第5話 賢い少女ソフィー

 サイドクリークの町中をゆっくり移動販売車を走らせ、五分ほどで広場に到着した。

 俺は広場の隅に邪魔にならない場所を見つけ移動販売車を止めた。


(まずは市場調査だ!)


 早くお金を稼がなくてはならないが、どんな物が売れるかわからない。

 俺は広場を歩き出した。


 広場はフランスのマルシェみたいな感じで屋台やゴザを敷いただけのお店が沢山出ていた。


 農民が野菜を木箱に入れて並べただけのお店。

 木製の食器やトレーを並べているお店。

 串焼き肉の屋台もある。

 店の数は二十店ほどだ。


(なるほど。誰でも店を出せるんだな。活気があって、なかなか良い市場だ!)


 俺は市場の雰囲気の良さに安心し、さらに観察を続ける。

 市場を行き交う人たちの顔立ちはヨーロッパ系の雰囲気だが、髪の毛の色は多彩だ。

 金、銀、赤、青、緑と日本ではお目にかかれない髪色の人がいる。


(人種が地球とは違うんだな。えっ!? あれは!? ドワーフ!? エルフ!? 獣人!?)


 人種どころか種族も地球と違っていた。


 背が低くヒゲもじゃで筋骨隆々のドワーフ。

 耳が長くスラッとして美形のエルフ。

 三角耳と尻尾を生やした獣人。


 マンガの中でしかお目にかかったことがない種族がいる。

 広場を眺めると多数派は人間だが、人間以外の種族もチラホラいる。


(何を食べるんだろう? 俺たちと同じかな?)


 マンガだとドワーフは酒ばかり飲んで、エルフは菜食主義者みたいなイメージだ。

 知り合いになったら聞いてみよう。


 グルッと広場を回って、雰囲気はつかめた。

 俺は移動販売車の荷台に乗り込み思案する。


(この中に人を入れて大丈夫かな……)


 俺の移動販売車は、トラックの荷台が箱状になっていて箱の内部が店になっている。

 お客さんが乗り込むタイプの移動販売車だ。


 だが……。


(武装している人を見かけたな……)


 広場を歩いていると、剣や槍を持っている人が普通に歩いているのだ。

 腰のベルトにナイフを差している人もいた。


 どうやらこの町は武装オーケーらしい。

 日本のように銃刀法で武器を規制していないのだ。


 となると安全を考えなきゃならない。

 移動販売車にお客さんを招いたら武装強盗に早変わりなんてことも考えられる。


(安全策なら車外で商売した方が良いな……。しばらく様子を見よう!)


 俺は移動販売車の中からレジャーシートを取り出し、移動販売車の外にレジャーシートを敷いた。

 そして、レジャーシートに野菜を並べる。

 白菜、大根、ニンジン、玉ねぎ、キャベツ、長ネギ。

 続いてお肉。鶏肉、豚肉、牛肉のパックを並べた。


 まずは、悪くなってしまう肉や野菜から売れて欲しい。


「さあ! いらっしゃい! 肉と野菜だよ!」



 ――一時間経過した。


 ダメだ!

 売れない!


 声を出して呼び込みもしているのだけど、誰も俺の店に寄りつかない。

 何でだろう?


「物は良いんだけどな……」


 俺の勤務しているスーパーは、スーパーマーケット業界大手系列の店だ。

 野菜や肉も品質が良い。


 俺は一人で愚痴る。


「もっと勉強しとくんだったな……」


 俺は本社勤務が長くて、販売現場は出たことがない。

 左遷されて二か月は移動販売車で、訪問先で特定のお客様たちを相手にしていた。

 こうやって不特定多数に売った経験がないのだ。


「はあ~」


 俺はレジャーシートの上にあぐらをかき、深くため息をついた。


「おじさん。どうしたの?」


 小さな女の子が、俺の顔をのぞき込んできた。

 蜂蜜色の金髪を肩まで伸ばした十歳くらいの可愛い女の子だった。


「肉や野菜が売れなくて困ってるんだ」


 話し相手が欲しかったこともあって、俺はつい女の子に愚痴ってしまった。

 愚痴ってから、『こんな小さな子供に話しても仕方がない』と思ったが、女の子から意外な答えが返ってきた。


「そりゃ売れないよ!」


 女の子は腰に手をあて、呆れた声を出した。

 俺はビックリして、思わず聞き返してしまう。


「えっ!? どうして!? この肉も野菜も美味しいよ!」


「お肉は肉屋さんで売ってるし、野菜はあそこで売ってる!」


 女の子は広場の店を指さす。


「それは、どういう意味かな?」


「おじさん、この町の人じゃないでしょう? お肉や野菜は、みんな決まったところで買うんだよ」


「えっ!? そうなの!?」


「そうだよ!」


 俺は女の子に詳しく話を聞いてみた。


 この町の近くには森があり、森でキノコや野草を摘んでくる人もいる。

 だが、毒キノコや毒草もあるので、信用のおける人からしか買わないそうだ。


(食品の安全性が担保されている店から買うのか……。するとあの野菜を売っている店の客は、常連で顔見知りなのか……)


 俺は日本とサイドクリークの買い物文化の違いに唸る。特定の店でしか買わない――新参者の俺には厳しい習慣だ。


 さらに、女の子は指摘する。

 俺が並べている野菜の中で大根、白菜、長ネギは、見たことがないという。

 ニンジンはもっと細長いのが普通で、女の子の目には不細工なニンジンに映るそうだ。

 肉については、ブロック肉で売り買いするのが普通で、俺が売っている薄切り肉は切れ端の肉に見えるという。


 つまり、『売れるわけがないよ!』と女の子は言う。


 俺は女の子の話を真剣に聞いた。

 相手は子供だが、なかなか的を射る意見だ。


 俺は女の子に感心し、アドバイスを求めた。

 子供にアドバイスを求める四十歳のおっさんもどうかと、我ながら思うがなりふり構っていられない。

 それに、この女の子はしっかりしている感じで、俺は好印象を持った。


「ねえ、お嬢ちゃん――」


「ソフィーだよ! おじさんは?」


「俺は米櫃亮二」


「コ? コンメ?」


 どうやら俺の名前『こめびつ』は、発音しにくいようだ。


「リョウジで良いよ」


「リョージ!」


「うん。よろしくね! ソフィー!」


 ソフィーは、嬉しそうに笑った。


 ソフィーは自己紹介して身の上を話し出した。

 ソフィーは孤児院の子供で十歳。

 毎日、市場やお店を回って雑用をこなして駄賃をもらう生活をしているそうだ。


 なるほど。

 それでソフィーはこの町の様子に詳しいんだなと俺は納得した。

 俺は改めてソフィーに相談してみた。


「ソフィー。相談なんだけど……、何を売れば良いと思う?」


「リョージは、他に売る物があるの?」


「ああ。この車の中にある」


「見ても良い?」


 俺は一瞬迷ったが、事態を打開するにはソフィーに協力してもらった方が良いと判断し、ソフィーを移動販売車の中に案内した。


「わあ! 凄い! いっぱいある!」


 ソフィーは、あれこれと移動販売車の棚を見て回った。


「リョージ! これはパン?」


「それはクリームパン。甘いパンだよ」


「へえ! 甘いんだ! 食べたいな~」


「お店を手伝ってくれたらお駄賃代わりにあげるよ」


「本当!?」


「ああ、約束する。それで、何を売ったら良いと思う?」


「これ!」


 ソフィーが指さしたのは、果物ナイフだった。

 意外なチョイスに俺は驚いた。


 果物ナイフ!?

 何でだ!?

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