第38話 ひるがお
――開拓村を訪問し始めてから二週間が経った。
開拓村の反応は非常に良く、俺は商売をしつつ会話の中で、『領主上げ! 商業ギルド長ヤーコフ下げ!』を着実に行った。
領主ルーク・コーエン子爵の評判は上がり、商業ギルド長ヤーコフの評判は地に落ちた。
もう、どこの開拓村も相手にしないだろう。
開拓村の村人たちのリクエストにも応じている。
まず、古着。
古着は委託販売で対応した。
サイドクリークの町の服屋――庶民向けなので古着がメインだ――と交渉して、古着を預かり開拓村で販売する。
俺は開拓村までの運び賃や手間賃として売り上げの二割をもらう。
この服屋はソフィーがお手伝いをしたことがある服屋で、古着の相場価格はソフィーの頭の中に入っている。
俺とソフィーは、移動販売車の通路にのせられるだけの古着をのせて開拓村で販売を行う。
服屋は新規の販路開拓になるし、村人は沢山の服の中から自分の欲しい服を選べる。 俺は『仕入れゼロ、在庫ゼロ』のノーリスクで商売が出来る。
三方良しで、みんなハッピーだ。
次に魔石など魔物由来の素材だ。
魔物の魔石や毛皮は冒険者ギルドへ持ち込む。
俺は冒険者ギルドと相談して、俺の儲けはゼロにする代わりに冒険者ギルドからの依頼という形にしてもらった。
冒険者ギルドとの取り引き、冒険者ギルドから信用や評価を得る方を、儲けよりも選んだ。
ギルドとしては買い取り価格が決まっているので、どれだけ遠くから持ち込もうが買い取り価格は変わらない。
本来、ギルドが買い取った価格から、俺が手間賃を抜いて村人に売却代金を渡すのだが、俺は手間賃をゼロにして右から左で村人にお金を渡した。
正直、村人から微々たる額を徴収してもしょうがないし、それならついでの無料サービスと割り切ったのだ。
これは意外な効果があって、村人が酒や古着を多めに買ってくれるのだ。
『手間賃なしは、ありがたい!』
『それじゃ、浮いた手間賃で酒を買うか!』
『私は子供のズボンを買うよ!』
結果、売り上げが増えた。
当然、温泉にも入っている。
この世界の温泉は不思議で、エモラ村のように白い湯もあれば、透明な湯もあるし、ピンク色、青色、緑色と日本ではお目にかかったことのない湯にも遭遇した。
地中のマナによって湧き出るマナ温泉ならではだ!
訪問する開拓村には温泉があることが多いので、俺の楽しみになっている。
一日に二つか三つの開拓村を訪れるので、多い日は三回温泉に入る。
シスターエレナとソフィーには呆れられているが、オッサンは温泉と健康ランドが大好きなのだ。
ソフィーは正規の従業員としてお給料を払うことにした。
さすがにクリームパンとアイスクリームでは不味いレベルに働かせているのだ。
ソフィーは冒険者ギルドに口座を作って、しっかり貯金している。
将来、孤児院を出る時に備えているのだ。
『将来のことを考えて偉いぞ!』
『えへへへ!』
俺はソフィーを褒め、温泉から出た後はジュースを与えている。
ソフィーに甘くなるのは、まあ、仕方ない。
オッサンは、愛らしい子供が好きなのだ。
シスターエレナは、毎日移動販売車に同乗して開拓村を回っている。
商業ギルド長ヤーコフに文句を言われた時に『精霊教の布教活動』と反論出来るので、ありがたいのだが付き合わせてしまって申し訳ないと思っていた。
だが、違った!
シスターエレナとしても、開拓村に出張するのは『願ったり!』だったのだ。
シスターエレナは、開拓村に着くと村長さんとお話しして、亡くなった村人の墓前で祈りを捧げる。
日本でいうところの法事だ。
開拓村には教会がないので、葬式は村人たちだけで行っている。
事後であっても、シスターエレナが死者への祈りを捧げてくれることは、村人にとって大変ありがたく心が慰められるのだ。
こうして開拓村を巡回して顔を売り精霊教の信者を増やす。
↓
信者が増えると村に教会を建てて欲しいと依頼が来る。
↓
教会が建つということは、教会長が必要になる。
↓
つまり偉い人用の役職――ポストが増える!
神学校を卒業した新人たちの勤務先にもなるので、精霊教の本部にとって新しい教会建立は非常に重要。
俺たちが訪問している二百人くらいの村は狙い目だそうで、シスターエレナは開拓村への訪問活動を報告書として本部に送る。
この報告書はシスターエレナの評価になる。
いやはや、お澄まし顔のシスターエレナが着々と実績を積み重ね、精霊教内での評価を高めているとは気が付かなかった。
なかなかのやり手である。
『高価な壺は売らないですよね?』
『壺は売りませんが、精霊教の教えを記した書やこのようなネックレスは販売していますよ』
精霊教では、本部への上納金がない。
代わりに精霊書とネックレスを本部から買い信者に売る。
なかなかの商売である。
精霊の宿の経営も好調で、宿泊客の冒険者の中には精霊教に傾倒する人もいる。
何でも精霊の宿に泊まるようになってから調子が良いとか、運が良いとか。
きっとシスターメアリーが、ガッツリ取り込んでいるだろう。
さて、今は開拓村を二箇所回った帰りである。
三人で温泉に入って、移動販売車の中でジュースを飲む。
ソフィーが歌を口ずさむ。
「えーび♪ ランランランラン♪ ランランランラン♪」
あれ? 俺の好きな曲! クレイジーケンバンドの昼顔だ!
「ソフィー、なんでその歌を知ってるの?」
「リョージがいつも温泉で歌ってるよ! 覚えちゃった!」
「えっ!? そうだっけ!?」
温泉でご機嫌になって口ずさんでいたようだ。
シスターエレナがクスクス笑う。
「よく聞こえてきますよ。私も覚えました」
「いや、下手な歌を聴かせてしまって恥ずかしいです」
「いえ、楽しそうで聞いている私たちも楽しいですよ」
俺たち三人は、移動販売車で走りながら一緒に歌を歌った。
ソフィーが頭を左右に揺らし、俺とシスターエレナも体を揺らす。
三人で楽しい時間を過ごした。
だが、サイドクリークの町へ戻ると教会の前で警備の冒険者と誰かがモメているのが見えた。
商業ギルド長ヤーコフだ!
俺は腹をくくり移動販売車を進めた。
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