原初物語
ボールペン
序章 プロローグ
第1話 神の子ゼヴァルディア
その日は、雷雨の激しい夜となった。
吹き荒れる嵐の暴風は大木をも根こそぎ引き倒し、降り注ぐ豪雨は木々を土砂と共にまとめて流していく。そして鉄砲水と土砂の雪崩が山の表面を削り、それらは凄まじい音を辺り一帯に響き渡らせる。
更にそれらを全て引き裂くかの如く、一際大きな轟音を眷属として、幾つもの稲妻が天を衝き穿っていた。
これこそが“嵐の神”の子、《ヴァルグレイブ》の力であった。
「我が弟ゼヴァルディアよ!! これぞ我が暴嵐の神力!!
貴様にこれが破れるか!!」
強大な力を前に、《ゼヴァルディア》は依然として余裕を含んだ笑みを浮かべていた。
「ああ、すごいね。確かに」
眼前に広がる嵐はまさに大自然の力の奔流そのものであり、一人の人間が引き起こしたとは、にわかには信じ難い。しかしそれでも、ゼヴァルディアは自分を飲み込まんと襲いくる土砂の雪崩を前に、一切の焦りもなくおもむろに指を鳴らした。
すると次の瞬間。濁流は真っ向から縦に割れ、ちょうどゼヴァルディアを避けるように彼の両脇を通りすぎていった。
「ただこの程度で僕に勝てると?」
ゼヴァルディアの立っている地点の半径5mほどを、荒れ狂う嵐は的確に避けていく。鳴り響く豪雷の槍すらも、彼を避けて周囲へと降り注ぎ、濁流の中へと飲み込まれていく。
ありとあらゆる彼への災厄が、意思を持ったかの如く彼を避けていくのだ。
「まさか!! まだ我は嵐を引き起こしたのみ!!
力の本質はここからぞ!!」
しかしヴァルグレイブもまた、一切怯むことなくゼヴァルディアを見下ろしていた。山の表面を引き剥がすほどの嵐を生み出して、未だ力のほんの一部しか見せていないのだという。
ゼヴァルディアは、その言葉に偽りはないと思った。
「行くぞ!!」
嵐にも負けぬ凄まじい雄叫びと共に、ヴァルグレイブは更なる力を解放した。すると途端に、天を覆っていた暗雲は彼らの頭上に寄って集まり、一つの巨大な人の上半身の姿を成してゼヴァルディアを見下ろした。
そしてその積乱の巨人が両拳を高く高く掲げると、勢いよくゼヴァルディアごと彼のいる山の麓を、まとめて叩き潰さんと振り下ろしてきたのである。
巨人の手はとてつもない暴風と豪雨と稲妻を帯び、その力が全て拳という形で凝縮されていた。おそらくそれが地上に叩き落とされたならば、地表を大きく削り、この土地は二度と蘇ることのない不毛の地となってしまいかねない。それほどまでの、エネルギーの奔流だった。
「これは・・・」
その拳が今、振り下ろされている。地表に辿り着くまで、ほんの2秒ほどか。そのわずかな時間で、ゼヴァルディアは先ほどまでの余裕な態度とは打って変わり、腰を大きく落として重心を下げ、両手を振り下ろされる巨人の拳に向けて真っ直ぐに構えた。
そして次の瞬間。巨人の拳は一瞬にして手首から先を削りとられたかのように、根こそぎ消し飛ばされた。
「なにっ・・・!?」
これには、流石のヴァルグレイブも目を剥いて驚愕した。積乱の巨人はヴァルグレイブの全力を懸けて生み出した必殺の奥義であり、こうも容易く攻撃を破られるとは想像だにしなかったのである。
消し飛ばされた拳の、着地するはずだった場所。そこには、両手を掲げたままにやりと口角を上げて佇む男が一人。
「おのれ愚弟よ・・・!!
だが、ここからが本番ぞ!!」
奥義を破られかけ一瞬狼狽したが、ヴァルグレイブはすぐに冷静さを取り戻した。積乱の巨人の真価は、ここからなのだ。
「容易く巨人を破れると思うな!!
刮目せよ!! これぞ我が奥義の真価なり!!」
ヴァルグレイブがそう叫んだ直後。消し飛ばされた両拳はみるみるうちに他の部位からより集まった暗雲によって再生しきってしまったのである。
「・・・本質が雲だから部位を狙っても仕方ないのか」
しかしそれでも。ゼヴァルディアは焦ることなく冷静に敵を分析していた。
「我が積乱の巨人に弱点は存在しない!!
せいぜいそうして、己の火力不足を恨むがいい!!」
第二波がくる。再生した両拳を、再度巨人は高く高く振り上げた。一方で、ゼヴァルディアもまた同じように腰を落として両手を掲げ構えに入った。
「無駄だ!! 例え全身を消し飛ばそうとも、巨人の嵐の力はその場に残る!! 潔く我が力にひれ伏すがいい!!」
そう言いながら、ヴァルグレイブは巨人から少し距離をとりつつ、ゼヴァルディアの動きを凝視した。先ほどは勝利を確信していたが故に見逃してしまった、彼の力の真価を見極めるためである。
「よく見ておいてくれ。
これが、僕の今の全力だ・・・!!」
そう呟いたのち。再度振り下ろされる拳を前に、ゼヴァルディアは先ほどよりもわずかに遅いタイミングで、技を放った。
直後。積乱の巨人の拳はやはり地表に届くことなく、しかも今度は拳どころか巨人の胸から上がまとめて消し飛ばされてしまった。
とてつもない轟音が、一瞬遅れて辺り一帯に響き渡る。消し飛ばされた部分を目がけて、残った巨人の腹部分も吸い寄せられるように引き上げられていき、結果的に巨人を形作っていた積乱雲は全て霧散してしまった。
「貴様・・・、もしやその力は」
「・・・わかったかい?
正解したら、特別な、プレゼントを贈ろう、、、」
大技を連続して放ったゼヴァルディアは、言葉こそ余裕あるものだったが肩で息をし、なんとかして疲労を見せまいとしているのが火を見るよりも明らかだった。
しかしそれ以上に、ヴァルグレイブが受けた衝撃は大きかった。
「貴様・・・、“破壊の神”の子か!?」
“破壊の神”。全てを無に帰してしまう、恐るべき神である。その実在さえ疑われるほどで、実際に出会った者はいない。出会った者はことごとく“破壊”されているという説もある。
“破壊の神”の力は、対象が例えどんな材質であろうと、概念であろうと関係なく消しとばしてしまうという。言葉や記憶すらも、“破壊”の対象となるのだ。
「・・・・・」
黙りこくるゼヴァルディアに、ヴァルグレイブは焦燥を滲ませた。そんな彼の緊張をからかうかの如く。
「・・・さあね。実は、僕も知らないんだよ」
そうとだけ答え、今度はヴァルグレイブに向かって両手を真っ直ぐに向けた。
「では、残念賞をあなたへ」
「くっ!!」
焦燥から我に返り、慌ててゼヴァルディアに対抗し両手を構える。寸分速く発動し、嵐の力を凝縮した風雨雷霆の槍を彼に向け撃ち放つが、それが目標に届くことは無かった。
「さよなら、兄さん」
巨人を消し飛ばした時同様、放たれた風雨雷霆の槍ごと、その延長線上に構えていたヴァルグレイブの上半身は一瞬にして消し飛ばされたのだ。
そして残された下半身は力無く地面にバタンと倒れ込み。断面の下腹部から徐々に塵となって消えていった。
“嵐の神”の子ヴァルグレイブが消え去ったのち。積乱雲で覆われていた鉛色の空は広く晴れて澄み渡り、美しい星々の輝きは剥がされた山の表面を美しく照らす。嵐によって下がった気温が、空気を冷やしてより空を鮮明に描き出し。
その日は、星空の美しい幻想的な夜となった。
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