第16話 宿屋を始めよう!

 冒険者ギルドを後にして、俺たちは教会へ戻ってきた。

 早速、シスターメアリーとシスターエレナに宿屋の話をする。

 場所は孤児院の食堂だ。

 ソフィーも目を覚まして、俺の隣にチョコンと座っている。


 俺は教会の宿坊を宿屋にすることを提案し、冒険者ギルドで宿屋が不足している情報を仕入れたと伝えた。


「――というわけで、教会の宿坊を宿屋にすれば、収入が見込めます。教会の経営が大変そうなので、助けになればと考えました。いかがでしょうか?」


 俺の提案に若いシスターエレナが質問した。


「食事の用意が心配です。教会の大人は、私とシスターメアリーしかいません。お客様を泊めたらお世話に手が回らないと思うのですが?」


「最初は、『食事なしの素泊まり』のみにしてみては? 宿坊の台所は広かったので、自炊してもらえば良いです。掃除は孤児院の子供にお手伝いをお願いすれば、なんとかなるんじゃないでしょうか?」


 俺は海外のバックパッカーをイメージして提案した。

 若い頃、オーストラリアを旅したのだが、若い人たちが節約しながら旅行をしていた。


 バスの周遊パスとバックパックに安宿。

 心には好奇心。


 そんな若い旅人たちは、四人部屋の相部屋に安く泊まり、食事はスーパーで買った食材を自分で調理して安く上げるのだ。


 三つ星の一流ホテルだけが宿泊施設ではない。

 それなりの宿屋もニーズがあるのだ。


 俺の説明を聞いてシスターエレナが不安そうな表情を消した。


「それなら出来そうですね! 収入が増えるのは、とてもありがたいです!」


 シスターエレナは前向きだ。

 目がキラキラしている。


 責任者のシスターメアリーは、どうだろう?


 俺がシスターメアリーに目を向けると、シスターメアリーが勢いよく立ち上がった。


「やりましょう!」


 おお! シスターメアリーもやる気だ!

 シスターメアリーは、グッと拳を握り、決然と前を向いている。


「リョージさん。私はね! こんな日が来るのを待っていたのですよ!」


「そうなんですか!?」


「ええ! ええ! 実は前任者の尻拭いで……、本当に予算がなくて……、子供たちにもロクな食事をさせてやれないし……、私やシスターエレナも節約節約……。もう! ウンザリですわ!」


「は……、はあ……」


 シスターメアリーは、激しく首を振る。

 こりゃ相当ストレスが溜まっていたんだな。

 我慢の限界というわけだ。


「現金収入ですわ! 現金収入!」


「そうです! シスターメアリー! 現金収入!」


 シスターエレナも立ち上がった!


「現金収入!」


「おお! 現金収入!」


 俺とソフィーは、驚いてポカンだ。


 だが、二人がやる気になって良かった!

 箱はあるんだ。

 箱、つまり資産。

 この話は資産を上手く活用しようという話で、初期投資はミニマムでやれば良い。


 二人がやる気を出してくれたなら、きっと上手く行く。


「では、すぐに動きましょう! 俺は冒険者ギルドへ行って、スタッフに宿坊を見てもらうように依頼します。冒険者ギルドに宿泊客を紹介してもらいます」


 シスターメアリーがうなずく。


「わかりました。では、私とシスターエレナでお客様を受け入れる準備をしましょう。ソフィーは町へ出て手の空いてる孤児院の子を連れてきてちょうだい。みんなでお掃除しましょうね」


「はい! シスターメアリー!」


 ソフィーも元気いっぱいに返事をする。

 だが、大切な事を一つ忘れていた。


「そうだ! シスターメアリー、シスターエレナ。宿の名前はどうしましょう?」


 シスターメアリーとシスターエレナが顔を見合わせる。


「宿の名前……」


「宿坊に名前はなかったですね……。教会の名前は、精霊教サイドクリーク教会です」


「うーん、宿らしい名前があった方が良いと思うんです。冒険者ギルドに宿屋として紹介してもらうにしても、『なんとかの宿』と名前があった方が紹介しやすいと思います」


 教会に泊まって下さいとは、冒険者ギルドのスタッフも言いづらいだろう。

 ○○の宿に泊まって下さい。場所は精霊教の教会ですよ――の方が、案内がスムーズだ。


「それはそうですね……」


「そうですわね……」


 シスターメアリーとシスターエレナは困っている。

 突然のことだし、なかなか思いつかないようだ。


 そこで俺から宿の名前を提案してみることにした。


「それでは、『精霊の宿』はいかがでしょう?」


「精霊の宿! 良いですね! 教会が経営するのに相応しい名前ですね!」


「精霊様のご加護がありそうですね! 賛成です!」


 シスターメアリーとシスターエレナが笑顔で賛成してくれた。


「では、宿の名前は『精霊の宿』にしましょう!」


「「「はい!」」」

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