第一章 火山の国イフェスティオ

第2話 半神マルタシルムの依頼

 歴史上、初めて世界を統一支配した大王国『ガルグメシア』。太古の昔、神話の時代に存在したと云われているその大王国は、その偉大なる王《ウッティラ》によって統治され、富と栄光の限りをほしいままにした。


 統一王ウッティラは、それほどまでに優秀な自分の血を、未来永劫遺したいと願った。それにより、彼は世界中に存在する神々と性交を繰り返し、何とその神々に子種を植え付けばら撒いたのである。


 しかし、神々にとっての時間の流れは人間とは比にならない。ウッティラの願いは自分の血を神と配合して遺し、世界を牛耳る力を持つ一族として繁栄させることであったが、彼が存命のうちには遂に一人たりともその種が芽吹くことは無かったのである。


 結果、大王国ガルグメシアはウッティラの後継争いによって分裂し、時に戦争を引き起こし、時に侵略とクーデターを繰り返して跡形もなく地上から姿を消すこととなってしまったのであった。




 それから1000余年。世界の各地で、次々に“神の子”を自称するとてつもない力を持った者たちが次々に現れ始めた。彼らはそれぞれ親となる神の力を継承する半神半人であり、通常の人間とは全く次元の違う強大な力を持っていた。


 彼ら半神は世界各地に数多く現れたことから、人々に《百神王子》と呼称され畏れられた。そしてそのことから、人々の世は半神たちを切り札として仲間に引き入れ、国同士で牽制し合う時代へと突入した。


 これが、《神乱時代》の幕開けであった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 ゼヴァルディアはその日、恐らく姉に当たるであろう半神《マルタシルム》に召集をかけられた。


 マルタシルムは、かつて伝説の統一王国ガルグメシアの首都があったとされる、中東の地に位置する都市『ワフラ』を治める領主である。彼女は“豊穣の神”の子で、彼女の神力によって砂漠だったワフラの地は、みるみる緑が生い茂り水脈が湧き上がり、あっという間に自然の豊かな土地へと変貌したという。


 それによって人々はその地で生活できるようになり、たった数十年でみるみる繁栄し、都市と呼べるほどに拡大したのであった。そして、そのマルタシルムによって生まれた恵に感謝を込め、その都市の名を彼女の力にあやかり『豊穣ワフラ』と名付けたのだった。


「よくおいでくださいました、ゼヴァルディアよ」


 半神は歳をとるのが人間に比べ格段に遅い。寿命もわからない彼らだが、マルタシルムはこの地に恵みを植えた時から少なくとも100年近く経っているにも関わらず、依然として20代半ばのような若く美しい容貌を保っていた。


 その美しく長い黒髪は首筋あたりでひとつに束ねられ、黒曜石のように黒く艶光りする双眸は真っ直ぐにゼヴァルディアへと向けられている。キリッと吊り上がった目尻は、まるで彼女のキッパリとした性格を物語っているようだ。


「いかなる用件ですか」


 あまりの美貌とそのはっきりとした出で立ちに、普通の人間ならば平伏して顔も向けられないだろう。それほどまでに威光を放つ彼女に、彼はなんの躊躇いも前置きもなく、短刀直入に用件を尋ねた。


「新たな半神きょうだいの情報が入りました」


 そんな彼に、彼女もまた単刀直入に返した。


「次はどこに?」


「ここワフラを出て北東に進んだ先、『イフェスティオ』という国です。巨大な火山がある国で、気候が頻繁に変わるとても生活の難しい地と聞いています」


 イフェスティオはそれなりに領土も広く、更に地中海の島々を相当数領地に数える中規模国である。戦士の育成も盛んで、別名戦士の国とも呼称されるほどである。


「イフェスティオに、よその土地から半神が侵入し争いが起きているとのことです。

 詳細は現地にて確認するのが良いでしょう」


 彼女は簡単に言うが、半神というのは人間には到底戦うことすら許されないほどの戦力を持っている。その半神を討伐して回るのがゼヴァルディアの役目とはいえ、毎回無事で済むとは限らない。前回の“嵐の神”の子ヴァルグレイブも、たまたま相性が良く圧倒できただけであり、その前に戦った“酒の神”の子《シュハイデント》にはとてつもない痛手を喰らわされたものである。


「それに、もう一つ気になることがあります」


「気になること、ですか」


 顎に手を当て少し俯いたマルタシルムを見て、ゼヴァルディアは新鮮だと感じた。彼女がこう露骨に考え込む姿はほとんど見たことがない。それほどまでに彼女は頭のキレる女性だった。これまで何事においても即断即決で、更にそれが全て最適な決断だったのだから、余計にである。


「とある噂も耳にしました。




 『“火の神”が降臨した』と」




「“火の神”・・・」


 世界のあらゆる存在を構成する、五つの元素がある。それが、火、水、風、土、雷の五つである。“火の神”とは、まさにこの内火を司る神ということになる。


「五大元素を司る神々は、通称“大神”といいます。

 しかし“大神”は、この人間界には降臨することはないはず・・・」


 五大元素がそれぞれ様々な分量で配合されることで、この世のありとあらゆる存在は形を成す。そして生まれたその総ての存在において、それぞれを司る神が存在する。つまりほぼ全ての神は、五大元素より生まれたと言っても過言ではない。


 その大元である五大元素を司るのが、“大神”である。彼らを総称して“五大神”と呼ぶこともあるそうだが、この“五大神”は通常人間界の繁栄する下界には降臨しない。彼らは常に天界に拠を構え、そこから下界を俯瞰していると云われているのだ。


「要するに、半神ついでにその噂の真相を調べてきてほしい、ということですか」


「話のわかる聡い弟を持って、私は幸せ者です」


 確かに、“火の神”が降臨しているとなれば半神のことなどどうでもよくなる。もちろんゼヴァルディアの役目は半神の討伐なため、それをなおざりにはできないのだが、どうやら本腰は“火の神”の件に入れた方がよさそうだ。


 そう考えていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、マルタシルムのカラス貝よりも真っ黒な双眸が、ゼヴァルディアを貫かんばかりに真っ直ぐに視線を注いでいた。


 長年の付き合いだからわかる。これは「早く行け」の合図だ。


「かしこまりました。今すぐ火山の国イフェスティオへ赴き、半神の討伐及び“火の神”の噂について究明してまいります」


「よろしく頼みます、ゼヴァルディア」


 その言葉を胸に受け止め彼はサッと立ち上がり、彼女の神殿を後にした。

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