第2話

 金髪の少女と出会ってから二週間。派手な彼女の髪の毛を、学校で見ることはなかった。時々街をぶらついては艶やかな金髪を探したが、見かけるのは茶髪か黒髪の女子ばかりだった。他校ならまだしも、どうして同じ学校にいるのにすれ違うことすらないのだろう。そう考えたが、夏の頭では解決に至ることはなかった。そうして時間が過ぎていき、夏の頭から金髪の少女の姿が消え始めていた。

 その日、夏は文房具を買いに街に来ていた。今日はサッカー部に行くから、と言って海は教室から消えたので、彼女は一人ぼっちで買い物にくるはめになった。海はほとんど幽霊部員のくせに、たまにやる気を出すのだ。彼のスイッチがどこにあるのかよく分からないし、そんな適当な参加の仕方で大丈夫なのかと心配になるが、海の運動神経の高さとコミュニケーション能力のおかげか特段問題にはなっていないようだった。人見知りな上に運動音痴な夏からすると、羨ましい限りだ。


「大事な友達なんだと言いつつ、いて欲しい時にはいないんだよねぇ」


 小さな声でぼやいた。すると、思いもよらぬ所から返事が来た。


「へえ、お姉ちゃん一人なんだ」


 野太い男の声。自分に話しかけているのだろうか。いや、こんな根暗な女に話しかけてくる男などいないだろう。そう現実逃避をして、この場を去ろうとした。だが彼女の細い方を、男の大きな手が掴んだ。


「ねぇねぇ、聞いてる?」


 口調は柔らかいが、逃がさないぞという圧を感じる。夕方の商店街。人はまばらだ。すれ違い様にこちらを見ていく大人も、知らんぷりをして去っていく。


「え、えっと、なんでしょうか……」


 蚊の鳴くような声で答えた。相手の顔は見れなかった。


「お姉ちゃん、一人なんでしょ? 俺も今一人で寂しくてさあ。一緒に遊ばない?」


 前髪の隙間から一瞬だけ男の姿をみた。顎髭を生やした二十代くらいの男で、首には太い銀のネックレス。吊り上がった口角が、夏を卑下していることを物語っている。こういうとき、どうしたらいいんだっけ? 最近の記憶を必死にたどる。海に言われたことを思い出す。殴り掛かっても勝てる訳がない。逃げるのだ。でも、肩を掴まれているのにどうやって? 夏が逡巡しているうちに、相手の男が苛立ってきているのがわかる。片足を揺らし、小さな声で「聞いてんのかよ」と呟いた。


「ごっごめんなさい! もう帰るところなので失礼します」


 踵を返して逃げようとする夏の目の前に、男はさっと回り込む。


「そんなこと言わないで。ちょっとだけで良いからさぁ」


 本当にそうだろうか。そんな訳はないのだが、でもこの男が言っていることは本当かもしれないと、夏は信じたくなってきた。勇気を出して断ることを諦めかけていた。きっと悪いようにはされない。そんな都合のいい思考に惑わされて、少しだけならと伝えようと夏は口を開いた。


「ーーバッカみたい。そんな年下の女にしか相手にされないとか恥ずかしくないわけ? キモォ」


 自分の口からは出ていないその言葉に、夏は驚いた。ふと横を見ると、どこから現れたやら、あの金髪の少女が腕を組んで立っていた。少女は制服の上から厚手のパーカーを羽織り、赤いマフラーを首に巻いている。明らかな校則違反だった。


「なんだぁ、お前!?」


 男の注意が夏から外れた。逃げ出そうとする両足をなんとか堪えて、ことの顛末を見守る。自分よりも頭一つ分背が高い男にも怯まず、金髪の少女は男を睨み上げている。もし男が暴力に訴えたらどうしようとソワソワして様子を見ていると、男が少女の制服の襟をわし掴んだ。


「暇なら俺が遊んでやろうか? お前もそこそこかわいーーうっ!?」


 顔を近づけてきた男の腹を、少女は膝で蹴り上げた。鳩尾に思いっきり膝蹴りを喰らった男は、少女の襟から手をはなし、両手で腹を抱え込む。


「弱過ぎ」と少女は言った。

「てめぇ……」


 まだ腹が痛むのか、鳩尾を抑えながらも男は再び少女に近づいていく。その様子を遠巻きに見ている大人達は、ひそひそと話すばかりで止めに入ろうともしない。男が拳を振り上げたとき、夏は思わず叫んだ。


「おおおおお巡りさーん! こ、こっちです!!」


 商店街の遠くに向かって、大きく手を振る。人のまばらな商店街のゲート付近に、警官の制服が見えたのだ。


「クソ、うざってぇ」


 そう吐き捨てると、男は腹を抑えたまま反対側に走って行った。男が完全に見えなくなった後で、夏は警官をじっと見つめた。いつまで経ってもゲートからこちらへ寄ってこない。


「あれ、多分パチ屋の警備員だよ。しかも休憩中」


 金髪の少女が言った。

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