第11話 迷い人
俺とシスターメアリーに、もうお一方女性が加わった。
お名前はシスターエレナ。
このシスターエレナさんだが、まぶしいくらい美しい女性で、シスター服越しに素晴らしい物をお持ちだと分かるお方だった。
俺は気合いで目線を下げないようにした。
シスターメアリーは、落ち着いて優しそうなおばちゃん。
シスターエレナは、きれいなお姉さん。
この教会は、お二人で運営をされているという。
シスターメアリーの提案で場所を変え応接室へ。
応接室……といっても、精一杯良く言っても質素な部屋だ。
非常にシンプルなデザインで木製の背もたれ付きのベンチと、これまたシンプルデザインの木製のローテーブル。
俺は、シスターメアリー、シスターエレナと向き合って座り、丁寧に挨拶を述べる。
「改めてご挨拶をさせていただきます。私は旅の商人で、米櫃亮二と申します。リョージとお呼び下さい。今日は、ソフィーさんに店のお手伝いをしていただき、大変助かりました。ソフィーさんから『孤児院に泊まっては?』と、提案され厚かましくもお邪魔した次第です」
ちょっと硬いかな? とも思ったが、この世界で教会や聖職者――つまり宗教がどんな位置づけなのかわからない。
物凄い権威があるのか?
庶民に身近な存在なのか?
わからない以上は、まずは丁寧に接した方が良いだろうという判断だ。
俺の心境としては、慎重さ半分、警戒が半分といったところである。
俺の丁寧な挨拶に、シスターメアリーとシスターエレナはホッとした表情を見せた。
ちゃんとした人だと安心してくれたのだろう。
「まあ、まあ。ご丁寧な挨拶をありがとうございます。私がシスターメアリー。この精霊教教会の責任者です。こちらはシスターエレナです。私の補佐をお願いしています」
「改めてご挨拶しますね。初めまして、エレナです」
シスターエレナは、ニコリと品良く笑った。
あまりの美しさに俺は年甲斐もなくドキッとしてしまい、慌てて気を引き締める。
(若いお嬢さんに鼻の下を伸ばしてはダメだぞ! それ、即ちセクハラの始まり!)
俺は左遷される原因になったセクハラ上司を思い出し、心の中で警鐘を鳴らす。
お二人にキモイオッサンと思われるのは嫌だからな。ソフィーにも嫌われそうだし……。
「リョージさんは、どちらからいらしたのですか? この国の方ではないですよね? 服が違いますし、お顔立ちも違いますね……」
シスターメアリーが俺の身元を探るように問いかけてきた。
笑顔だが声が少々硬い。
「はい。日本という国から来ました」
「ニホン? 聞いたことがないですね? シスターエレナはご存知かしら?」
「いいえ。シスターメアリー。ニホンという国は聞いたことがありません」
シスターメアリーが眉根を寄せ、シスターエレナは不安そうだ。
俺の身元がハッキリしないからだろう。
(さて……どうするかな……)
俺はビジネス用の笑顔のままで考える。
シスターメアリーとシスターエレナの二人は、いわゆる『腹黒い聖職者』ではなさそうだ。
この教会を見た限りだが、あまりお金には縁がなさそう……。
清貧なのか、単に貧乏なのかは不明だが、少なくとも変な金集めはやっていないまともな宗教施設に感じた。
お二人は優しそうな雰囲気だし、ここは信頼を得る方向が吉か?
変な誤魔化しや嘘はつかない方が良いのでは?
俺はそんな風に考えて、本当のことを正直に話すことにした。
「信じられない話かもしれませんが、実は――」
俺は異世界から来たことを二人に打ち明けた。
事故で気を失い気が付いたら、この世界にいた。
サイドクリークの町にたどり着き、商売を始めたところソフィーに出会って助けられた。
信じてもらえるかな? と、心配していたのだが、二人のシスターは深くうなずいた。
そして、シスターメアリーが口を開いた。
「するとリョージさんは、迷い人ですね」
「迷い人……ですか?」
「ええ。この地には、時々違う世界の人が迷い込むのです。精霊教では大精霊様のお導きといわれています」
「は……、はあ……」
俺の話が信じてもらえたのは嬉しいが、『大精霊のお導き』と急に宗教チックな話になり、俺はちょっと引いてしまった。
俺は気を取り直して質問をする。
「すると……、私のような迷い人が他にもいるのでしょうか?」
若いシスターエレナが、俺の質問に答えた。
「過去には存在していました。精霊教では、大精霊とともに魔物と戦った聖マルコが有名です。それから、遥か東にあるエド国の初代王エドモンドは迷い人であったそうです」
「へえ~! 活躍した迷い人がいるんですね!」
「聖マルコとエドモンド王は、ジャパンという国から来たと伝わっています」
「ああ! それは私と同国人です! 日本の別の呼び名がジャパンなのです!」
俺は同郷の人物が活躍した話を聞いて嬉しくなった。
だが、そうするとだ。
聖マルコは、丸子さん。
エドモンドは、江戸
と、いう可能性があるな。
「迷い人は、この国で好意的に受け止められているのですね!」
俺は弾んだ声を出したが、シスターエレナは気まずそうな顔をしている。
やがて申し訳なさそうに、シスターエレナが返事をした。
「そうとも言えません。悪いことをした迷い人もいるのです。戦乱を起こした迷い人や犯罪者になった迷い人もいます」
「あっ……そうなんですね……」
俺の気持ちが一気に落ちた。
戦乱を起こしたり、乱暴者になったり……。
この世界に適応出来なかった迷い人かもしれない。
どうも迷い人というのは、この世界に住む人にとって良くもあり悪くもある存在のようだ。
俺が無言で考え込んでいると、シスターエレナが語り出した。
「これは私が神学校で学んだ話です。迷い人は、精霊によって導かれ、精霊によって強力な力が与えられるそうです」
「精霊……あっ!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
シスターエレナが驚いているので、俺は詫びながら大声を出した理由を話す。
「大きな声を上げて、申し訳ない。実は日本からこの世界に来る間、かすかな記憶があって、誰かが何か話していたような気がするのです。シスターエレナのお話にあった精霊ではないかと……」
「きっとそうです! 精霊様のお導きがあったのですね!」
シスターエレナは、両手を胸に当てて祈りだした。
この両手を胸に当てるポーズが、精霊教の祈りのポーズらしい。
シスターエレナの話には、うなずける点があった。
精霊によって強力な力を得る――というところだ。
俺の力は明らかに強くなっている。
ゴブリンと戦った時は石を弾丸のように投げることが出来た。
それに移動販売車だ。
カーナビが生きていること。
結界があること。
なぜなのだろうと不思議だったが、精霊が移動販売車の機能を強化したのなら納得だ。
俺が精霊から得た力をどう使うか?
俺の存在が精霊に試されている気がした。
俺は姿勢を正して、シスターメアリーとシスターエレナに宣言した。
「もし、私が精霊によってこの世界に導かれ、精霊によって力を得たのであれば、私は人を幸せにするために力を使いたいと思います。少なくとも悪事に力を使うことはいたしません」
まあ、もちろんスローライフをベースとするので、無理のない範囲であるが。
シスターメアリーとシスターエレナは、安心したのか笑顔が柔らかくなった。
俺が迷い人で害のない人間だと認めてもらえたようだ。
シスターメアリーが、笑顔で俺に告げた。
「正直に話していただいて嬉しかったわ! ぜひ、泊まっていって下さいな!」
―― 第一章 完 ――
第二章に続きます。
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