第21話 初日の売り上げ

 精霊の宿オープン初日が終った。

 シスターメアリーとシスターエレナは、慣れない仕事でグッタリしてしまったので、俺が晩ご飯を用意した。


 移動販売車にあった野菜と肉をざくざくっと切って、焼き肉のタレでざっと炒める。

 実に男らしい虚無なワンディッシュだったが、孤児院の子供たちは『美味しい! 美味しい!』と喜んでくれた。


 焼き肉のタレは偉大!

 マジで偉大!

 とりあえず何でも焼いてタレをかければ美味しく食べられる。

 俺は焼き肉のタレに両手を合わせて拝んだ。


 そしてソフィーには、お手伝いのお礼にコッソリとクリームパンを渡した。

 飛び上がらんばかりに喜んでくれた。



 夜の八時になり、孤児院の子供たちが寝付いた。

 俺、シスターメアリー、シスターエレナの三人が、教会の執務室に集まった。


 会議用のテーブルを三人で囲み、今日の反省会だ。

 テーブルの上には宿帳と木箱に入った銀貨が置いてある。


 俺は会社員時代の会議の要領で話を進めた。


「お疲れ様でした」


「「お疲れ様でした~」」


 お二人とも疲れているが、表情から充実感があふれている。

 わかる! わかるよ! 商売が上手く行くと嬉しいよね!


 俺は二人にニッコリ笑って、今日の売り上げを記した大学ノートを見せる。


「今日は五十三人のお客様が宿泊されました。売り上げをまとめました」


 シスターメアリーとシスターエレナが、大学ノートをのぞき込む。

 なぜかは知らないが、俺はこの世界の言葉を話せて読み書きも出来る。

 大学ノートには、この世界の言語で計算結果を記した。



 ■ 宿泊売り上げ ■

 ・個室 三人 銀貨九枚

 ・六人部屋 五十人 銀貨五十枚

 ・合計 銀貨五十九枚


 ■ 薪代売り上げ ■

 ・薪 大銅貨五枚 二つ販売 銀貨一枚


 ■ 本日の売り上げ総計 ■

 ・総計 銀貨六十枚



「精霊の宿! 初日の売り上げは、銀貨六十枚です!」


 精霊の宿は今日一日で銀貨六十枚の売り上げがあった。

 日本円換算で六万円だ。


 宿泊人数は五十三人で、定員が百名なので、単純に計算すると五十三パーセント。

 開業初日としては、合格点ではないだろうか。


 シスターメアリーとシスターエレナは、目を丸くしてプルプル震えている。


「ぎ……銀貨六十枚……そんな大金……!」


「シスターメアリー……大変ですよ……!」


 シスターエレナは、『姉さん、事件です』と口走りそうな勢いだ。

 お二人は予算の少ない教会でやりくりに苦労したのだろう……。


 俺としては、まだまだこの施設で稼ぎ出せると思うが、最初から色々言ってはシスター二人がパンクしてしまう。

 今はお二人と一緒に喜びを分かち合おう。


「お二人は、お酒は?」


「飲めますよ!」


「大丈夫です」


「では、こちらで乾杯しましょう!」


 俺は缶入りの梅酒を三つテーブルに置いた。

 シスターメアリーとシスターエレナは、不思議そうに梅酒缶を見ている。


 俺は二人に手本を見せ、プシュッ! と梅酒缶を開けた。

 二人も俺の真似をして梅酒缶を開ける。

 甘い匂いが漂う。


「では、精霊の宿オープンを祝って! 乾杯!」


「「乾杯!」」


 梅酒を口にする。

 甘く優しい味だ。

 ああ、ホッとするな。


 シスターメアリーとシスターエレナは、梅酒を一口飲むと『ほうっ……』と息を吐いた。


「美味しいお酒ですね!」


「甘くて美味しいです! これなら私も飲めます!」


「このお酒は梅酒というお酒で、私の国では女性に人気があるんですよ」


 梅酒はお二人に大好評だ。

 ゆっくりと梅酒を味わいながら、三人で今日のことを色々話す。

 特にトラブルは起きていない。

 冒険者ギルドの紹介客や現役冒険者であるガイウスの紹介客なので、客筋が良いのかもしれない。


「そういえば、リョージさん。お酒の販売はいかがでしたか?」


 シスターメアリーが俺に尋ねる。

 お酒の販売は好調だった。

 ビールは移動販売車に積んである在庫三ケースが全部売れた。


 おつまみも大好評で、特に缶詰が売れ筋だ。

 焼き鳥、コーンビーフ、マグロフレーク缶、サバ缶。

 フルーツの缶詰は女性冒険者に人気だった。


 俺とソフィーはフル回転で、後片付けもして大変だった。

 この世界の連中は、缶ビール、缶詰、プラ包装を見たことがないので、使い捨てだとわからないのだ。


『こういう鉄の器は珍しいな』


『これ不思議なお皿だな……透明なんだ。スライムで出来てるのか?』


 なんて声が聞こえた。


 日本製のゴミをその辺にポイ捨てするわけにもいかないので、とりあえずゴミ袋にまとめてある。

 おいおい処分方法を考えないと……。


 俺が酒類販売の様子を二人に話すと、シスターメアリーが感心して声を出した。


「さすがリョージさんですね! そんな商機があるなんて、私は思いませんでした」


「しばらくは、私が商いさせていただきますが、宿屋経営が軌道に乗ったら人を雇ってお酒や定食を出すと良いと思います」


 収入のアテは多い方が良い。

 孤児院の子供たちが、ちゃんと食べられるように収入を増やして欲しいのだ。


 今日の缶ビールとオツマミの売り上げは、銀貨五十枚。

 宿の売り上げ銀貨六十枚に迫る勢いだ。


 正直、銀貨五十枚の売り上げを外部に流出させるのは惜しい。

 教会内でこの売り上げを抑えた方が良い。


 俺の言葉にシスターメアリーは、ちょっと驚いている。


「え? よろしいのですか? リョージさんは、どうされるのですか?」


「実は先々どうするか、まだ考えてないのです」


 行き当たりばったりだが、スローライフならそれもまたヨシだ。

 せっかく面白そうな世界に来たのだ。

 色々やってみたいなという思いがある。


「そうだ! 売り上げの一割銀貨五枚が教会の取り分です。こちらをどうぞ」


 俺は銀貨五枚をシスターメアリーに差し出した。

 シスターメアリーは、両手でうやうやしく銀貨を受け取った。


「ありがとうございます。このお金は教会への寄付とさせていただきますね」


「ええ。教会と孤児院にお使い下さい」


 こうして教会は安定収入を得た。

 孤児院が飢えることもなさそうだし、俺がいなくても大丈夫だ。


 シスターメアリーとシスターエレナの穏やかな表情を見て、俺は一仕事終えた充実感に浸った。


 精霊の宿に乾杯!


 ―― 第二章 完 ――



 第三章に続きます。


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