第31話 領主ルーク・コーエン子爵
サイドクリークの町の領主屋敷は立派な屋敷だった。
木造三階建ての建物で基礎はしっかりとした石組み。
白く塗られた壁に青い屋根が、上品な雰囲気を醸し出している。
俺とシスターメアリーは、使用人の案内で応接室に通された。
応接室はふかふかの絨毯に品の良い調度品が並ぶ。
俺は家具にあまり詳しくないが、イタリア製の高級家具に似た雰囲気だ。
応接室のソファーに座り、無言で領主を待つ。
シスターメアリーから聞いた話では、領主はルーク・コーエン子爵という四十五歳の人物で穏やかな人柄らしい。
「いやあ、お待たせしました。シスターメアリー。お久しぶりですね」
応接室の扉が開いて、貴族服を着た人の好さそうなおじさんが入って来た。
いや、おじさんは失礼か。俺と同世代なのだ。いや、やっぱりおじさんだ。
マッシュルームカットの金髪。
フサッとした白いヒゲ。
ややぽっちゃりした体型で、ゆったりとソファーに腰掛ける。
ルーク・コーエン子爵は、目元の印象も話し方も優しげで、シスターメアリーから聞いた通りの人物に見えた。
領主ルーク・コーエン子爵とシスターメアリーが挨拶を交した後、シスターメアリーが俺を紹介する。
「こちらはリョージ殿です。教会で経営する宿屋についてアドバイスをいただいています。私は商売について疎いので、今日は同行してもらいました」
領主ルーク・コーエン子爵がこちらを向く。
俺は丁寧に頭を下げた。
「リョージ・コメビツと申します。領主閣下にお目にかかれて光栄です」
「丁寧な挨拶をありがとう。でも、僕は礼儀作法をあまり気にしないから。ここは辺境にある領地だからね。格好つけていたら魔物に襲われて死んじゃうよ。ざっくばらんに話して構わないよ」
「はい。ありがとうございます」
ふむ。育ちの良い坊ちゃんが、そのまま大きくなった人という印象だ。
これならまともに話が出来そうだ。
領主が頭ごなしに命令する横柄な人物じゃなくて、俺はホッとした。
まず、シスターメアリーが、教会が『精霊の宿』という宿屋を経営し始めたことを報告した。
領主のルーク・コーエン子爵は、ニコニコと笑って話を聞いていた。
「それは大変結構ですね。いやあ、補助金を打ち切ったから心配していたのです。ダンジョンが発見されたでしょう? それで王都のあちこちにお金を配って権利を確定させていたのですよ」
なるほど。権利関係の調整でお金が必要だったのか。
シスターメアリーは、穏やかにうなずき話を続ける。
「それで確認ですが、宿屋は税を納めなくてはなりませんか? 宿屋の中で宿泊客に食事や酒を販売していますが、その分も納めなくてはなりませんか?」
シスターメアリーの質問に、コーエン子爵は首をブンブンと振った。
「いえいえ! 教会に対して領主は保護を与える立場です。教会内でご商売をいただいて構いません。税は無用です」
オッケー!
領主から無税と保証をもらった!
俺は表面上平静を装いながら、心の中でガッツポーズをした。
続けて、シスターメアリーが昨晩起った商業ギルド長ヤーコフとのトラブルを強い口調で訴えた。
「わたくし、とても怖かったですわ! 何やら人相の悪い男たちを取り巻きにして、ああ、恐ろしい!」
「シスターメアリー。それは災難でしたね」
シスターメアリーは、ここぞとばかり商業ギルド長ヤーコフの非道を訴え、身震いして見せた。
領主ルーク・コーエン子爵は、深い同情の眼差しをシスターメアリーに向ける。
シスターメアリーは意外と強かで、昨晩は商業ギルド長ヤーコフに強く出たが、今日は領主ルーク・コーエン子爵に弱々しくすがった。
態度を上手く使い分けている。
商売関係は弱いが、交渉ごとは案外上手いのかもしれない。
コーエン子爵が深くため息をついた。
「商業ギルド長ヤーコフには困っているのですよ」
俺とシスターメアリーは顔を見合わせる。
教会だけじゃなく、領主様も被害にあっているようだ。
「まあ、何がございましたの?」
「実は……」
領主ルーク・コーエン子爵から打ち明けられたのは、かなり頭の痛い話だった。
商業ギルド長ヤーコフは、王都からやって来た貴族の三男だ。
一年前に前任者と交代したそうだ。
前の商業ギルド長は商人出身の落ち着いた人物で領主と上手くやっていたのだが、ヤーコフは領主の領地経営方針に異を唱えた。
それまで、サイドクリークの町は商売を自由に行って良いとし、小規模な商人は無税としていた。
「まあ、何せ王都から離れた辺境にある領地だからね。商人が来てくれるだけでありがたいし、住民が増えれば商業税以外の税収が増えるからね。小商いから税を絞り取っても意味がないと、僕は考えたんだよ」
領主ルーク・コーエン子爵の政策は上手くいったそうだ。
サイドクリークの町は徐々に商人が増え、農家が広場で出店を開き、行商人が開拓村を回る。
近隣の貴族領との交流も活発になり、住民が増え、冒険者も増えた。
冒険者が集める魔の森で採れる素材は王都に運ばれ、冒険者ギルドから納められる税収で町は潤った。
商業ギルドも領主の方針に足並みを揃え、大店や儲けた行商人には商業ギルドへの加入を促し会費を徴収したが、駆け出しの商人や近隣農家の出店にはノータッチだった。
「けどね。ヤーコフはお金を集めだしたんだよ。彼は王都から左遷されて、この町へ来たらしい。そこで王都のあちこちにお金をばらまいて復権しようと目論んでいるのさ」
ヤーコフは、かなり強引に金集めを行っているらしい。
小規模の商人や駆け出しの行商人にも商業ギルドへ加入させ、高く商品を卸し販売ノルマをかけたらしい。
俺は領主の話を聞いていて、どこかのブラック営業会社みたいだなとゲンナリした。
「昨日は、酷くてね。シスターメアリーの教会だけではなく、広場の出店からもお金を集めようとしたらしいんだ。それで陳情が沢山来て、僕は大忙しだったよ」
領主ルーク・コーエン子爵の話が一段落した。
シスターメアリーは、全方位にケンカを売るようなヤーコフのやり方に呆れていた。
「それは……、領主のお力でなんとかなりませんの?」
「うううん……。商人のことは商業ギルドの管轄だと突っぱねられてしまってね。王都の商業ギルド本部に使者を出したよ」
「そうですか。王都の本部が対応してくれると良いのですが……」
「うん。それより問題なのはね。ヤーコフに反発して、この町を離れる商人が出て来たんだよ。開拓村を回る行商人はいなくなってしまった。それに広場の出店がなくなると、宿屋や定食屋が野菜を仕入れにくくなるんだ」
「それは困りましたわね!」
シスターメアリーが、チラリと目配せした。
俺に動けと?
現在のサイドクリークの町は、良くない状況だ。
商業ギルド長ヤーコフの進退については、王都の商業ギルド本部の対応を待つしかない。
だが、それまで町の商業をなんとか維持しないと不味い。
宿屋や定食屋が営業できなければ、冒険者が離れてしまうこともあるだろう。
そうなると、教会が経営する『精霊の宿』も苦しくなる。
(どうしたものかな……)
俺はしばらく考えてから口を開いた。
「あの……当座しのぎですが、アイデアを思いつきました」
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