第3話 炎の町フローガ

 火山の国『イフェスティオ』。実際のところ、火山そのものは地中海東側に浮かぶ小島の一つに位置し、人々はその島以外の土地に生活圏を広げていた。


 国といってもいくつかの都市が各地に群立しており、実際にはそのそれぞれで繁栄した都市を統一支配したのがイフェスティオである。その総支配者であり国王にあたる《ハルセヌス2世》は、イフェスティオの首都『フローガ』に王宮を構えていた。


「おお半神様。よくぞお越しくださいました」


 人間を遥かに超越する存在である半神ということもあり、国王ハルセヌス2世は快く出迎えてくれた。


 否、その内心は怯えきっている様子だった。


「よもやかの偉大なる半神様が、お二方も我が国を来訪なさるとは。

 この上なき名誉にございます・・・」


 玉座からわざわざ腰を上げ、ゼヴァルディアと同じ高さに下りてまで深々と頭を下げる国王に、彼は怪訝な顔をした。


「そんなにへりくだる必要はありませんよ」


 どうやらマルタシルムが言っていた半神は、かなりのトラウマを国王に植えつけたらしい。仮にも一国を統べるほどの人間が、こうも全身を小刻みに震わせて他者にへりくだるなど、通常ではあり得ないことだ。


 恐らく玉座の間まで滞りなく案内されたのは、抵抗しても全く敵わず、無駄な犠牲を払うだけだから、という判断の上だろう。近衛の兵士たちも、軒並み戦意を喪失しかけている様子が窺える。


「単刀直入に言います。僕が今回ここに来たのは二つの目的のためです。

 一つは、ここイフェスティオにやって来たという半神を殺すため」


 そこまで言ったところで、俯き気味だった国王は豆鉄砲を喰らったかのようにきょとんとして顔を上げた。


「い・・・、今なんと・・・?」


「僕は、他の半神を殺す役目を担っています。だから、ここに来ました」


 改めて断言するゼヴァルディア。するとみるみるうちに、彼の周りにいた国王や兵士たちの表情に生気が宿っていった。


「な・・・、なんと・・・!!」


「ほ、本当だろうか・・・!?」


「いや、だとしてもあんなのを殺すなんて・・・」


 彼の宣言に、ヒソヒソと近衛兵たちは戸惑った様子で囁き合う。そんな中、国王はゼヴァルディアに対しはっきりと断言した。


「わ・・・我々はその件に関しては聞かなかったことといたします。

 どうか、ご理解くださいませ・・・」


 よほどひどい仕打ちか、あるいは恐ろしい脅しをかけられたのだろう。そして、協力するという手立てもとらないほどに、彼らを脅かす半神は強大な力を持っているようだ。


「・・・わかりました。それに関しては、僕も言わなかったことにします。

 それよりも、本題は二つ目です」


 気を取り直し、そう言ってゼヴァルディアが指を二本立てて見せると、国王および近衛兵は一斉に肩を振るわせ息を呑んだ。


「ヒィッ!!?」


「・・・二つ目ですが」


 話が進まないため、彼もあえて声をかけることなく続けた。




「“火の神”がこの地に降臨した、と噂に聴きました。

 このことに関して、何か知りませんか」




 マルタシルムから仰せつかった、重要な任務である。五大元素を司る“大神”は下界には降りてこないと伝わるが、その内の一柱である“火の神”が降り立ったという噂があるのだ。火のないところに煙は立たないように、この火山の国には何かが起きていることは間違いない。


「ぞ・・・、存じませぬ・・・」


 もう一人の半神への恐怖を引きずっているのだろうか。否、この様子ではどうやらその半神もまた目的は同じらしい。“火の神”に関しても、これ以上訊こうが答えてくれそうにはなかった。


「・・・わかりました。僕はとりあえず、噂の究明ともう一人の半神を殺すまではこの国に留まりますので、何か分かったら教えてください」


 今の状態では、このような形でのお願いすらも脅しとして捉えられてしまいそうだが、仕方のないことである。ゼヴァルディアは人々を救うために半神を殺すのではないのだ。人間の社会・生活がどうなろうと知ったことではなかった。


 最後、玉座の間を出る寸前。ふと国王の方を一瞥すると、国王は何やら近衛兵に耳打ちをしているのが見えた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 町はよく栄えていた。ところどころ大破した施設も散見されたが、全体的には活気のある雰囲気の良い町であった。火山の国というだけあって、気温も高いらしい。その気温の高さに影響されてか、人々も口調もまた暑苦しかった。


「“火の神”? あんた旅人かい。

 なんか最近それを求めてくる人間の多いこと多いこと!」


 恰幅の良い果物店の店主に“火の神”の噂について尋ねてみた。


「まあ来た人間皆に言ってるけどさ!

 このフローガに来たのなら、『炎の神殿』には一度参詣したほうがいいな! 元々このフローガの地は伝統的に“炎の神”を祀っているからな!」


「『炎の神殿』・・・。

 “炎の神”は、“火の神”とは違うのか?」


「さあ? ただこの地では多分みんな“炎の神”しか知らんのじゃないかね?

 俺ぁここがイフェスティオの首都になる前から住んでるが、“火の神”だなんて聞いたこともないね」


 基本的に、“神”はこの世に存在する全てに、それを司るものとして存在する。例えば“風の神”と“嵐の神”は違う存在であり、“酒の神“と“ワインの神”もまた違う存在である。ただし、神々は各々司る概念の大きさによって力の大きさも変わる。


 “嵐の神”は文字通り嵐を司る神だが、使えるのは嵐にまつわる力に限られる。しかし“風の神”は嵐を最も大きく構成する五大元素の風を司っており、その扱える力の内には嵐にまつわる力も含まれているのである。


 要するに、司る概念が抽象的であるほど、そして五大元素に近いものほど強大な力を有する神である可能性が高い。


「『炎の神殿』はどこにある?」


「近いさね。ほら、あの丘の上に大きな建物あるだろ?

 あれが『炎の神殿』だよ」


 王宮とは反対方向に、小高い盆地が見える。その上には、確かに一つだけポツンと建物が建てられていた。


「・・・分かった。情報ありがとう」


「礼には及ばねえさ!

 ウチの商品買ってってくれさえすりゃあな!」


 そう言って、店主は暑苦しい笑顔と共に熟れた白葡萄をゼヴァルディアに押し付けた。

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