってんだ!」


「止めろ!」


 よし!

 これでヤーコフたちが俺に暴行した証人も得られた。

 移動販売車にいるシスターエレナにソフィー、シスターメアリーに冒険者たち。

 さらに胸ポケットのスマホ動画と移動販売車のドラレコ動画がある。

 これだけ証人と証拠が揃えば、何かあっても大丈夫だろう。


 俺はこの暴行を終らせるべく動き出した。

 両手で目の前にいるチンピラを軽く押す。


「止めてくださーい!」


「ぐおっ!」


 俺は軽く押したのだが、チンピラは後ろに吹き飛んだ。

 チンピラは二回転してヤーコフの足下に転がり、ヤーコフは目を見開き驚く。


 続いて左側にいるチンピラを押す。


「暴力はいけませーん!」


「ぐえっ!」


 チンピラは空中を飛びアメリカのアニメみたいにビタンと教会の壁に貼り付いた。

 シスターメアリーと冒険者たちは、ポカンと口を開けて驚いている。


 俺は続いて右側と後ろのチンピラを押す。


「平和的に話し合いましょー! 暴力反対!」


 そう、平和が一番なのだ。

 争いを選んだチンピラ二人は、俺に押されてゴロゴロと地面を転がり失神した。

 ズボンが濡れているが、武士の情け……そこはスルーしよう。


 俺はパンパンと服の汚れを払って、ヤーコフへ向かってゆっくりと歩みを進める。

 ヤーコフは、俺の暴力反対・平和活動を見て驚いたのだろう。

 俺が前へ進む分だけ後退る。


「なっ……なっ……なっ……!」


「ヤーコフさん。暴力はいけませんね」


「ば……化け物! ヒイィィィィィ!」


「あっ! ちょっと――」


 ヤーコフは悲鳴を上げて逃げ出した。

 地面には、謎のシミが残っていたが、武士の情け……スルーしよう。


「リョージさん!」

「リョージ!」


 シスターエレナとソフィーが移動販売車から降りて駆け寄ってきた。

 ソフィーが俺に飛びつき、俺はしっかりとソフィーを受け止めた。


「リョージ! 強い! 凄い!」


「はは! そうか! そうか!」


 ソフィーに褒められて、俺は一気に上機嫌になる。


「心配しましたけど、大丈夫でしたね!」


「シスターエレナ。ご心配をおかけしました。まあ、あの程度なら何てことはありません」


「頼もしいです!」


 美人のシスターエレナに褒められ、オッサンとしては非常に照れくさく困ってしまう。


「ねえ。リョージ。ソフィーお腹が空いた!」


「そうか、そうか。じゃあ、晩ご飯の支度をしよう!」


 邪魔な連中は追い払ったし、暴行の証拠映像が撮れた。

 俺はそろそろヤーコフに退場してもらおうと考えた。

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