第10話 教会 シスターメアリー登場
サイドクリークの町の門で、門番さんに入場料を支払う。
クロエさんたち『銀翼の乙女』が、果物ナイフとティーシャツを買ってくれたので、懐は温かい。
入場料銀貨一枚――約千円の支払いは問題ない。
上手に商売してくれたソフィーに感謝だ。
さあ、あとはソフィーを孤児院まで送って、今日の宿を決めなくては。
「ソフィー。孤児院まで送って行くよ。孤児院はどっちだい?」
「あっち!」
俺はソフィーの案内で移動販売車を走らせる。
もう、夕方でサイドクリークの町中は、家路を急ぐ人が沢山居る。
(そういえば……、俺の子供の頃は日本もこんな感じだったな……)
俺が死ぬ間際の日本は……、お店は二十四時間営業で昼も夜もない生活。
でも、俺が子供の頃は、夜遅くまで開いているお店は少なく、夕方になり晩ご飯が近くなるとみんな家に帰った。
夏休みの終わり、夏の終わりを惜しむセミの音。
辺りが暗くなり、母が俺を呼ぶ。
子供の頃の平凡な一日が、今考えるととても幸せな一日だったとわかる。
ひょっとしたら、この世界で俺は幸せを取り戻せるのかもしれない。
あくせく働き、嫌な上司に我慢し、滅私奉公で会社に尽くす必要は、もうないのだ。
俺はノスタルジックな気分に浸りながら、この世界で人生をやり直そうと思った。
――スローライフ。
そんな言葉が俺の頭に浮かんだ。
うん、悪くない。
ノンビリとスローライフで生きて行こう!
俺は生き方を見つけて嬉しくなった。
俺の気分が伝わったのか、ソフィーが機嫌の良い声で話しかけてきた。
「ねえ! リョージはどこに泊まってるの?」
「今日、この町に来たばかりで、宿は決めてないよ」
「じゃあ孤児院においでよ! お部屋は沢山あるよ! リョージが泊まれるように、私が頼んであげる!」
「えっ!? 大丈夫かな?」
ソフィーは孤児院に泊まれと言うが迷惑ではないだろうか?
ただ、俺はこの世界に来てまだ初日で知り合いがソフィーしかいない。
ソフィーを孤児院まで送って、孤児院の人に挨拶して話だけでもしてみよう。
宿屋を紹介してもらっても良いし、もし孤児院に泊めてもらえるなら、孤児院に泊まっても良いだろう。
ソフィーと仲良くおしゃべりしながら移動販売車を走らせ孤児院に到着した。
孤児院はキリスト教の教会に似た木造の建物だった。
屋根の上には十字架ではなく、板を放射線状に組み合わせたアスタリスク『*』に似たシンボルが立っている。
「ソフィー……。ここは……教会か?」
「そうだよ! 精霊教の教会だよ! 教会の中に孤児院があるんだよ!」
「精霊教……」
「知らないの?」
「うん。俺は違う国から来たから、精霊教というのは初めて聞いた。じゃあ、教会の偉い人を紹介してくれるかな? 挨拶がしたいんだ」
「わかったよ!」
孤児院の敷地は広く、木製の柵で囲われていた。
俺は邪魔にならなそうな場所に移動販売車を止めて、ソフィーの案内に従う。
教会は木造で、かなり大きな建物だ。
しかし、あまり手が行き届いてない様子で、正直、大きいけれどボロイ印象を受けた。
あまり裕福な教会ではないらしい。
教会の正面にある観音開きの入り口から、俺とソフィーは教会の中に入った。
教会の中は、大きなホールになっていて天井も高い。
奥には、白い大きな石像が四つ飾られている。
「ただいま!」
ソフィーが大きな声で帰宅を告げると、右奥の扉が開いて年輩の女性が入って来た。
女性は、キリスト教のシスターに似た黒っぽい服を着て、眼鏡をかけている。
上品そうな雰囲気を醸し出していた。
女性はニコニコと優しい笑顔で、ソフィーを迎えた。
「まあ、まあ、ソフィーお帰りなさい。そちらは、お客様かしら?」
「うん! リョージだよ! 今日、私がお店のお手伝いしたの! あのね、シスターメアリー。リョージを泊めて欲しいの」
「まあ、そうなの? リョージさんは、教会のお客様なのね。じゃあ、リョージさんとお話しするから、ソフィーはシスターエレナを呼んできてちょうだい」
「はーい!」
ソフィーは、元気よく走ってホールから出て行った。
「ソフィー! 走ってはダメよ!」
シスターメアリーという女性は、笑顔でソフィーにお小言を告げた。
シスターメアリーは子供が好きなんだろう。
「リョージさん。もう、一人来るのでちょっと待ってくださいね」
シスターメアリーが、ニコリと俺に笑った。
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