第32話 作戦その一 教会で市場

 ――翌日の昼。


 教会の敷地は、威勢の良い掛け声で溢れていた。


「さあ、いらっしゃい! 大きなカボチャだよ! とれたてだよ!」


「串焼き! 串焼きだよ!」


「カゴ! ザル! いりませんか! カゴ! ザル!」


 教会の敷地の中に沢山の露店があるのだ。

 シスターメアリーが『広場の代わりに教会の敷地内に露店を出してオーケー!』と教会の敷地を開放したのだ。


 広場で商売をしようとすると商業ギルドに金をせびられる。

 しかし、教会は無料!

 昨日から今日にかけて、孤児院の子供たちが町の中でセッセと声がけをした。


 近隣の農家、屋台の商売人、手仕事でこさえた小物を売りたい住人が、喜んで教会の敷地に出店した。


 そしてお店目当てで、サイドクリークの住人たちが教会にやって来た。

 なかなかの賑わいだ。


 教会の敷地内で商売をさせるのは、俺の発案だ。

 商業ギルド長ヤーコフが失脚するまで、仮のマルシェが誕生。

 まずは領主ルーク・コーエン子爵の悩みを一つ解消だ。


 露店の周りには、木製のベンチやテーブルを運び込みフードコートスタイルになっている。

 俺とソフィーもドリンクを販売して、まずまずの売れ行きだ。

 俺がエールを一樽仕入れて来て、ソフィーが氷魔法『カチカチ!』を発動!

 ロックアイス入りの冷えたエールを売っているのだ。


「さあ! エールいかがですか! 冷えて美味しいエールだよ! 氷が入った冷たいエールだよ!」


 俺も周囲に負けじと声を張る。


 エールは樽で買っているので、ジョッキ一杯の原価は銅貨五枚(五十円)になる。

 大銅貨一枚のエールを氷入りで販売し、大銅貨五枚(五百円)で売る。

 冷えたエールを出す店は、これまでなかったので、物珍しさと美味しさから飛ぶように売れている。


 俺とソフィーで儲けは山分けにすることになっているので、俺もソフィーも笑いが止まらない。

 何より無税なのが素晴らしい。


 今までは移動販売車のビールが売り切れたら終売だったが、この町で作ったエールを販売すれば相当な量をかっぱじける。


 昼から人が沢山いるし、住民の皆さんは昼でもエールをグビリとやるのだ。

 幸い天気が良く、さんさんと陽射しが降り注いでいる。

 喉が渇いたところに、冷えたエール。

 鉄板だろう!


 買い物客で賑わい良い雰囲気だったが、邪魔が入った。


「これはどういうことだ! 市場を開いているじゃないか!」


 商業ギルド長ヤーコフと取り巻きのチンピラたちである。

 ヤーコフは大声で『商業ギルドに金を払え』と怒鳴り続け、チンピラたちが周りを威嚇する。


 露店の店主たちは手を止め、買い物に来た住民たちは何事かと足を止めた。


 俺とヤーコフの目が合った。

 ヤーコフはネッチリした目で俺をにらみながら近寄ってきた。


「オイ! ここで何をやっている!」


 俺は営業スマイルを発動し、ヤーコフにニッコリと微笑む。


「精霊教徒として、他の信者の方と交流をしています」


「ふざけるな! 商売をしているだろう!」


「精霊教徒の交流です」


「商売するなら商業ギルドに金を払え!」


「商売ではありません。宗教活動の一環です」


「ダメだ! 金を払え!」


「そういったことは、シスターメアリーにお話しいただけますか?」


 俺は笑顔でヤーコフの後ろを指さした。

 ヤーコフが振り向くと、イイ笑顔のシスターメアリーが立っていた。


「シスターメアリー! 宿の経営だけでは飽き足らず市場まで開くとは! 商業ギルドにケンカを売っているのか!」


 ヤーコフはシスターメアリーに凄むが、シスターメアリーは黒い笑顔を浮かべ微動だにしない。


「あら! 信者同士で物資を融通しているだけですわ! 信者の交流ですよ?」


「ふざけるな! そんな言い訳に、私が納得すると思っているのか!」


「あなたが納得しようがしまいが、私と精霊様と精霊教会には関係ありません!」


「貴様……! こうなったら実力行使だ! オイ! オマエら! 店を打ち壊せ! 商売できなくしてやれ!」


 ヤーコフがチンピラたちに命令し、強硬手段に打って出た。

 だが、シスターメアリーは笑顔を崩さないし、俺も動かない。

 これは想定していた事態なのだ。


 露店を破壊しようとしたチンピラの腕を、二回り太い腕がつかんだ。


「オイ! 何やってんだ! ここで乱暴なことをするんじゃねえ!」


 冒険者の強面ガイウスである。

 世紀末、反社、顔面凶器、敵に回すと怖いが、味方になるとこんなにも頼もしい。


 ガイウスとガイウスの冒険者パーティー『豪腕』の面々が、ヤーコフたちと露店の間に立ち塞がった。


 ヤーコフがガイウスの胸を突く。


「貴様! そこをどけ!」


「ダメだ! 俺たちは教会の警備を請け負っている。文句があるなら相手になるぞ!」


「なに? 教会の警備だと?」


「そうだ。乱暴は許さんぞ!」


「チッ!」


 ヤーコフが腕を組み舌打ちをする。

 だが、目は嫌な感じでギラギラしていて、まだ諦めていないとわかる。


「オイ! 貴様! 教会からいくらもらった? 私が倍だそう! こっちに付け!」


 ヤーコフはガイウスたちを買収し寝返らせようとした。

 だが、ガイウスは表情一つ変えずに淡々と返事をする。


「ダメだ。教会の警備は、領主が冒険者ギルドへ正式に出した依頼だ」


 ヤーコフが初めて動揺した。

 目を大きく開き裏返った声を出す。


「領主の依頼だと!? 嘘をつけ!」


「本当だ。教会を三つの冒険者パーティーが交代で一日中警備している。不届きな者が近づかないようにな! アンタは不届き者か?」


「嘘だ! 嘘だ!」


 ヤーコフはわめきちらすが、嘘ではない。

 昨日、領主ルーク・コーエン子爵に俺が発案したのだ。


『教会内で市場を開く。表向きは精霊教徒の交流とする。商業ギルド長ヤーコフが邪魔をしに来るだろうから、冒険者を警備につける』


 領主、冒険者ギルド、教会の三つの勢力が、商業ギルドに対抗することになる。

 ヤーコフも分の悪さを理解したのだろう。


 さあ、トドメと行きますか……。


 それまで騒ぎに背中を向けて、静かに座って酒を飲んでいた人物がスーッと立ち上がった。

 領主ルーク・コーエン子爵だ。


 コーエン子爵は、ヤーコフの後ろから近づきポンと肩を叩いた。


「やあ、ヤーコフ。僕が警備の依頼を出したけど、何か問題なの?」


「ご……ご領主様!?」


 ヤーコフはまさか領主のコーエン子爵がいるとは思わなかったのだろう。

 目を白黒させている。


「な、なんで領主が教会の警備を?」


「教会を保護するのは領主の務めだからね。王都でもそうでしょう?」


「いや……お待ち下さい! 見ての通り、ここで市場が開かれています! これは商業ギルドの権益を侵す敵対行為です! 領主様からも教会へ抗議して下さい!」


「信者同士の交流でしょう? さっきシスターメアリーが言ったよね?」


「しかしですね!」


「それよりさ。ヤーコフは、露店を打ち壊そうとしたでしょう?」


「いえ。そのようなことは……」


「僕は聞いていたよ。乱暴なことは止めて欲しいんだよね。わかった?」


「はい……」


 ヤーコフがうなだれると同時に拍手と歓声が湧き上がった。

 一連のやり取りを見ていたサイドクリークの住人たちだ。


「そうだよ! 乱暴は止めろ!」


「だいたい、商業ギルドがあちこち口を出し過ぎなんだよ!」


「帰れよ!」


「「「「「帰れ! 帰れ!」」」」」


 帰れコールにヤーコフとチンピラたちは居心地悪そうな顔をした。

 ヤーコフは、サイドクリークの住民も敵に回したのだ。

 商業を生業とする者としては最悪だ。


 そしてついにヤーコフがきびすを返した。


「クソッ! 覚えてろ!」


 ヤーコフは陳腐な捨て台詞を吐いて去って行った。


 俺は領主ルーク・コーエン子爵に近づき頭を下げる。


「ありがとうございます。コーエン子爵のおかげでバッチリでした!」


「礼を言うのはこちらの方だよ。リョージ君の作戦通りに上手くいったね。住民たちは買い物できて喜んでいるし、露店を出した人たちもお金になって万々歳だね」


「コーエン子爵が、私の案を採用して下さったからです」


「うんうん、ありがとうね。王都の商業ギルド本部に報告しておくよ。『ヤーコフが露店を壊そうとしていた』ってね」


「よろしくお願いします。では、続いて作戦その二を?」


「うん。お願いね」


 俺は領主ルーク・コーエン子爵の了解を得て、次の作戦に着手する。

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