第161話:紗枝と部室で飯を食っていく

 それから数時間後のお昼休み。


 ちょうど今、俺と紗枝は女子テニス部の部室前に到着した所だった。


「うん、やっぱり部室には誰もいないわね」

「そっか。それなら良かった」


 そして紗枝が部室の扉をゆっくりと開けていくと、予想通り中には誰も人はいなかった。なので俺達は部室の中に入って近くの席に座っていった。


 それからすぐに俺達は学生鞄からご飯を取り出して昼飯を食べる準備を進めていった。そして俺達は……。


「いただきます」

「いただきます」


 そして俺達はしっかりと手を合わせていってから昼飯を食べ始めていった。


 ちなみに少し前に女子テニス部の備品購入の手伝いをした事があったんだけど、でもあの時の荷物は部室ではなく運動部の倉庫に全部置いて行ったので、今日は生まれて始めて女子テニス部の部室に訪れた事になる。


 だから普段は女子しかいない女子テニス部の部室に男の俺が入るなんて物凄くドキドキとする……なんて気持ちには正直一切なってなかった。


 だって紗枝が最初に言ってたように、女子テニス部の部室とは言っても部屋の中は机とホワイトボードとテニス用品が置かれているだけの簡素な部屋だった。こんなにも簡素過ぎると逆に緊張する方が難しいわ。


(まぁでも紗枝の前で変に緊張とかしないで済むからこっちの方が助かるな)


 という事で俺は心の中でそうホッと安堵していきながらもノンビリと昼飯を食べ進めていった。


 でもそれからしばらく経つと、紗枝はちょっと緊張した様子になりながら俺にこんな事を尋ねてきた。


「あ、そ、そうだ。そういえばさ、先に聞いておきたいんだけど……アナタって何か私に聞かれたくない話とかってあるのかしら……?」

「え? 聞かれたくない話?」

「え、えぇ。その……まぁアナタが今までヤンチャな事をしてたのは何となく知ってるから……だから彼女である私に聞かれたくない話とかもあるかなって思ってね……」

「んー? あぁ、なるほどな」


 紗枝が気になってるのはヤンチャだった頃の俺の話……まぁ主にヤンチャだった頃の女性関係とかが気になるんだろうな。“彼女”という部分を強調してきたって事は多分そういう事だろう。


 でもそんなパーソナル過ぎる部分の話に踏み込んでも良いのかわからないので、紗枝は事前に俺に尋ねてきたという感じだろうな。


「わ、私としてはやっぱり彼女だから……彼氏であるアナタの事は何でも知りたいって思うんだけど……でもアナタも聞かれたくない話とかはあるだろうし……だからその……ご、ごめんなさい……私、今まで一度もお付き合いをした事がないから……だから彼氏の話についてどこまで踏み込んで良いのかって全然わからなくて……」

「なるほどな、紗枝の言いたい事は伝わったよ。何処まで踏み込んで良いのかってのは付き合う相手によって変わって来ると思うけど……ま、俺に関しては全然気にせず何でも聞いてくれよ。何も隠すつもりも特にないし」

「え? い、いいの?」

「あぁ、全然いいよ。だって俺は紗枝の事が好きなんだぜ? そんな好きな女の子が俺に聞きたいって思う事は何でも答えるに決まってるだろ」

「う……そ、そっか。うん、私の事を好きって言ってくれてありがと……」


 紗枝はちょっとだけ頬を赤くしながらも、嬉しそうに笑みを浮かべてそう言ってきた。


「あぁ、全然良いよ。という事で、まぁせっかくだし聞きたい事があれば何でも聞いてくれよな」

「う、うん、そうね。そ、それじゃあ、えっと……アナタの趣味って何かしら? あ、あとはその……休みの日って何してるのかしら?」

「え? いや何だか想像よりもかなりマイルドな質問だな? それに今の紗枝の言い方だと……はは、何だか俺達はお見合いをしてるみたいな雰囲気が出てくるな」

「お、お見合いって!? い、いや、まずはちゃんと段階を踏んで質問をしていこうって思っただけよ! というかそもそもいきなり変な質問をするのは流石に私もまだ心の準備が出来てないのよ。あとはアナタに重い女だなって思われるのも絶対に嫌だし……」

「はは、そっか。まぁでも紗枝が俺の事をちゃんと知りたいって思ってくれるのが凄く伝わってくるから普通に嬉しいよ。それに俺は紗枝の事を重い女だなんて全然思ってないから安心してくれよ」

「う、うん。そう言ってくれると本当に助かるわ……」


 不安がっている幸村に対して俺は笑いながら嬉しいと答えていった。


(まぁ紗枝にとってこれが初めてのお付き合いだし、色々と踏み込み過ぎて嫌われたらどうしようと不安がるのは普通に理解できるしな)


 でも俺が紗枝の事を嫌いになるなんて事は絶対にないから、紗枝はそんな心配なんかしなくても大丈夫なんだけどさ。


「うん、まぁそれじゃあ一つずつ答えていくとすると、趣味はやっぱり料理かな。それと休みの日はバイトに行くか祐奈と遊ぶかの二択だな」

「あ、そ、そっか。うん、そうだよね。そういえばアナタの趣味も、休みの日に何をしてるのかも普通に知ってたわ……」

「あぁ、そうだよな。今まで紗枝に話してきた事だもんな。あ、でも最近はちょっと体力が落ちてきてるから、これからは休みの日とかに軽く運動しようかなって思ったりもしてるな」

「へぇ、そうなんだ? あ、それじゃあいつか休みの日に一緒に朝練でもする? 私も時々休みの日の朝にランニングしたりラケットの素振りとかしてるわよ」

「へぇ、紗枝って休みの日にも自主的に朝練とかしてるんだ。流石は運動部に所属してるだけあるな。うん、それじゃあ今度良かったら一緒に朝に走ろうぜ。それでランニングが終わったら俺の家で一緒に朝食でも食べようぜ?」

「あ、うん! 良いわねそれ! ふふ、それじゃあ今度一緒に走りましょうね」

「あぁ、わかった。それじゃあ近い内にスポーツショップに行って運動服を買っておくよ」

「うん、わかったわ」


 という事で俺は紗枝と新たにそんな約束を交わしていった。これも普通に楽しみなイベントだな。


「あ、そうだ。そういうアナタは何か私に聞きたい事とかないの? ま、まぁ私もその……アナタの質問だったら何でも答えてあげるわよ?」

「え? うーん、そうだなぁ……あ、それじゃあせっかくだから、紗枝の好きな色を教えてくれよ」

「……は? 好きな色? な、何でそんな事が聞きたいのよ? もっと深い質問でも私はちゃんと答えるわよ?」


 俺がそんな事を尋ねていくと、紗枝はキョトンとした表情で俺にそう聞き返してきた。


「いや、これからお付き合いを始めていく事になると、今後はお互いにプレゼントとか送り合う機会も出てくるだろ? それでそういう時に紗枝の好きな色を知ってたらプレゼントを買う時の一つの物差しとして使えるなって思ってさ。ほら、それにもうすぐ十二月になるだろ?」

「え? ……って、あ、あぁ! う、うん、なるほどね! そっかそっか、確かにお付き合いをしていくとそういう事も当然あるわよね。うん、それは確かにとても重要な質問ね!」


 俺が“十二月”と言ったら紗枝はすぐに気が付いたようだ。十二月には恋人同士による超重大イベントがあるという事に。


「はは、そうだよな。それで? 紗枝の好きな色って結局何色なんだよ?」

「あ、うん。え、えっとね、私が好きな色は……うーん、まぁやっぱり一番好きなのは紫色かもしれないわね」

「へぇ、紫色なんだ? でも紫色ってあまり王道っぽい色じゃないよな? 何か紫色が好きになった理由とかあるのか?」

「うん、あるわよ。まぁ凄く単純な理由なんだけど昔からラベンダーが好きなのよ。だからラベンダー色である紫色が好きなったの。それにラベンダーの匂いってリラックス効果があるから、勉強をしてる時にラベンダーの匂いを嗅いでいると凄く集中出来るのよね。だから私の家ではいつもラベンダーのアロマオイルを使ってるのよ」

「へぇ、そうなんだ。って、あ、そうか。そういえば紗枝からはいつも良い匂いがするなーって何となく思ってたんだけど……あれってラベンダーの香りだったんだな。クンクン……」

「え……って、あっ!? ちょ、ちょっと!? い、いきなり私の身体の匂いを嗅ぐんじゃないわよ! このバカ!!」

「え? って、あいたっ!」


―― ピシッ


 紗枝に近づきながら匂いを嗅ぐポーズを取ってみたら思いっきりデコピンをされてしまった。普通にめっちゃ痛かった。

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