アライ池の花屋さん
清瀬 六朗
第1話 私が生まれた街の風景
私が覚えている、私が生まれた街の風景というのは、どこまでも田んぼや畑が広がる街というものだった。
家があるところには数軒の家がかたまっている。家何軒分かの敷地を持つ工場もそこここある。そういう小規模な工場を「町工場」というのだろう。駅もあって、商店街もあり、にぎやかな場所もあった。でも、そのにぎやかなところから離れると、田畑と家とたまに工場が入り混じるという街だった。
家の前は畑だった。
いま思うと、それは、畑というより、家庭菜園というものだったのかも知れないが、私の家ではそこを「畑」と呼んでいた。
トマトやナスやキュウリやイチゴが植えてあったのを覚えている。そこで穫れたサツマイモを焼き芋にして食べさせてもらったこともあった。イチゴももらったと思う。ノビルという野菜をもらったのも覚えているけど、これは畑の作物だったのか、自生していた雑草なのかはよくわからない。当時はまだあまり知られていなかったアロエというものももらった。
その畑を作っていたのはハギワラさんという一家だった。でも、ハギワラさんについては、名まえと、そのハギワラさんのおばさんの、人なつこい、でも何か裏のありそうな笑顔だけしか覚えていない。
私の家の近所にはハギワラという家はなかったから、その一家がどこに住んでいるのかは当時の私にとって謎だった。
私が小学校を卒業したころにはハギワラさんはその畑に来なくなってしまったから、会うこともなくなった。ハギワラさんの素性は謎として残り、いまも謎のままだ。
家の裏には遠くまで田んぼが広がっていた。
幼いころの私は、その田んぼには、石のように見えて、近づいてきた動物をなんでも食べてしまう恐ろしい水中動物が住んでいると想像したものだった。
そのころは、「食用ガエル」というカエルがその田んぼに住んでいて、夜になると、ぶおっ、ぶおっ、ぶおっと、低い鳴き声を響かせていた。鳴き声は、季節になれば毎日聞くのに、本体は見たことがない。
その鳴き声がそんなぶきみな想像をさせたのかも知れない。
裏の田んぼがずっと続いて、その向こうの遠いところには幹線道路が走っていた。
この幹線道路には、大型トラックやタンクローリーなどがよく走っていた。この街をただ速いスピードで通り過ぎて行くだけの車が、田んぼの向こうに小さく見えたのだ。
朝遅い時間帯には、その車のボディーやガラスが太陽の光を反射して、きらっ、きらっと輝いて見えた。
朝遅い時間でないと見えないから、普通に学校に通っている日には見ることができない。だから、その小さな反射光の記憶は、日曜日や夏休みの昼前の時間のけだるい感覚と結びついている。
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