第5話 情報整理

 記憶喪失のエルフの少女ウェリアン曰く、“火の神”に関する話はまだ一度も耳にしていないという。ただし“炎の神”に関してはさまざまな言い伝えがあるらしい。


「“炎の神”ってだけあって、太古からこの地では大きな炎を焚き上げて盛大にお祭りをしているそうよ。そのために日頃からいっぱい薪やワインを貯め込んで、年に一度の“炎神祭”でパーっと弾けるんだって〜」


 火山の国イフェスティオの首都フローガでは、町の中心に広場があり、そこでは大きな焚き火が四六時中燃え盛っている。普段は高さ1メートルほどの炎だが、祭りの時には10メートルはあるのではないか、というほどまで大きく炊き上げるらしい。


 またこの炎は太古より燃え続けており、未だかつて消えたことがないのだという。雨の日でも油を注いだり、タープのような簡易的な屋根を設置したりして、消えることなく燃え続けてきているのだとか。


「広場の聖炎は人々の生きる気力の支えでもあるんだってさ」


 一方で、“火の神”に関する情報は全くといっていいほど見つからなかったという。


「・・・ただ、これはつい最近になってからなんだけどね」


 自信なさげな語り口に、ゼヴァルディアは聞く姿勢を整えた。


「小さな情報でもいい。話してくれ」




「最近、“火の神”ってワードを聞き回っている輩がいるって噂になってるの」




 はじめ、それはもしや自分のことかと疑った。しかし、彼女が言うにはここ一ヶ月ほどの話だという。一ヶ月前というと、ゼヴァルディアがマルタシルムの命を受け、彼女の治める都市『ワフラ』を発った頃である。


 十中八九、もう一人の半神だろう。


「ウェリアン。言っていなかったが、僕には二つ目的がある。

 一つは、“火の神”が降臨したという噂について探り、真相を究明すること。




 もう一つは、この国にいるという半神を殺すことだ」




「殺す・・・?」


 先ほどまで緊張感のない緩んだ表情だったウェリアンの顔が、一気に強張る。突然放たれた不穏な単語に、驚きを隠せない様子だった。


「ああ。それが僕の役目だ」


 しかしそんな彼女に対し、ゼヴァルディアは一切の迷いもなく平常通りに答えた。


「それって、どうして?

 何か、目的があるの・・・?」


「僕は知らない。マルタシルムという、とても頭のキレる豊穣を司る半神がいてね。彼女の意向なんだ」


「その人は、理由とか目的とかは言ってなかったの・・・?」


 ウェリアンの問いに、ゼヴァルディアはふと疑問を抱いた。そういえば、マルタシルムは半神を殺して回ることに特段説明などはしていなかったような気がする。


「・・・きっと、僕には理解のできない崇高な考えがあるんだろうね」


「いやいやいや、おかしくない!?

 目的もわからないのに、どうしてそんな殺人・・・殺神?

 まあとにかく、他者を殺すような命令をそんな簡単に引き受けちゃうの!?」


「どうしてって・・・、マルタシルムは僕の育ての親だから。

 彼女の言うことは絶対なんだよ、昔から」


 マルタシルムは、ゼヴァルディアが幼い頃に拾い、親代わりとして彼を育てた。物心がついた頃には彼女の下で暮らしており、その限りでは彼女の言葉は絶対だった。


「・・・よほどすごい半神なのね、そのマルタシルムってひと。

 あまり気は進まないけれど・・・、とりあえず話を続けて」


「ああ。

 きみがさっき言った“火の神”について聞き回っている輩がいるという話。

 それは、おそらく僕が捜している半神だ。だから、その輩について探ってきてほしい」


 どんな見た目か、どんな性格か。あわよくば、何の神の子なのか。そういった前情報がわかれば、奇襲をかけてあっという間に首を刎ねることも不可能ではない。


「それはいいけれど・・・、もう一つ教えて。

 半神って、確か神と人間のハーフよね?

 あなた、どうやって殺すつもりなの・・・?」


 ウェリアンの疑問は至って自然だった。 半神は親となる神の力を継承しているが故に、そもそもの身体能力なども通常の人間とは桁違いなのだ。まともにやり合ったのでは、まず勝つ見込みは無い。


 ゼヴァルディアが人間であれば、の話だが。


「安心してくれ。僕も半神なんだ」


「・・・なるほどねぇ」


 彼の返答に、ウェリアンは目を合わせず中空を見つめながら、気の抜けた返事をした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 翌朝。空腹も疲労もないのか、ウェリアンは一晩中聞き込み(盗聴)を続けていたらしい。起床して顔を洗っているゼヴァルディアの下へと、大急ぎな様子で帰ってきた。


「たいへんたいへん!!

 大大大大ニュースよ!!!」


 これだけうるさいのに他の人間には一切聞こえないのが不思議でならない。物体に干渉できないせいか、耳を塞いでも聴こえてくる彼女の大声は一切ボリュームが変わらなかった。


「もう少し落ち着いて話してくれ。耳が壊れてしまう」


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないってば!!

 ほら、今すぐにでも半神をやっつけないと!!」


 これだけの焦りっぷりと、昨日との意見の手のひら返しから察するに、何か重大な情報をつかんだのは間違いないらしい。


「順番に話してくれ。必要なら歩きながらでもいい」


「えっと、えっとね・・・!!

 その、えっと・・・!!」


 焦りすぎて何から話せばいいのかわからなくなってしまっているらしい。仕方なくゼヴァルディアは助け舟を出すことにした。


「“火の神”のことかい? それとも、半神のことかい?」


「半神のこと!!」


 先ほどの発言からなんとなくわかってはいたが、とりあえず一歩進むことができた。


「例の半神は、悪いやつだったのかい?」


「そう! その通りなの!!

 ってあれ? なんで知ってるの?」


 ウェリアンはここにきてようやく少しだけ冷静さを取り戻したらしい。


「半神殺しに反対だった君が、血相を変えて倒せっていうから」


「・・・えっと、順番に話すね」


 深呼吸を一つ、ウェリアンはことの経緯について語りだした。




「昨日、いろんな市場を回ったんだけどあまりいい情報がなくって。だから王宮の方に行ったのね。

 そしたら、国王が誰かと話してるとこを見つけてね」


 曰く、それが例の半神の話だったらしい。話の内容自体は二人も半神が滞在しているこの状況を深く憂うものだったそうだが、要点はそこではなかった。


「もう一人の半神は、“火山の神”の子らしくて。

 “火の神”について調べて、その情報を逐一伝えるように国王に命令していたそうなの」


「“火山の神”の子・・・?」


 どうにも腑に落ちない。直感とはいえ、何か大きな違和感を覚えたゼヴァルディアだったが、とりあえず話の続きを聞いた。


「で、その半神ね。もし自分のことを他にばらしたり、 “火の神”について黙っていることがあったら発覚次第火山を爆発させるって言ってたそうなの!」


 なるほど合点がいった。昨日初めに王宮を訪れた際の異様な対応の数々。おそらく脅されているのではと勘繰っていたが、どうやらビンゴだったらしい。火山の国の人間が、“火山の神”の子を自称する半神に逆らえるはずがない。


「それで、どうしてすぐに倒す決断に至ったんだい?」


「それが・・・」


 ゼヴァルディアの問いに、ウェリアンは言葉を詰まらせた。少し俯き、指をくるくるさせていたが、すぐに顔を上げ、答えた。


「酒の席で、半神が酔った際にポロッと言ったそうなんだけどね。




 “火の神”の力を手に入れて、全ての国や都市を統一支配するのが目的なんだって」




 要するに、強大な大神の力を手に入れて自身の力を増幅させ、他の半神をも圧倒して統一王国ガルグメシアの再建を謀っているということだ。


「強大な力を手に入れて支配って、間違いなく武力制圧だよね!?

 そんな国、絶対暴政じゃない!」


 ウェリアンのいうことは間違いないだろう。だが、ゼヴァルディアが気になっているのはそこではなかった。


「その“火山の神”の子とやらは、なぜ“火の神”の噂を信じているんだろうな。

 まだ二日目とはいえ、まだ毛ほども噂を聞けないというのに」


 あるいは、この首都フローガ以外の都市に“火の神”の噂があるのだろうか。件の半神は最低でも一、二ヶ月はこの国に留まっているのだから、そこまでするなんらかの手がかりはあるのだろう。


「・・・手立ては二つ。

 一つは、引き続き“火の神”の噂の出所を探り、その真相に迫る情報を集め続けること。


 もう一つは、その“火山の神”の子に直接会って聞くか、だ」


 なんらかの情報を持っていることは間違いない。だとすれば、殺す前に聞くのは最善策であると言える。しかし下手に近づくのも気が引ける。あくまで伝聞に過ぎないこともあり、まだ必要なピースが揃いきっていないのだ。


「・・・あ〜、そのことなんだけど」


 しかしここで、ウェリアンは突然もじもじして何かを言いづらそうな様子を見せた。


「なんだい?」


「“火の神”の情報、ね。その、なんでもその降臨がどうとかの噂の元ネタは、『炎の神殿』でひとりでに火が点いたり、広場の聖炎が不自然に揺らいだりしたのが続いたことに由来するんだって・・・」


 それに尾鰭がつきまくった結果、“火の神”が降臨するだのしただのという噂にまで発展したということだろうか。


「・・・ん? ちょっと待って。

 その元ネタってもしかして・・・」




「多分・・・、私が誰かに気づいて欲しくてやったイタズラ、かな⭐︎」




 もしこれが本当ならば、マルタシルムにはどう説明したものか。軽く頭をこづいて可愛い子ぶるウェリアンとは裏腹に、ゼヴァルディアは深くため息をついた。

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