第153話:幸村が先輩の女子に呼び出される

 とある日の朝。


「はい、これ」

「うん? って、おぉーっ!」


 いつものように教室に入って幸村に挨拶をしていくと、幸村は俺にある本を手渡してきてくれた。


 それは以前に幸村が貸してくれると言っていた最推し作家の推理小説だった。


「ありがとう、幸村! それじゃあなるべく早くに読むよ!」

「別にそんな早くなんて気にしなくていいわよ。私はもう読んであるからゆっくりと読んでくれて構わないわよ」

「いやいや、そんな訳にはいかないよ。だってすぐに読んで幸村とまた感想会とかしたいからさ」

「う……そ、そっか。うん、それならまぁ……ふふ、私も楽しみにしてるわ」


 幸村は顔を少し赤くしながらも嬉しそうにそう言ってきてくれた。


 そしてその後は幸村と他愛無い話でもしながら朝の時間をノンビリと過ごしていこうと思ったんだけど……。


「葛原、おはよーっす。幸村さんもおはよう!」

「んー? って、あぁ、黒木か。おはよっすー」

「おはよう、黒木君」


 するとその時、唐突に後ろからクラスメイトの黒木に声をかけられた。どうやら黒木もちょうど今登校してきた所のようだ。


「今日はいつもよりも学校に来るの早いな? 早起きでもしたのか?」

「あぁ、いや今日は朝までにバスケ部の顧問の先生に提出しないといけないプリントがあったからさ、それを提出するために今日はちょっと早めに登校したんだよ」

「へぇ、そうだったんだ。それは大変だったな。お疲れさん」

「いやいや、別に大した事じゃないからな。というか昨日までに提出しなかった俺が悪いんだし……って、あ、そうだ! そういえば幸村さん!」

「え? 私? どうしたの黒木君?」


 黒木は何かを思い出したようにしながら急に幸村に声をかけていった。あまりにも唐突過ぎたので幸村はちょっとビックリとしながら黒木の方を見ていった。


「うん、実はさっき職員室に行ってきた時に榊先輩にバッタリと会ったんだ。それでさかき先輩が幸村さんに話したい事があるから、お昼休みになったら三年の教室に来てほしいって言ってたよ」

「えっ? 榊先輩が?」

「? 榊先輩って……誰だっけ?」


 急に知らない先輩の名前が登場してきたので、俺はキョトンとした顔になりながら黒木にそう尋ねていった。でも……。


(それが誰なのかわからないけど……でもそれが男の先輩だったらちょっと嫌だな……)


 俺はそんな事を不安に思いつつも黒木からの回答を待った。


「ん? あぁ、榊先輩ってのは三年生で女子テニス部の部長だよ。俺の姉貴が榊先輩と同じクラスだから、俺も榊先輩とはちょっとだけ話をしたりした事もあるんだ」

「え……って、あぁ! なるほど、榊先輩は女子テニス部の部長さんなのか!」


 でもそれは杞憂のようだ。榊先輩という人はどうやら女子テニス部の部長さんらしい。という事はつまり榊先輩は女子生徒って事だ。


「へぇ、そうなんだなー。というかすっごい今更だけど黒木ってお姉さんがいるのか?」

「あぁ、一つ年上の姉がいるよ。結構寡黙でクールな感じの姉貴なんだ」

「なるほど。はは、それじゃあ何だか黒木とは結構正反対そうな感じのお姉さんだな?」


 という事で俺はさらに黒木の新しい情報も知っていった。どうやら黒木には一つ年上のお姉さんがいるらしい。


「はは、それは周りからもよく言われるよ。黒木姉弟は性格が真逆すぎて全然似てないってさー……って、いやすまんめっちゃ脱線したわ。今は俺の姉貴じゃなくて榊先輩の話だったよな」

「あぁ、そうだったな。それでその榊先輩って人は女子テニス部の部長なんだよな? という事はつまり簡単に言ったら幸村の上司的な人って認識で合ってるか?」

「何で急に会社みたいな例えをしたのかわからないけど、まぁその認識で合ってるわよ」


 俺がそう尋ねていくと幸村はそうだと答えを返してきてくれた。


(へぇ、テニス部の部長の榊先輩かぁ……一体どんな先輩なんだろ?)


 エロゲ本編で幸村がテニス部で運動するシーンは何度も描かれてたけど、でもテニス部の部長が登場するシーンは一度もなかった。


 だから俺はその榊先輩という人がどんな人なのかは全然知らないので、ちょっとだけどんな先輩なのか興味が出てきた。


「ふぅん、なるほどなー。えっと、ちなみその榊先輩はどんな感じの先輩なんだ?」

「どんな感じの人って……いやテニス部の榊先輩って言ったらこの学校では一番の有名人だろ?」

「え? そうなの?」

「あぁ、そうだよ。だって榊先輩ってガチのアイドル級にめっちゃ可愛い先輩なんだぜ? 去年の文化祭でミスコンがあったんだけどさ、そのミスコンで投票率ぶっちぎりの一位で完全優勝したっていう伝説も残してるくらいだからな?」

「えっ!? 何それ凄すぎだろ!?」

「はは、そんな事を今更驚くとか……って、あぁ、そっか。そういえば葛原って去年は全然学校に来てなかったもんな。そりゃあミスコンの話とか知らないわけだよな。それじゃあ榊先輩を一目見たらヤバいかもしれないなー。マジで一瞬で惚れるかもしれないレベルで滅茶苦茶に可愛いからなーって、あ……」

「え? って、あっ……」

「……」


 黒木とそんな話で盛り上がっていると……気が付いたら幸村にジトっとした目つきで思いっきり睨まれてしまっていた。


「え、えぇっと……あ、あはは! そ、それじゃあ榊先輩の件について伝えたからもう自分の席に戻るわ。それじゃあな!」

「あ、あぁ。それじゃあな」


 そう言って黒木は逃げるように自分の席へと帰っていった。そのまま俺はまた幸村と二人きりの状態になっていった。


 そして幸村はジト目のまま俺に向かって口を開いてきた。


「……ちょっと? 何鼻の下を伸ばしてんのよ?」

「え? いやいや、別に鼻の下なんて伸びてないからな」

「ふぅん、どうかしらね?」


 幸村に強烈なジト目で睨まれながらそんな事を言われてしまった。でも俺は幸村以外の女子に目移りするなんて思われるのは絶対に嫌なので真顔で弁明していった。


「いや、いつも言ってるけど俺は幸村の事が一番好きだって言ってるだろ? だから幸村以外の他の女子に目移りするなんて事は絶対に無いから安心しろよ」

「え……って、なっ!? 何言ってんのよ!?」


 俺がそんな事を言っていくと幸村は顔を真っ赤にしていった。


「ん? だから幸村の事をいつも好きだって言ってんのに他の女子に目移りするんじゃねぇって幸村は怒ってんだろ? そんな心配しなくても俺はちゃんと幸村一筋だから安心してくれよな」

「え……えっ!? い、いや私が言ってるのはそういう事じゃなくて……う、うぅ……も、もう、知らない!」


 そう言って幸村は顔を赤くしたままプイっと顔を横に向けていってしまった。


◇◇◇◇


 それから数時間後。


 今はちょうどお昼休みに入った所だ。


「それじゃあ今から三年生の教室に行ってくるわね」

「あぁ、わかった。行ってらしゃい」

「えぇ。行ってきます」


 そう言って幸村はお昼を三年生の教室に向かっていった。なので今日は久々に一人で昼飯を食う事になる。一人で昼飯を食うのも久々だな。


「おっす、葛原ー」

「ん? って、あぁ、黒木か」


 するとその時、黒木がまた俺に声をかけてきた。


「朝ぶりだな。今度はどうしたよ?」

「いや、何だか葛原が一人で暇そうにしてたから声をかけただけだよ。せっかくだし良かったら一緒に学食でも行かないか?」

「はは、それは嬉しいお誘いだな。あぁ、もちろん良いよ。それじゃあ席が埋まる前にさっさと学食に行こうぜ!」

「あぁ、わかった!」


 という事で今日は黒木に誘われて一緒に学食でのんびりと昼飯を食いながら過ごしていった。

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