第36話 エモラ村で訪問販売
村長さんに案内されて、エモラ村の中に入った。
エモラ村は、かなり大きな村だ。
木製の門を入って、通りを移動販売車で走ると左右に木造の家が連なっている。
領主ルーク・コーエン子爵に聞いた話では、住民数二百人を越える大きな村とのことだ。
移動販売車を広場に止めると、ワラワラと村人たちが集まってきた。
村長さんに村人が欲しがる物を聞き、移動販売車から商品を持ち出す。
移動販売車の前に商品を並べて販売開始である。
「エモラ村のみなさん! こんにちは! 私はリョージと申します。こちらは助手のソフィー。そして、精霊教のシスターエレナです。領主様が塩が不足しているだろうと皆さんを心配していました。そこで私が来たのです。これから販売を始めます!」
ワッと村人が群がってきた。
「塩をちょうだい!」
「ウチも塩がなくなりそうなんだよ!」
まずは女性が塩を欲しがった。
塩は領主ルーク・コーエン子爵から預かっている。
コーエン子爵は、『塩がないとみんな困るでしょ? 塩は安くしてあげてよ』と言っていた。
塩で儲けなくても人が増えれば自然に税収が増えるので、塩はある程度の価格で安定しているのが望ましいという方針だそうだ。
コーエン子爵から俺への塩の卸売り価格は大銅貨一枚、約百円。
塩に関しては、俺は儲けなしで販売することにした。
「塩は大銅貨一枚です! これは領主様からの援助価格です! 次からは高くなりますからね!」
領主の人気取りツールとして塩を使うのだ。
村の女性たちは、安い塩に大喜びである。
「安いわね!」
「領主様のおかげね!」
「凄く助かるわ!」
そうだよ。
大事なのは領主で、商業ギルドではないのだ。
ソフィーが塩の入った壺から小さな木のカップで岩塩をすくい、村の女性たちが持ってきた木の皿に入れる。
俺は塩の販売をソフィーに任せ男性陣の相手だ。
「お酒を持ってきましたよ! 焼酎という私の国の酒です! 試しに飲んでみて下さい!」
「おっ! 悪いな!」
「俺も試させてくれ!」
「俺も!」
「俺も!」
村長さんによれば村では娯楽がなく、男性陣の娯楽は集まって酒を飲むことらしい。
ところが、酒を切らせてしまい男性陣は、かなりストレスが溜まっているらしい。
『何でもいいから酒を頼む!』
村長さんは切実だった。
そこで移動販売車に積んである酒の出番だ!
今回販売する酒は、大手メーカーの焼酎『小五郎』だ。
アルコール度数二十五度。二.七リットルペットボトル入り。
クセがなく誰でも飲みやすいスッキリした味わい。
お値段お手頃、千九百五十円!
コップに入った焼酎小五郎を男性陣は一口ずつ回し飲みする。
「おっ! 強い酒だな!」
「カー! きくなぁ~!」
「うはっ! いいね!」
「ああ、俺は好きだな!」
焼酎が村人の口に合うか心配したが、受け入れてもらえたようだ。
俺は飲み方を紹介する。
「水で割って果物の果汁を入れても楽しめますよ! 寒い季節になったらお湯割りもイケます!」
「ほー! 美味そうだな!」
「いいんじゃね!」
「皆で金を出し合って買おう!」
「俺も金を出すよ!」
「焼酎一本は大銀貨一枚です!」
大銀貨一枚は、日本円で一万円だ。
塩を儲けなしにしたから、酒で取り返す算段だ。
それに焼酎は、この世界で一般的に飲まれている酒『エール』より、アルコール度数の高い酒だし、魔の森の中にある開拓村まで販売に来ている。
普通の商人なら冒険者を護衛に雇って経費をかけてくるのだ。
そう考えると大銀貨一枚でも妥当な値付けといえる。
結局、男衆でお金を出し合って、焼酎二本をお買い上げいただいた。
毎度あり!
一方で売れなかった商品もある。
衣類――ティーシャツだ。
「こんな真っ白な服は着られないよ!」
「すぐに汚れちまう!」
「古着はないのかい?」
うむむ……、難しいものだ。
俺の感覚だと、新品の方が嬉しいのだが、開拓村の村人感覚では『作業で汚れても気兼ねなく着られる古着』の方が嬉しいらしい。
次は古着も持ってくると約束して勘弁してもらった。
買い取り希望は、村人が仕留めた魔物の魔石や毛皮と薬草だ。
これは冒険者ギルドへ持ち込むので、手書きで預かり証を発行した。
畑で採れた野菜は孤児院の晩ご飯で使えるので、相場の値段で買い取る。
俺の商いは村人に好評で、また来て欲しい、早く来て欲しいとせがまれた。
俺とソフィーが商売としている間に、シスターエレナは亡くなった方に祈りを捧げ村長から寄付金をいただいていた。
かくして開拓村訪問作戦の一カ所目は成功に終わった!
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