第14話 教会の箱物 宿坊
朝食は、みんな大満足で終えた。
教会の責任者シスターメアリーが優しい笑顔で俺に話しかけてきた。
「リョージさん。今日は、どうされるの? ご商売?」
「今日はあちこち見て回ろうと思います」
これから仕事をどうするか考えたい。
スローライフで生きていくという目標は立てたし、移動販売車の在庫が補充されることはわかった。
だが、昨日と同じように市場で商売が成り立つのか?
昨日は、ソフィーが手伝ってくれて、たまたまお金持ちの冒険者と商売が出来た。
正直、俺の実力ではない。
果物ナイフやティーシャツが定期的に売れるかどうかわからないし、他にどんな商品が売れるのか知りたい。
もっと言えば、どんな物を売ったら不味いのかを知りたい。
例えば領主専売の塩。
そういった情報、常識を得るために今日は一日あてよう。
それに……この孤児院だ。
今朝は俺が食材を寄付したので、子供たちがお腹いっぱい笑顔で食事が出来た。
だが、俺がずっと食材を寄付できるかわからないし、孤児院が俺個人に依存してしまうのはあまりよろしくない。
孤児院の子供たちを見て改めて思ったが、この孤児院は貧しい。
子供たちは痩せ細っているし、朝食を食べる様子はかなりがっついて、まともな食事をとれていないようだ。
教会が経営している孤児院だが、予算が不足しているのだろう。
では、教会の財務状況はどうなのか?
教会と孤児院を何とかしてあげたいと思うが、さすがにそこまで突っ込んだ話をするのは、はばかられる。
ああ、イカン!
スローライフを目標にしているのに、色々なことを考えてしまうし、手を出そうとしてしまう。
そもそもスローライフはライフスタイルであって、目標にするようなことじゃないよなぁ……。
ワーカホリックの中年サラリーマンの悲しさよ!
俺がそんなことを考えていると、俺の隣に座るソフィーが元気よく手を上げた。
「じゃあ、ソフィーが案内してあげる!」
ソフィーは、すっかり俺に懐いてくれたようだ。
娘が出来たみたいで非常に嬉しい。
「ああ、お願いするよ!」
俺は笑顔になり、優しくソフィーの頭を撫でる。
シスターメアリーはニコニコ笑いながら、俺とソフィーのやり取りを見ていた。
そして、シスターエレナに指示を出した。
「それではシスターエレナもリョージさんをご案内して下さい」
「かしこまりました」
シスターエレナは快く請け負ってくれた。
胃袋をつかむっていうから、ハムエッグ効果かな?
朝食の片付けは、シスターメアリーと子供たちがやってくれるとのことなので、俺はシスターエレナとソフィーの案内で、まず教会の中を見て回ることにした。
教会は広い敷地の中にある。
道路に面しているのは、教会の建物だけだが、奥に孤児院ともう一つ大きな建物があった。
「シスターエレナ。あの建物は?」
「あれは宿坊です」
「宿坊?」
「はい。精霊教の信者が寝泊まりする施設です。今は使われていません」
宿坊ね……。
「拝見しても?」
「ええ。大丈夫ですよ」
宿坊は木造二階建てで、TVで見た木造の小学校のような外観をしていた。
シスターエレナが扉を開けて宿坊の中へ入る。
「広いですね……」
「ええ。百人が泊まれます」
「えっ!? 百人!? 立派な施設じゃないですか!」
「シスターメアリーの前の責任者が建てたのですが、使われていなくて……」
宿坊はなかなかの設備だった。
個室があり、大人数で泊まれる部屋があり、台所と大食堂もある。
「シスターエレナ。この宿坊は、どういった経緯で建てられたのでしょうか?」
「前任者のことなので、私も詳しくは知らないのですが――」
シスターエレナによれば、シスターメアリーの前に責任者を務めた神父様がこの宿坊を建てたそうだ。
当時は教会にお金があったそうだが、宿坊建設に注ぎ込んでしまい経営が苦しくなった。
神父様は責任を問われて、王都にある教会本部に呼び戻された。
後任のシスターメアリーがやって来て、教会の経営を立て直そうとしたが、領主からの補助金が打ち切られてしまう。
そして貧乏に!
「シスターエレナ。なぜ、補助金が打ち切りに?」
「さあ、詳しくはわかりませんが、領主様も税収が減って大変らしいです」
「そうなんですね……」
ちなみにシスターエレナは、シスターメアリーとともに王都から派遣されてきたそうだ。
お金のない教会は、とても大変な状態らしい。
途中からシスターエレナの愚痴を聞かされてしまった。
「そうですか……。それは大変でしたね。しかし、その神父様は、なぜこんな大きな宿坊を建てたのでしょうか?」
「教会本部から聞いた話ですが……。神父様は『建物があれば、信者が沢山くると思った!』そうです」
あちゃ~、やっちまったな!
箱物を造れば商売が上手く行くと考えていたパターンだな。
ちょっとでも商売に携わったことがある人間には信じられない話だが、こういう考えの人は実在する。
日本でもバブル時代にあったらしい。
箱物を建てたまでは良かったが、経営が成り立たなくて負の遺産になってしまったそうだ。
「ねえ! リョージ! 町へ行こう!」
ソフィーが退屈してきたのか、ピョンピョン跳ねながら俺を引っ張る。
「そうだな! 町を見に行こう!」
俺、ソフィー、シスターエレナの三人で、移動販売車に乗り込み、サイドクリークの町をドライブだ。
みんなが珍しそうに移動販売車を見る。
サイドクリークの町は、東側に領主の館。
北と南は大きな街道が通っていて、隣の貴族領へ続いている。
西側は開拓村へ続く道が通じていて、俺が来たのはこの西側だ。
ソフィーは、はしゃいでいたが、いつの間にか眠ってしまいシスターエレナに寄りかかっている。
俺は町の中で車を走らせながら、シスターエレナに話しかけた。
「結構人がいますね」
「このサイドクリークの町は、魔の森が近いですから冒険者や商人が多い町です。商人は魔物の素材や魔の森で採れる薬草や鉱石が目当てで、王都からも来ますよ」
「へえ!」
「夕方になると冒険者が魔の森から戻ってくるので、もっと人がいますよ」
「賑やかな町なんですね」
「子爵領としては、大きい方です」
「ほうほう……」
俺はちょっとしたことを思いついた。
大きな町で、町外から人の流入が多い。
それなら、教会にある宿坊を宿屋にしてはどうだろうか?
冒険者や商人が利用してくれるのではないだろうか?
教会で宿屋を経営すれば、安定収入になり、孤児院の子供たちの食事事情も改善されるのでは?
「ちょっと冒険者ギルドに用が出来ました」
俺は自分のアイデアが良いかどうか確かめてみることにした。
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