第1話 食事の今とあの頃
「いただきます」
自分しかいないリビングで俺は呟くように言ってから食べ始めた。本日の朝食のメニューは炊き立ての白飯とほうれん草のお浸し、焼き鮭に味噌汁、といかにも朝食らしいラインナップで、ツヤツヤとしている白飯を箸で掴んで口に運び、温かい味噌汁を啜れる事に不思議と感謝を感じていた。
「……そういえば、あの時って満足に食事も出来なかったよな」
ふとそんな事を思う。およそ10年前の3月11日、春休みの最中だったその日は特に何のありがたみも感じずに朝昼と食事をしていた。けれど、その日の夜からその意識を変えざるを得なかった。
有事のために親が買っておいた保存食があったからそれは助かったが、次の日からはそうもいかなかった。広範囲に渡って電気が止まった事で冷蔵庫などの家電は機能せず、冷凍や冷蔵で保存をしていた食材等は使い物にならなくなった。つまり、食べられる物が突然減るという事態に陥ったのだ。
「今はこうして好きな物を好きなタイミングでまた食べられるようになったけど、あの時はそうもいかなかったよな。特にまだまだ食べ盛りだった俺や同年代の友達にとっては腹一杯食べる事が出来なくて辛かったし」
家庭によってはまた違ったのかもしれないが、ウチは少なくともそうだった。保存食なんてカップ麺や缶詰くらいだったし、買ってきた菓子パンなどを食べながら凌ぐ毎日だったからこそ今のありがたみが身に染みる。こうして色々な物をしっかりと食べられ、自分の栄養に出来るというのは本当にありがたいことだったのだ。
「いただきますとごちそうさま、これって食材になってくれた命に対しての感謝を伝える言葉だって聞いた事あるけど、本当にそうだよな。これからはその事をしっかりと噛み締めながら食事をしていこう」
身体がゆっくりと暖まり、食べている物が静かに自分の栄養に変わっていくのを感じながら俺は食べ進め、最後の一口を飲み込み終えた後、俺は両手をしっかりと合わせた。
「ごちそうさまでした」
この短い時間で身体に取り入れた命に対しての感謝を口にした後、俺は後片付けをするために食器を持って台所へと向かった。
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