少女は少女に夢を見る
@rintarok
第1話
多賀崎 夏(たがさき なつ)は後悔していた。友達の海を待たずに先に帰ったことを。そして、漫画の新刊が欲しいからといって寄り道をしたことを。今、彼女は猫に睨まれたネズミのように動けなくなっていた。ビルの間の薄暗くて細い路地。ふいに目をやってしまったのがいけなかった。ゴミが捨てられた薄汚いその路地には三人の男が転がっていて、路地の最奥には夏と同じ学校の制服を着た女子生徒が仁王立ちしている。髪の毛を金に染めたその少女は、夏の存在に気がついてこちらをギロリと睨め付けた。
「ーーなに、見てんの」金髪の少女が唸るように言った。
「え!? え、えっと、大丈夫かなって……」
「大丈夫って、どっちが」
「えっと……。両方?」
曖昧な夏の答え方に、金髪の少女は明らかに苛立って見せた。
「えええええっと、男の人三人がかりだし、何かされなかった?」
「されたと思う? この状況で」
足元に転がっている男達は腕や足を抑えて呻いていたが、ようやっと立ち上がるとお互いを気遣いながら逃げて行く。端に寄ってそれを見送ると、夏は再び金髪の少女へと向き直る。少女はため息をつきながら、つかつかとこちらへ歩み寄ってきた。彼女の風貌と不釣り合いな白い花のピアスが揺れる。
「弱いくせに喧嘩を売るわ、女に暴力振るっておいて友達ごっこするわ、変なの」
「警察とか、呼ぼうか?」
「いいよ、親呼ばれても面倒だし」
「本当に怪我とか無い?」
「無いって、鬱陶しいな! そもそもアンタ誰。制服を見るに同じ学校なんだろうけど」
「あ……。多賀崎。多賀崎 夏です。西林高校の二年」
「ふうん。同じ学年か。ま、どうでもいいけど」
そう吐き捨てると、少女は去って行った。警察に今日の出来事を伝えるべきか考えながら帰路につき、ぐるぐると悩んだまま気がつけば家に帰った。
翌日その話を友人の長谷川 海(はせがわ かい)に話した。彼は高校に入学して以来の友人だった。男女の性別を気にさせない気さくさでいつも夏を笑わせてくれる、いわば親友だ。
「巻き込まれなくて良かったよ。夏はビビりだから、カツアゲとかされたら絶対素直にお金出しちゃうだろ」
逆向きに座って椅子の背もたれに両腕を置きながら、海が言った。茶色に染めた髪はパーマがかかったように軽くうねっているが、彼曰く地毛らしい。お金をかけてパーマを当てなくてもそれっぽくなるので安上がりだ、といつか言っていた。
「そ、そんなことないよ……。多分。だって、お金取られたら困るから、ちゃんと断ると思う」
「断る〜? 断ったくらいで、はいそうですかって納得してもらえるかよ」
「え、それじゃあどうしたらいい? 私も昨日の女の子みたいに、殴り掛かったらいいのかな……」
「お前な、そーんなちっちゃいのに、男に勝てるわけないだろ」海は夏の頭を手でぺちぺち叩いた。
「勝てるかもしれないじゃん……」
「無理無理。諦めて金を渡すか、大声あげながら全力で逃げるんだな」
「なんか、かっこ悪いなぁ……」
「夏がかっこよかったことなんて無いだろ」
「酷い!!」
少しだけ声を荒げたが、一生懸命荒げた声も教室の雑踏に揉み消された。海はくすくすと笑った。少しすると校内にチャイムが響き、生徒達が慌てて自席に戻る。椅子から立ち上がると、海も彼の席へ戻って行った。夏は自席に座ったまま、授業を受けた。だが今日の授業はあまり頭に入らなかった。そもそも普段ですら大して授業を理解できていなかったが、今日は輪をかけて酷かった。名前を呼ばれたことにすら気がつかなかったり、移動教室に気がつかずに海に耳をひっぱられたり。それも、昨日会った少女のことで頭がいっぱいだったからだ。あの少女は夏と同じ制服を着ていた。進学校であるこの西林高校に通っているのだろうが、あんなに派手な髪色をした生徒は見たことが無かった。もしかすると、自分よりももっと下のクラスにいる子かもしれない。
「また、会えるかなぁ」
帰り際、かの少女を思い出しながらぼやいた夏の言葉に海はげんなりしていた。
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